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【第三部完結】灰に至るまで  作者: からん
番外編 血肉の檻
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プロローグ【イラスト:表紙】

挿絵(By みてみん)

 ゆらゆらと、焚き火が舞う。


 石造りの小屋の壁に二つの影を作り、火の粉をはじいて燃える。


「一口どうだ」


 薄汚い格好の男。


 無精髭についた酒を袖で拭いて、一口呷った酒壺を差し出す。


 穴の開いた天井から小雪がちらつく。


 このような寒さの中で確かに酒は身体を温めてくれるだろう。ただ……


 酒があまり好きではなかったのか、それとも男が一度口をつけた酒壺がいやなのか。


 神官服の少女は一度視線を酒壺のほうに注いで、そらした。


 膝を抱えて、かすかな明暗をたてる焚き火を見つめて、表情らしい表情を見せないまま、ただ長い金髪をいじる。


「ったく、凍え死でも知らねぇぞ。それとも綿入れの防寒着だけでこの寒さが凌げるのか。若いってのはいいな。おじさん羨ましいぜ」


 そう言って、男はさらに酒を口に含む。


 胃袋から火照る感覚を確かめてから、舌鼓を打つ。


「ふぅぅひ~~!さすがに北の酒は違う。上品さってもんの欠片もねぇぜ」


 心に思ったことをそのまま口にして、わざとらしく沈黙を破る。


 二人ともいまは寒さより動きやすさを重視する服装を着込んでいる。


 ――北の大地にいても、まずは戦うことを念頭に置くことが重要。


 そう昔の経験で男は実行したが、四肢が欠損して、また歳を取ったこともあり、どうも若い頃よりうまく動けない気がした。


 だから、こういうことにならないように、本来は北にくるつもりはなかった。


 まず根無し草の大魔導メヤトを探し出し、『弓』を回収するのが第一目標だった。


 あのひねくれ者の爺さんは群れるのが嫌いだから、前線あたりを渡り歩いていれば一人になるところを見つけられると男は思っていた。


 しかし、おかしなことに何ヶ月経っても消息の欠片もない。逆に『槍』の所有者――英雄へニット・ドリが北の戦線で魔族四天王の一人と相討ちになったことが耳に入った。


「神官ちゃん、先に言っとくけどさ」


 男が面白がるように言う。


「ここからさすがに危険になる。いくらあんたの腕を持っていたとしてもだ。おじさんもやることがあるからさ、助けるとは限らねぇ。引き返すのはいまのうちだぜ」


「……」



 男は言う。少女は無視する。


 このような状況はすでに何ヶ月も続いていた。


『オレが帰ったって教会連中に知られたら困る、しばらく一緒にいてもらうぞ』


 ハルトマン領から脱出して、男は有無を言わせない一言で少女の自由を制限した。


 最初の頃こそ少女も隙がある度に男に襲いかかり、あるいは逃げ出していたが、その反抗が悉く徒労に終わったうちにやがて諦めるようになった。


 ただ、口も開かないうえに、表情らしい表情も見せない。


 どこか魂が抜けたようで、反応が乏しかった。


 正直、面倒くさいなと男は思う。


 なにしろいまは追い払おうとしても無言でついてくる始末だ。


「なんか、昔を思い出すな」


 それで、再び酒を含んで、男はいつものように、暇つぶしに自分の過去を語る。



 ――――――



「ベーゼさん、私たちって、なんで不死者狩りをしているんでしょうか」


 ツーベイ?


 という名の少年が問いかけた。


 ベーゼは人の名前(とくに男の名前)を覚えるのが苦手なので、いつも知っている人を勝手にあだ名で呼ぶようにしていた。


 不服そうな坊主頭だから、ベーゼはこの子を坊主と呼ぶ。


「なぜって?この世に不死者がいるから。そしてオレたちは生まれつき祝福を持って、教会に拾われたから。そう難しいことじゃねぇぜ」


 教会には祝福を持った子供を収容する施設があり、対不死者の専門家を育成している。ベーゼを含めて、いまこの場にいる三人は全員そこの出だった。


「なら、私たちは不死者と戦って、死ぬために生まれたというのか」


「そうカリカリするな、坊主。まぁ、端的に言えば、そうなるかな」


 ベーゼはガキの世話をするのが苦手だ。


 苦手なことはあまりしないほうがいい。


 これが異端討伐隊の次席までのし上がった男の経験によるものでもある。


 だからいつものように酒をなめて、ただ遠い方角を見ていた。


 しかし、しくしくと、隣からすすり泣く声が聞こえた。


 座り込んだまま、少女は頭を膝に埋めていた。その肩は震えている。


「ほら、巨乳ちゃんもあまり泣くな。綺麗なおっぱいが台無しだぞ」


「だって、みんなが死んじゃいましたのよ。ルーナもユフィブもウラヌスも、みんな」


「そうだね。でも、これが普通だよ」


 ファミリタス?


 という名の少女が激情に駆られるのを気にせず、ベーゼは答える。


「オレたちのように死んでも誰も悲しまない人間が戦って、かわりに見知らぬ多くの奴が平穏な生活が送れるんだ」


 正直、さっき少女が言った三人の顔を、ベーゼはすでに忘れている。


 そもそも最初から覚えようともしなかった。


 いくら祝福を持っていようと、初陣で生き残れる奴はかなり少ないから。


「おまえらは、たしか家族の顔を見たことがないよな」


「それがどうした!」


 つっかかって返事したのはツーベイだ。


「いや、オレも同じだ」


 ベーゼが肩を竦めてそう返事すると、「くっ」とツーベイは押し黙った。


「だから仲間を家族のように思う気持ちはよく分かるよ」


 それなのに、ベーゼが話す声は淡々として、どこか自分と無関係のように聞こえる。


「でも、死んだ三人は違うだろう。奴らは不死者で家族か故郷をなくしたんだ。だからあの時の二の舞にならないように、と。結局焦って、命を落とした。ったく、最初に言ったじゃねぇか。適当でいいって」


「ベーゼさんは何も思わないのか!」


「さて、どうだろうね。オレにはもうわかんないや。たくさんの死を見てきたんで、心が枯れたかもな」


「でも、ベーゼさんは次席だよね。私たちのような偵察隊員とは比べ物にならないほどの力があって、教会のシステムだって、やろうと思えば変えられるはずだ」


 言葉をひとつ吐き出すたび、ツーベイの口調は荒々しくなっていく。ついには立ち上がって、手を振りかざしていた。行き場のない怒りをなんとか形にする少年の姿を、ベーゼは面白がるように見つめる。


「先輩としての忠告だ。そんなことは教会で言うんじゃない。首が飛ぶぞ」


「くっ……」


 頭の中では分かっていても、ついかっとなってしまう。


 昔の自分とそっくりだな……ベーゼは酒をちびちびなめながらそう思った。


「オレはやりたいと思わないな。正直、次席なんかより放浪生活のほうがよっぽど気に入ってたよ。正式入隊したのも妻と娘のためだし……というわけなんで、システムを変えたければ『自分でやれ』ってことだ」


「では、どうすれば異端討伐隊に正式入隊できるのでしょうか」


 聞いてきたのはファミリタスだ。


 涙目になりながらも聞いてくるとは、正直ベーゼはちょっと驚いた。 


「さぁな、席は九つしかないから、誰かが死んだら席が空くんじゃねぇかな。運が良ければ入隊できる、とは思うぜ。オレの一度に一本の武器しか使えない『再現』と同じだ。討伐隊は九人しかいられないからな」


 そう適当に説明すると、ベーゼはふっと何かを思い出すように補足する。


「まぁ、しかし、ほんとうに上に行ったら、いまの考えも変わるだろう」


 ツーベイの目に一瞬怒気が過る。が、それに構わずベーゼは続けた。


「これはオレ一個人の考えに過ぎないんだがな。うえにはうえの言い分がある。もしかしたらおまえらはそうならない、かもしれない」



 ――――――



「そういえば、神官ちゃんは知ってるんだっけ?討伐隊に加わる方法」


 いきなり話題を変えて、男は少女に話しかける。


「いや、知らないだろうな。知ってたら、あの時嘘でも末席なんて名乗らなかっただろう。討伐隊九席はみな聖約を立てて、祝福以外の力も手に入れてるんだ。オレの『誠実』がそうであるように。坊主は『慈悲』、巨乳ちゃんは『謙虚』。これは内部の連中しか知らないものだ」


 すでに追い出された身のため、男もいまさら守秘義務を守るつもりはない。


 しかし、やや皮肉交じりの言葉を耳にして、少女はやはり無反応だ。


「まぁ、とにかくだ」 


 酒のつまみのつもりで話した言葉を、男は締めくくろうとする。


「神官ちゃんもあんまり足を引っ張らないでよ。都合が悪い時は異形よりも神官ちゃんを先に殺っちまうかもな。小僧との約束はあくまでハルトマン領から出るまでだ」


 いかにも適当な口調で、男は脅し混じりの釘を刺す。


 立ち上がって、長短不揃いの剣二本を腰に帯びて、続いて四肢の様態を確かめる。


「ふむ、さすがインク家の人間が作った特注品だ。こんなくっそ寒いところでも支障なく作動する」


「……」


 一方、少女はやはり無言のまま神官服の上にマントを羽織って、立ち上がる。


 分不相応と言われる錫杖を取り上げられたいま、彼女はなんの武装も持たず、これから向かう場所にはあまりにも場違いだ。


 降り注ぐ雪の世界で、ところどころ血肉の痕跡が蔓延る。


 死体の痕跡、ではない。雪の下敷きになる肉塊は鮮やかな光沢を放ち、その間を這うように血が細く伝っている。酷寒な冬に襲われた北の大地で凍えることなく、腐敗もしない。まるで赤い絵巻に白が潰れたように、目に届くすべてのものが不快を催す。


「さてと、んじゃ行くとするか」


 男は不敵に笑う。


 数多の地獄を歩いた不死者退治の専門家でもこのような場所は未経験だが、しかし人外の魔境が放つ未知の恐怖には慣れている。


 なにより……


『お父さん』


 心に誓った言葉は、常に彼を絶望へ駆り立てた。


「ディア、父さんが必ず元に戻してやるよ」


 そのつぶやきは、すぐ雪を巻き上げる風の中に消えた。


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