表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
最後のアーティファクト  作者: 三六九
第五章 続いていく世界
168/170

十八話 ずっとあなたの隣で

「良かったんですか。あの方を手放してしまって」


「うん」


 たくさんの魔獣に囲まれ、おっかなびっくりな様子で帰っていった二人の背を見送った後。

 空っぽになった手をどうしていいか分からない様子のシエラちゃんを慰めようと、空いた膝の上に頭を乗せた。

 膝枕というらしい。


「あったかいね、ソラは」


 シエラちゃんの細い指が耳の裏側を撫でてくれて、まどろみに襲われる。

 シエラちゃんは今、どんな顔をしているのだろう。

 その手は優しいけれど、その目はきっと別のところを向いているのだと思った。

 それを寂しいとは思わなくなったのはいつからだろう。


「ずっと一緒だよ」


「……」


 その言葉を怖いと思うようになったのはいつからだろう。

 嬉しさと温かさで胸はいっぱいなのに、もっと奥の方で何かに囚われているように感じてしまうのは何故だろう。


「……あの方も、ですか」


「うん」


 それは優しさなんかではない。


「生き続けてもらう」


 世界の真ん中で万能の力に触れた少女はしかし、その力を何にも使わなかった。

 きっと、あの方と共に帰ることも出来た筈なのに。

 この世界で生き続けるという『罰』をあの方に与え、そしてそれに自身も付き添うことを選んだ。


 あの方が作った最後の作品は、生物の死という枠を取り払ってしまった。

 白い少女と黒い少女は永遠の時を過ごすのだろう。

 混じり合わず。

 ただ、一つの個として。


「シエラちゃん」


「ん」


 白い少女の吐いた『ずっと』という言葉は、文字通り『ずっと』なのだろう。

 いつか朽ち果てる筈のこの身体も、私が望めばきっと『ずっと』一緒にいられるようにしてくれるのだろう。


 続く言葉が見つからなかった私の髪を、小さな手が優しく撫でる。

 私はようやく、嫌な予感の正体に思い至った。


 あの方が、あの『黒き魔女』が、傑作品といえど自ら作り出したものに遅れを取るとは思えない。

 アーティファクトは私の為にある。あの方はそう言ったらしい。

 白い少女の『完成』、そしてそれを自らのものにし損なったあの方の末路。

 しかし今、自らの傑作品によってあの方は『魔力の変質』によって作り直され、寿命という最大の欠点を克服した。

 記憶はどうなるか分からないとシエラちゃんは言っていたけれど。


 もし、こうなることをすらあの方が考えていたのなら。

 まだ幼いあの黒い女の子は、いつかきっと牙を剥くだろう。


「大丈夫だよ、ソラ」


 目を瞑り、シエラちゃんの細い足の感触をこっそりと頬で楽しんでいた私に声が降る。

 その声は背筋が震えるほど優しい。


「あの人はもう」


「?」


 ちらり、と見上げると、こちらに顔を向けたシエラちゃんの白い髪が一房垂れた。

 本当に柔らかく笑うようになった。

 胸の奥がずきずきする。


「俺は……ああ」


 誤魔化すように小さく笑ったシエラちゃんの声色に何かが疼き、身体を起こした。

 そういえばいつからかこの少女は、自身の呼び方を変えていた。

 あれはいつからだったろう。


 時々不安定になる白い少女の声色に、焦りに似た不安感を少しだけ覚えてしまう。

 私が傍にいないと駄目なんだと、そんな勝手な思いを抱いてしまう。




 きゅるる、と鳴いた竜の子が起き上がり、何かを探すように首を廻らせている。

 さっきまでいた人間たちの残り香に反応しているのだろう。

 竜の子が起きたということはお腹が空いたということ。

 お腹が空いたということはご飯の時間だということ。

 ご飯の時間だということは。


「今日はどっちからだっけ」


「私です」


 間髪入れずに答えた。

 その直後、まばたきの間に私と竜の子は湖の上空に投げ出された。

 翼を広げる竜の子を横目に見つつ、身体を捻って体勢を整える。

 着地。

 相変わらず湖面は不思議な感触を足の裏に伝えてくる。


「おいで」


 半身に構えたシエラちゃんの身体に魔力が廻る。

 牙の根元が疼く。

 勝てばあの小さくて細いのに頑丈な身体を滅茶苦茶に出来る。

 負けても優しくキスしてくれてお腹いっぱいにしてくれる。

 どっちでも『おいしい』けれど、どうせならやっぱり、勝ちたい。


「ふうぅ……ふウゥ……っ」


 ぴょこり、と。

 もう必要のない獣の耳と尻尾を生やしたシエラちゃんの姿に挑発され、私は飛び出した。

 ああ、もう。

 我慢できる筈ない。




 ボロ雑巾みたいになった私と竜の子は、魔術の解けた湖にごぼごぼと沈んでいく。

 苦しくはなかった。

 身体のあちこちから水中なのに燃える青い炎が綺麗で、治っていく身体の感覚が少しだけくすぐったくて、心地良かった。


 しばらくして見えない大きな手に引き上げられた私と竜の子は、再び不思議な弾力のする湖面に投げ捨てられた。


<乾いたら戻っておいで>


「はい」


 シエラちゃんの声を頭の中で反芻しながら、湖の上を滑る風に身を晒す。

 今日も勝てなかった。ちょっと前まではいい勝負だったのに。

 竜の子は身体を動かせれば勝ち負けはどうでもいいようで、満足そうに羽をぱたぱたさせている。


 湖面の上に寝そべった。

 開放的な空の上には大きな二つの丸い月が浮かんでいる。


 今もあの白い少女はこの世界を俯瞰しているのだろう。

 探し物は見つかったのだろうか。

 硬くて柔らかい背中に当たる湖面の感触を楽しみつつ、さっきまでの遊びを思い返す。


 ずっと、か。

 ぺたりと隣に座り込んだ竜の子に声をかけた。


「あなたは、シエラちゃんとずっと一緒にいたいですか?」


「? うん」


 きゅる? と喉を鳴らしながら小首を傾げた竜の子は何も考えていないようだった。

 その単純さを羨ましく思う。


「ずっと……死ぬまで。いえ、死なずに……ずっと」


「ずぅっと?」


「はい」


 にゅ、と私の視界を塞ぐように伸びてきた顔に光る両の目。

 何も考えていないその『竜眼』は私の心の葛藤をすら見通しているのだろうか。

 ふにゃ、と笑った竜の子は、やはり何も考えていないようだった。


「ままとずっと一緒なの、うれしい」


「……。……そうですね」


 色々考えたところで、結局私もこの子と同じなのだ。

 もう取り返しのつかないところまで焦がれてしまっている。

 それならば、何も考えずに。

 ずっと一緒に。

 ずぅっと。


「戻りましょうか」


「うん」


 私たちを満たしてくれる、白くて可愛らしい人のところへ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ