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最後のアーティファクト  作者: 三六九
第五章 続いていく世界
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十六話 小さな魔術師たち

「アイファねぇちゃん、一人でできるよぉ」


「動かないで。曲がってるから」


 誰が見ても一級品の外套が出来上がってから、しかし実際に着用を許されるまで三年もかかった。

 一緒に待っていてくれたアイファお姉ちゃんには申し訳なさと同時に、感謝の気持ちでいっぱいだった。


「本当に二人だけで大丈夫?」


 お互いに髪を整えあう私とアイファ姉ちゃんを心配そうに見つめるすちぃ、もとい師匠は、まだ二十歳を過ぎたばかりだというのに随分とお母さんっぽい。

 言うと静かにそして本気で怒られるから言わないけれど。


「大丈夫ですよスティアラ様。私が付いてますから」


 二人で大丈夫か、と言われているのにその返しはどうなんだろうと思わなくもないけれど、やっぱりこれも言わないでおこう。

 私は空気が読める子なのだ。


 片道で五日程かかるお使いは確かに初めてだけど、そこら辺の魔術師より私とアイファ姉ちゃんは『できる』という自負だってある。

 何より……不安よりも、楽しみの方が大きいのだ。

 早く旅立ちたくて、うずうずしている。


「……そうね。きっと見ていてくださっているでしょうし」


 師匠が見上げた先、家並の向こうに頭だけ見えている『リフォレの大樹』は白と緑がちょうど半分くらいのまばらに染まっている。

 この珍しい色の葉をつけた大きな木は、今や平和の象徴として人々に愛され、また多くの観光客を集めるのに一役買っている。


「よし。できたよ、コリン」


「はぁい」


 アイファ姉ちゃんの声に応え、くるりと身体を一回転させた。

 この日の為に用意した新品のリボンが視界の端で楽しげに揺れる。

 お揃いの黒いレースのリボンで亜麻色の髪を緩く纏めているアイファ姉ちゃんも今日はいつもより瞳がキラキラしている。

 私もきっと、同じような顔をしている。楽しみで仕方がない。




 中央広場に向けて歩き出すと物陰から黒い人型がずるり、と這い出してきた。

 どうやらおばば様も見送りに来てくれたらしい。

 本人は軒先でお茶でも啜っているのだろうけど。


「行ってくるね」


 すれ違いざまに手を上げると、機敏な動きで手を差し出してきた『おかげちゃん』の手が触れた。

 ぶにょ。

 相変わらず不思議な感触だ。

 アイファ姉ちゃんはこの肌触りが苦手みたいだけど、今日は差し出されたそれに手を触れていた。

 師匠は丁寧に頭を下げていた。

 そういう物腰の柔らかいところがより一層お母さんっぽさを醸し出していることにやっぱり気がついていないみたい。


 広場はいつも通り人でごった返している。

 広場の外周は『リフォレの大樹』を見上げる人々の為に広く整備されたけれど、より喧騒が酷くなっただけで相変わらず歩き辛い。

 緑と白が鮮やかな一口大のお団子は今日も飛ぶように売れているようで、人々の手に口に彩りを添えている。


 広場を経由して西門の方へ。

 以前よりも人の往来が穏やかに見えるのは、城塞都市からの流入が落ち着いたからだと師匠が話していた。

 遥か西、空に立ち上る幾本もの光の柱が、人間を一人も殺めることなく戦争を止めたのだと。

 誇らしげだったその語り口をまだはっきりと覚えている。


 小さい頃からお世話になっている門手前の馬屋で、これまた小さい頃から何度も野原を一緒に駆け回った相棒『おひめちゃん』の手綱を受け取った。


「元気だったかぁおひめぇ~、おおぅおぅ」


「ああ、髪がもう……」


 アイファ姉ちゃんの落胆した声を背に、熱く滑るスキンシップを交わす私とおひめ。

 その間にも荷物が次々と積まれていく。


「重くないかぁおひめぇ~、おうおぅ」


「あんたも手伝いなさいよ」


 これからの旅の大事な友なのだ、これくらいは許して欲しい。

 でも確かにこれ以上はせっかくの外套まで汚れてしまいそうなのでやめておこう。




「気をつけてね。コリン、アイファ」


 師匠の『祈りの句』が西門を往来する人々の頭上に柔らかな光となって舞い落ちた。

 治癒を目的としたそれとは違い、即効性も効果もほとんどないいわゆる気休め程度のもの。

 だけどそれは街と街を行き交う人々にとっては何よりも心の支えになる。

 旅の無事を祈ってくれる者の存在は、彼らにとって、とても。


「行ってきます」


 それぞれの馬に跨った私とアイファ姉ちゃんの頭上にも温かく柔らかな光が舞い落ちた。

 『慈愛の魔女』の祈りを一緒に受け取った商人がうやうやしく頭を下げ、傭兵たちが勇ましく声を上げた。

 それに釣られて、大きく手を振った。


「行ってきます!」


 アイファ姉ちゃんも珍しく一緒に声を上げて手を振った。

 さぁ、行こう。

 目指すはずっと南、少し前まで名前もついていなかったという、僻地にある森。


 今はそう。

 『魔獣の楽園』と呼ばれているらしい。






「……なんか思ってたのと違う」


「そう?」


 道中の昼下がり。

 橋に着く前に小休止をすることにしたのだけど。


「川沿いはまだ駄目だな。迂回したほうがいい」


「この時期は痛むのが早くてなぁ」


「『丸鼻』の皮を使うのはどうだ。臭いがちょっとあれだが……」


 私たちの周りには南へ向かう商人とそれに伴う傭兵が情報交換という名の休憩を取っていた。

 おじいちゃんや師匠の手回し、というわけではないらしい。

 彼らには彼らの用事や仕事があって、たまたまこうして一つの集団となっているだけだ。

 出発地点が同じで向かう方向が一緒なら、こうなるのは勿論当たり前なわけだけど。


「安全だしいいじゃない」


「そうだけど、旅って感じがしない」


 アイファ姉ちゃんは分かってない。

 これがただのお使いじゃなくて、私たちにとってこれからの人生を左右する大きな一歩だってことが!


「すまんねぇ、嬢ちゃんたちに同伴させてもらって」


「へっ?」


 私たちの話を聞いていたのだろう、初老の腰の低い商人が声をかけてきた。

 言葉とともに差し出されたそれは湯気の立つ木のカップ。

 今日はじっとしていると汗ばむくらい暖かい日だけど、甘い香りの誘惑には勝てず受け取った。


「『慈愛の魔女』さんのところの魔術師さんたちだろう? 随分優秀だって噂だ」


「え、えへ? いやぁそれほどでも」


 クリシュ家の孫娘としての名は街では色んな意味で有名なのは勿論知っていて受け止めてもいたけれど。

 お世辞だとしても、一人の魔術師として評価されているらしいその言葉は素直に嬉しかった。


「最近は魔獣が減ったとはいえ、野盗の類が増えてきた。魔術師さんと一緒なら安心だ」


「えへへ、任せてくださいっ」


 周囲からの視線が温かい。

 そうか。

 彼らの旅は、私たち優秀な魔術師を頼ってのものだったのだ……!


「先が思いやられる……」


 アイファ姉ちゃんの呟きは、商人たちの豪快な笑いにかき消されて私には届かなかった。






「久しぶりだね。アイファちゃん、コリンちゃん」


 『渡り鳥の巣』で私たちを出迎えてくれたのはニアリィさんだった。

 調整役? っていう仕事をしているらしく、何度かおじいちゃんと難しい話をしていた。

 とてもすごい魔術師だと聞いたけど、今は魔術を扱うことはほとんどないらしい。


「お久しぶりです。よろしくお願いします」


 ここから目的地まではニアリィさんが案内をしてくれることになっている。

 商人のおじさんも言っていたけど、最近は魔獣の代わりに悪いことをする人間が増えているのだ。

 私とアイファ姉ちゃんの二人だけでも問題ないとは思うのだけど。


「うん。何かあったら、怒られちゃうから」


 ニアリィさんの声には、懐かしさが滲んでいた。




 『渡り鳥の巣』でほとんどの商人と別れた私たちは一泊させてもらった後、ニアリィさんと三人で南へ向かった。

 道中は平和で、あまりにも順調すぎて拍子抜けだった。


「いいことじゃない」


 不満顔な私をアイファ姉ちゃんは時折こうして宥める。

 勿論いいことだ。

 だけど旅には苦難が付き纏い、困難を乗り越えて成長し、それから互いを認め合ってさらなる苦境に立ち向かう……。

 そういうのをちょっぴり期待していた。




「それじゃ、いってらっしゃい」


 ニアリィさんの声に背を押され、私たちは一歩を踏み出した。


 その森は、頭に雪を被った山に抱かれるようにあった。

 初めて訪れるこの場所のことについては、色んな噂を聞いている。

 曰く、一度立ち入れば戻って来れない。

 曰く、見たことのない恐ろしい魔獣が棲んでいる。

 曰く……神の化身が住んでいる。


「絶対お姉さまのことだよね」


「うん」


 森の入り口は荒れ果てていて、木々に侵食されたそこは辛うじて村だったことが窺えた。

 その荒廃した様子とは一転、傍らには立派なお墓が幾つも並んでいた。

 その落差に薄気味悪いものを感じつつも、人の手によるものを目にしたことで少しだけ安心した。


 それを横目に通り過ぎると、木々の密度が一気に増して足が止まってしまった。

 私とアイファ姉ちゃんは、けっこう『できる』魔術師だとお互いに自負し、認め合っている。

 だから、同時に足が止まったのだ。


「……アイファねえちゃん。本当に入って大丈夫なのかな、これ」


「大丈夫……だと思う。多分」


 優秀な魔術師は、空気中に漂う魔素の濃い薄いがなんとなく分かる。

 だから、分かる。

 この森は魔素が濃いなんてものじゃない……まるで液体のようだ。


「うん。そうだよね」


 ここまで来て何を言っているんだ私は。

 それにこの森からは……嫌な感じが一つもしないではないか。

 お腹の下に手を当てると、ぽかぽかと温かい。


「……そうだね、行こう」


 『地鳴らす甲竜』ことちーちゃんにも急かされた気がして、足を踏み出した。

 そうだよね。お前も早く会いたいよね。

 でもやっぱりちょぴっとだけ不安だから、アイファ姉ちゃんの手を取った。

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