第十一話:未来を砕く拳
周囲の空間が歪み、床や天井の景色がねじれ始める。
そして、エヴァルスの身体の筋肉が急激に倍以上の体積に膨れ上がった。
沙羅が叫ぶ。
「レイヴン、あいつ……未来そのものを上書きしてる!」
エヴァルスはゆっくりと語る。
「僕の能力は未来の計算と選択。
お前がどんな未来を見ようと、僕が選んだ未来なら絶対に負けることはない!」
正一は迷わず銃を撃つ。
だが、弾丸は全て逸れた。
「それなら......!」
正一は一気に距離を詰めると、至近距離でクロノキャンセラーを起動させた。
光のフィールドがエヴァルスを覆い、時間干渉、無効化領域が広がった。
だが、沙羅が絶叫する。
「ダメ、レイヴン!
それじゃ止まらない!」
エヴァルスは、クロノキャンセラーの光を打ち砕いた。
次の瞬間、渾身の一撃が正一を襲う。
回避は容易なはずの一撃。
しかし。
「......っ!」
拳は正一の胸を貫き、壁へと叩きつけた。
「ぐっ……!」
「レイヴン!」
沙羅は叫び、そして言葉を絞り出した。
「クロノキャンセラーが無効化できるのは未来を変えるための途中の干渉だけよ。
でも、エヴァルスは計算した未来の結果そのものを現実に叩きつけてる。
それはもう、過程じゃなくて今なの!」
「無効化する瞬間には、もう結果だけがそこにある。
だから効かないってわけか……!」
エヴァルスは沙羅の言葉を聞いて呟いた。
「なるほど。
その装置は、時間干渉は無効化できるけど、確定した結果自体は止められないみたいだね。
僕のカースド、カオスプロトコルは既に結果を出している。
未来じゃない、今を書き換えてるから無意味というわけか」
エヴァルスは面白そうに笑みを浮かべた。
「面白い装置を作るね。
でも僕は未来のあらゆる分岐、可能性を確率計算し、自分の選んだ未来に確定できる。
0.1%しか起きる可能性がない未来でも、0でないかぎり起こすことができる。
そんな装置は無駄だ!」
正一は黙ってレイヴンズサイトを展開した。
カオスプロトコルの影響か、未来視の能力を発動するたびに、空間に確定した未来の線が無数に描かれていく。
どの未来も正一の敗北に繋がる道ばかり。
(確かに、勝つ未来は視えねぇ。
全部塞がれてる……)
しかし、正一はレイヴンズサイトを使用するのをやめない。
ギリギリの未来を追い続ける。
視界が焼ける。
脳が焼き切れそうなほどの負荷。
だが諦めず、未来の海を潜った。
(だが、方法はあるはずだ......。
俺のレイヴンズサイトは未来を視る為の能力じゃねぇ、未来を選ぶ為の能力だ!)
カオスプロトコルにより幾度となく移り変わる未来を次々に視ていく。
未来の線が空間に渦巻き、正一のどんな攻撃も敗北へと繋がる。
(こいつのカオスプロトコルは、俺の行動を起点に計算してる。
そして、俺の意思と判断によって、視える未来が移り変わっていく。
つまり、未来が視える俺なら、相手の計算を上回れる!)
正一はレイヴンズサイトを発動し続ける。
レイヴンズサイトは短時間の内に何度も使い続けると脳に大きな負担が生じる。
正一の額から汗が噴き出す。
視界に流れ込む膨大な未来。
数秒先とは思えないほどの情報量。
(……ダメだ、このままじゃ脳が焼き切れる。
いや、もう焼けてるかもしれねぇ……)
レイヴンズサイトの負荷は限界に達しつつあった。
それでも正一は視る。
諦めない。
「……まだだ。
絶対、抜け道はある」
沙羅が悲鳴を上げる。
「レイヴン!
もうやめて!
カースドの負荷がっ……!
未来からの情報流入が……脳を壊す!」
その言葉に、正一の脳裏に閃きが走った。
(そうか……。
未来視の負荷は、未来からの情報が脳に流れ込むから……!)
エヴァルスの能力には通じなかった時間干渉無効領域。
そして、レイヴンズサイトもまた、時間干渉の一種。
ならば……!
正一はポケットからクロノキャンセラーを取り出した。
「……沙羅、使わせてもらうぜ!」
沙羅の目が見開かれる。
「まさか……!?」
正一はクロノキャンセラーを自分自身に向けて一瞬だけ起動した。
光のフィールドが正一の体を包み込む。
「これでいい……レイヴンズサイトの能力は、時間干渉だからな。
なら、干渉を緩和してやれば、未来視の暴走は止められる!」
沙羅が声を震わせる。
「クロノキャンセラーは、時間干渉の流れを断つ。
レイヴンズサイトも、未来からの情報を脳に流し込む干渉。
一瞬でもその流れを断てれば……一時的とはいえ、負荷をリセットできる!」
光が弾けた瞬間、脳を焼き尽くしかけていた未来の奔流が静止する。
正一の視界が一気に澄み渡る。
(視える……!
これが未来の海か)
能力が無効化される一瞬、未来の線がさらに鮮明に絡み合うように広がっていく。
正一はその中に、一つだけ異質な線を見つけていた。
「エヴァルス……お前の盲点、見つけたぞ」
エヴァルスが鼻で笑う。
「無駄だ、お前の勝利は......」
正一は叫ぶ。
「俺の勝利は俺が掴み取る未来だ!」
未来の海の中、エヴァルスが無数の未来を選び直し続ける姿が見えていた。
だが、その中で確定したはずの未来が、たった一つ崩壊し始めた。
(こいつは俺が死ぬ未来しか選べねぇ。
だが、俺が死なないって状況を作った瞬間、計算は崩れる)
正一はあえて動きを止めた。
拳を構えたまま、何もしない。
「一体何を......!?」
エヴァルスの演算が迷い始める。
「どうしたエヴァルス......こいよ。
計算通り、俺を殺す未来を選んでみろよ!」
(そうだ……奴の演算は、俺が動くことが前提だ。
動かない俺をどう計算する……?)
エヴァルスは強張る。
こいつが選んできたのは常に正一の行動をトリガーにした未来。
だが今、正一は計算外の行動を行なった。
未来視の中。
エヴァルスの演算結果に、徐々に確率0の未来が増えていく。
「どうした?
全て計算したんだろ?」
エヴァルスが狂ったように叫ぶ。
「うるさい!
また再計算すれば良いだけだ!」
その瞬間、エヴァルスは 自分が攻撃する未来を選んだ。
(そこだ......!)
正一は、その瞬間だけレイヴンズサイトを最大出力に。
エヴァルスが攻撃のために動き出した瞬間を完璧に見切った。
「終わりだ、エヴァルス!」
正一は拳を握りしめ迎え撃つ。
「俺の銃じゃ、確定した未来は壊せねぇ。
だが、今を撃ち抜けるのはこの拳だ。
……視えていたんだ。
てめぇの未来を壊すのは、この一撃だけだってな」
エヴァルスが何かを叫ぶより早く、正一の拳が真っ直ぐ突き出される。
「その未来は、視えていたぜ!」
未来が、音を立てて崩れる。
その一撃は確定した未来をも凌駕し、エヴァルスの顔面を撃ち抜いた。
エヴァルスの身体が宙に浮き、因果の線が霧散していく。
「未来は自分の手で掴み取るものだぜ、拳だけにな」




