エピローグ
「待ってたわ」
中庭に降り立った私を待っていたのは、三姉妹の長女ヴィオーネ・エクスフレアだった。
深い森の奥、切り開かれた空間は以前よりも広がり、建屋が多く立ち並んでいる。
結局彼らを任せてしまったな、と自責の念が少しだけ湧いた。
「変わらないわね」
「はい」
杖をついているヴィオーネは綺麗に年を取った。
そのか細い魔力の廻りは見ているとせつなくなるけれど、美しく淀みがない。
「フィアは忙しそうですね」
「えぇ」
魔術都市から戻れないのだろう、確か今は『十席』を纏め上げているんだっけ。
会う度に愚痴をこぼしていたけど、日々は充実しているようだった。
「……本当にいいんですか」
「いいのよ」
今の私なら、全ての魔術を識った私なら、あなたもずっと。
その何度も繰り返されたやり取りは、やはりいつもと同じように柔らかく拒絶された。
「あの子をお願いね」
「……はい」
視界の端、四肢に輝く結晶を生やしている子供たちに囲まれたニャンベル・エクスフレアの姿が見えた。
ふわふわした薄い赤金色の髪を今日は低い位置でゆるく纏めている。
周囲の子供たちと大して変わらない背格好のニャンベルは魔術書を広げ、胸を張って何か講釈を垂れている。
「いつでも、待ってるわよ」
伸ばされた手が頬に触れ、指が何かを拭った。
待っている。そう言われる度に胸が苦しくなる。
私も同じところに行ける日がくるのだろうか。
「……本当に変わらないわね」
小さく笑うヴィオーネの顔がぼやけて歪む。
これから何度も同じような思いをしなければならないと考えると、脚が震えてしまう。
それでも、決めたのだ。
この世界には、神さまなんていなかったから。
理不尽に泣く人間をもう見たくないから。
私は左目を瞑る。
空に浮かぶ大きな二つの丸い月は世界を見下ろしている。
最期の時まで、ずっと。




