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【第三部完結】灰に至るまで  作者: からん
番外編 血肉の檻
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プロローグ2 戦況

 ―――第二防衛線 北方面―――


「ルフトの部隊とモンドを交代させろ!ただし魔法使いはそのまま動くな。ここまで温存させておいたんだ。死ぬ気で働いてもらうぞ!」


 あちこち轟く爆音。間に混じってあがる絶叫。異形の唸り声。


 堅牢とは言い難い城壁の上で、指揮官オムニアム・ハワー・ヌーメニアが叫ぶ。


「くっそ、決して贅肉型(ミュスクル)を近づかせるな!」


 彼は北方都市モルトより南に位置するこの場所――都市ミリーフの領主で、子爵だ。


 極めて混乱な部隊編成をなんとかまとめて、防衛線を一ヶ月以上持ち堪えさせた人物でもある。


 当然、彼も自ら望んでここに立っているわけではないし、もし能力のあるなしで彼を評価するなら、恐らく平凡という二文字が一番ふさわしいだろう。


 現在、都市ミリーフはいろんな勢力が群がっている。


 領民によって構成される守備軍。


 さらに後ろの領地から寄せ集めた部隊。


 戦いを生業とする傭兵。


 ミスリル帝国の魔術学院から派遣される魔法使い。


 そして聖王国から送り込まれる聖職者の一行。


 オムニアムは一応総司令官という立場だが、勝手に動かせる兵力は残念ながらごくわずかだ。誰も彼も腹に一物の状態で、いかに自分の兵を減らさず、発言力を強めることばかりを考えている。そのせいで編成も指揮もめちゃくちゃだ。


 もし教会が主導していなければ、この町は異形よりも先に人間の内輪揉めで破綻するのではないかとオムニアムが疑うほどだ。


 幸いにして、ここはまだ遠距離攻撃能力を擁した異形が現れておらず、現存の戦力でなんとか持ち堪えられる。


「炎よ、敵を阻む壁となりて、我を守れ……火壁(ファイアウォール)!」


 ぷよぷよと、命が宿っているように這う血肉は大地を蝕み、城壁にも張り付こうとしている。そのたび魔法使いは魔法を放って、攻めてくる異形を一気に焼却していた。


「助かった!」


「礼はいりません。それよりも前を見なさい」


 正直、戦士も魔法使いも聖職者も決して練度が高いとは言えない。そのうえ、編成も指揮系統も混乱している。


 それでも……


「クソ、絶対にここで引き止めるぞ!」


 弓と魔法の弾幕を潜り抜けて、数匹の関節型がよじ登ってくる。


 半ば反射的に前衛の戦士が剣をその目玉に突き刺して、蹴り落とす。


 上層部の打算と関係なく、真に悪夢と戦う者同士からは信頼感情が生まれている。


 ただ、この信頼の対価はあんまりにも大きいとオムニアムは常々思う。


「デカイの来ます!詠唱準備」


 地面を揺らしながら、前方から十数体の贅肉型が迫ってくる。


「炎よ、我が敵を射抜く槍となれ……炎槍(フレイムランス)


 動きがのろまな贅肉型は魔法使いにとってはいい的だ。時間のかかる詠唱は精度こそひくいが、威力は申し分ない。城壁並みの高さを持つ贅肉型を焼き殺すのに数分で事足りる。 


 通常なら、城壁に近づくことさえ叶わないだろう。


 しかし……


「第三区画の奴は下がれ!城壁がやられるぞ」


 運が悪い時は、どうしようもない。


 ゴンゴン……ゴン…ゴン…ゴンゴン……ゴン…ゴン…。


 ときおり、贅肉型は隊列を組んで迫ってくる。


 恐らく意図的ではなく、偶然でそうなっただけだろうが、事実上前の贅肉型が盾の役割を果たし、うしろの贅肉型の進路を確保することになった。 


「ひっ」


 助走のついた体当たり。


 贅肉型が全力を振り絞った衝撃を前に、城壁はまるでおもちゃのように倒壊する。


 宙に舞う巨石と、逃げ遅れた兵士。居住区まで飛ぶ城壁の残骸はさらなる災厄をもたらす。


「ソレイユ卿の部隊を呼べ!奴らが市街地に突入するぞ」


「りょ、了解!」


 オムニアムは叫ぶ。


 命令したところで果たして了承してくれるかどうか未知数だが、いま第三区画に最も近い予備隊はそれしかなかった。


 城内に転倒した贅肉型はすぐさま魔法使いの集中攻撃を受け、焼き殺される。一方、開けた穴から肢体型と関節型が素早く駆け抜ける。


 所定の位置にいるはずの重装兵はいない。


 逆にそこに屯っていた負傷者が果敢に迎え撃つ。


「土よ、辺りを我が色に染め、己の場とせよ……土陣(アースエリア)!」


 絶え間なく響き渡る断末魔、異形の唸り声。


 その間を縫うように魔法使いは迅速に城壁の修復に取り掛かる。


 この町が今日この日持ち堪えたのは、魔術学院の功績が大きい。


 贅肉型によって突破されるたびにおぞましいほどの死傷者が出るが、それでもなんとか持ち堪えたのは土陣(アースエリア)で修復できるからにほかならない。


 戦いは、常にぎりぎりのところで行われている。


 このあと、精神力を使い果たした魔法使いたちは交代することになる。そしてソレイユ卿の部隊は城壁が塞がってから出動するだろうとオムニアムは思った。


 ――戦果だけを拾いに来る。


 貴族連中はみんなそうしていた。


 でも、きっと自分がここの領主でなければ、そうしていたとオムニアムは思う。


 なにせ頑張って戦っても手元の兵士を失うだけだ。


 異形は倒しても倒しても倒しても、次々湧いてくる。


 殲滅し尽くすことができなければ、勝利することもできない。


 比べてみれば、まだ疲れることを知る魔族のほうがずっと相手しやすいだろう。


 上層部にとって、損耗を抑えて、現状維持のほうがはるかに堅実的だ。


 だから、オムニアムはただ祈るほかはない。


「勇者殿よ。いったいいつになったら、あなたは魔王を討ち取ってくれるのだろうか」


 多くの者が抱いた願望を、オムニアムは血臭の混じった空気を吸い込んで、口にする。








 1657年 九月:北の小国グラシエにて魔族が大規模の浸攻を察知。


 二日後:グラシエが陥落、第二十三度目人魔戦争。その幕が開けた。


 1657年一○月:第一次防衛戦の要・ハルトマン領陥落。北、東戦線が崩壊。

 同月:甚大な代価を払い、補給が途絶えた前線部隊は迂回してミスリル王国を中   

 心とする都市群まで撤退。


 1657年一一月:北、東両戦線が撤退を繰り返す中、死境とされるヴァランガ

 山脈を越えて北方都市モルトまで殺到。


 同月:挟み撃ちされる窮地を食い止めるため、『槍』の英雄へニット・ドリが率い

 る部隊は陥落したモルトへ強行作戦を仕掛ける。


 1657年一二月:北方都市モルトは血肉に包まれる。のちに部隊が全滅し、へニッ

 ト・ドリが魔族四天王と相討ちになった消息が西大陸中に知れ渡った。


 1658年 一月:ハルトマン領の跡地にて、異形の巣窟と思われる構造物が発見さ

 れる。これにより異形はさらに大規模な侵攻が可能になった。


 1658年 二月:勇者が率いる精鋭部隊は南戦線から幾度となく反攻を試みるが、

 戦力の不足により打ち倒すことに成功したものの、ハルトマン領の奪還には至ってい

 なかった。


 1658年 三月:冬が過ぎ、冒険者ギルドが主導のもと、失われた『槍』を取り戻

 すために教会と協力し、精鋭となる者たちは血肉が蔓延る北の大地へ送り込まれる。


 1658年 四月・現在:破滅への歯車は、音を立てて、動き続ける。


挿絵(By みてみん)

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