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最後のアーティファクト  作者: 三六九
第五章 続いていく世界
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エピローグ

「ここは、夢じゃないですよ」


 薄く青い光に満たされた空間。

 無機質なテーブル越しに、白い髪の少女は薄く笑いながらそう言った。


「……ああ、そうなんだろうね」


 その可愛らしい声につられるように答えたものの、まだ意識がはっきりしない。

 右手で頭を押さえると、微かな規則正しい痛みとともに記憶が滲むように甦っていく。

 まばたきすら億劫に感じるのは、単純な疲労ではなさそうだった。


 酷く、長い夢を見ていたような感覚。

 泡のように弾けたそれは、とても大切なものだった気がしたけれど、もう思い出せそうになかった。


「私は……」


 呟き、人形めいた白い髪の少女から目を逸らした。

 なんて寂しいところなのだろうと思った。

 無機質で乾いた岩石の天井に、壁に、床。


「これがなんだか、分かりますか」


 その声はどうしてか懐かしく感じて、無視することを許さない。

 ぱさ、とテーブルの上に置かれたのは、薄汚れてところどころが破けている、手の平に少し余る本のようだった。

 ずきり、と頭が痛んだ。


「……、いや」


 分からない。そう答えるより早く、対面の白い少女の口元が歪んだ。

 それは喜色のようで、しかし今にも泣きそうに見えた。

 濡れている血のような真っ赤な両の目が固く閉ざされ、次に開かれたときにはしかし薄く笑っていた。


「ヒイラギさん」


 そう呼ばれ、ああ私の名前だとこの時になってようやく思い出した。

 曖昧だった記憶が色を伴って浮き上がり、頭の中心で染み込むように定着していく。

 この場所は、私の……。


「お前は……いや、私は」


 自身の声が随分と可愛らしく、まるで子供のようだと思った。

 見下ろした手も足も細くて小さい。ようではなく、子供そのものだった。


「……どれくらい経った?」


「さぁ」


 白い少女……いや、『魂の器』によって再構成されたということか。

 人間一人をこうして記憶まで保持させて。

 少しずつ頭の中が冴えていく。ようやく最期の口付けを思い出した。


「どうして私を?」


 この少女にとって私の存在は許容し難いものの筈だ。

 はっきりと決別したことを思い出した。


「話をしたかったから」


 事も無げに言ったその言葉は嘘ではなさそうだった。

 それだけの為に、なんて台詞は私が言うべきではないだろう。


「……まぁ、付き合うよ」


「ありがとうございます」


 こつん、と石のテーブルが指で小突かれ、小さな破断音とともに大小様々な食器がテーブルから生えてきた。

 それを注視しようとして、息が止まった。


「ああ、見えていますか」


「……ああ」


 こういう風に見えるのか。魔素というものは。

 悪戯が成功したような可愛らしい笑みを浮かべた白い少女は、こつこつとテーブルを指で叩き魔素を躍らせる。

 この光景を見ることができていたら、私はこの世界を愛せていたのだろうか。

 カップに注がれたそれは湯気を立たせ、ほんのりと甘い香りを漂わせている。


「時間はいくらでもありますから」


 少女のその言葉に不穏なものを感じ、魔力を廻らせた。

 この小さな身体は『魂の器』を模しているのだろう。

 これは自画自賛になるのだろうか、人間の身体より遥かに使い勝手が良さそうだ。


 そしてようやく気がついた。


「……そういうこと」


 にぃ、と笑った真っ白な少女は、唇を湿らせてから口を開いた。

 左目をぱちりと瞑って。


「お話しましょう」


「……永遠に、か」


 生きていく、と言っていたか。

 道連れ、なんて生易しいものではない。

 どれほどの怒りを、どれほどの恨みを抱えれば、そんな結論に行き着くのだろう。

 いや、行き着いていないからこそか。


 なんて恐ろしく。

 美しく、完成したのだろう。

 最後に作った、私の──。

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― 新着の感想 ―
[一言] 夜中に降る雨の音のようなシリアスの雰囲気で一つ一つ淡々と進む物語と、少しどろどろとした甘い百合にとても情緒が擽られながらも、不思議と心地好く読めました。そしてダークファンタジーとはまた一味違…
[良い点] 淡々と静かな語り口で時々コミカル、しとしと降る小雨の日のような穏やかな読み心地でとても良かったです。賑やかな終わりも好きですがこういう終わり方も不老不死の終着点としてはとても素敵だなと思い…
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