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最後のアーティファクト  作者: 三六九
第五章 続いていく世界
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七話 うごめく大蛇に似て

「まま、すごい」


 杞憂だった。

 あの女が作り出したアーティファクトはこの身体の為にあるのだ……扱えない筈がなかった。

 自らの腕の延長のような一体感、それを一度振るっただけであの異形の二体は軽々と切り裂かれ、ぴくりとも動かなくなった。

 ……これやばくない?


 抱きついてきたリチェルを受け止め、髪を撫でてやる。

 『神槍』は『閲覧者』と同じようにお腹の下……『竜の心臓』にしまうことができた。


「……で、どういうことなんだろうね、これは」


 きゅる? と俺の胸元で鳴くリチェルを撫で続けながら、再び辺りを見回す。

 『災厄』……魔族の侵攻が起きたのは数年前。

 しかしそこら中に残る殺戮の痕は生々しく、血は乾いていない。


 あちこちに横たわる死体は『木々を食むもの』。

 あちこちに横たわる死骸は、人間の一部だけが異形化した、そう……あの湖近くに住んでいた村人のようなそれは、恐らく魔族のもの。

 さっきのあれは……あれも魔族なのだろうか。


 あの異形は明らかに、人の手によって生み出されたものだ。

 ヴィオーネ・エクスフレアの魔術に似た、しかしもっと気持ちが悪い魔力によって繋ぎ合わされていた。

 そんなことができるのは……。


「ああ」


 そうか。

 あの女は『災厄』をも利用して材料を……『木々を食むもの』を調達したと思っていた。

 目的の為にあらゆる手段を講じたであろう黒き魔女が、座して待つ筈がない。

 起こしたのだ。自らの手で。『災厄』を。


 この『神域の庭』も彼女にとっては……ただの実験場だったのか。


「……行こ」


 リチェルの手を取りさらに奥……島の中心へ足を向けた。




 やはり生きている者は一人も、一匹もいない。

 あれから二度襲撃を受けたけれど、そのどちらも異形に異形を繋ぎ合わせたもので、その魔力は死んでいた。


 肌に纏わりつくような濃い魔素が辺り一体を覆っている。

 恐らくこれが上空から見た霧の正体だろう。

 島の中心部を隠すように広がるこれは、歩を進めるにつれさらに濃く深くなっていく。

 息苦しさを感じるほどに。


「リチェル、平気?」


「うん」


 手を繋ぐリチェルを横目でちらりと見ると、良かった意外と平気そう。

 ……逆にこの子は何が苦手なんだろう。




 しばらくして魔素の霧を抜けた……瞬間、何かにつまづいたリチェルの手を引き、抱きとめた。


「……っ、これは……」


 地面に露出した大きな木の根っこ。

 その大元を探そうと目で追い、見上げると……おびただしく地上に露出された木の根が絡まりあい、大地を覆い尽くしていた。

 見渡す限り、全て。


 その根は全て何百メートルか先にそびえ立つ一本に集約されている。

 あれが……。


「まま、これ動いてる」


 背中に飛びついてきたリチェルの言葉に見渡す、確かに……根が僅かに動いている。

 まるで生き物のように。ちょっと気持ち悪い。

 目を切り替える。魔力を吸い上げているのだろうか、根の中をずるずるとゆっくり魔力が流れている。


「リチェル、それから降りて」


「? うん」


 人間一人が乗れるその大きく太く立派な根っこ、リチェルは気がついてなかったみたいだけど……魔力を吸い取っていた。

 触れた箇所から、ほんの僅かだったけど。


 さて、しかし。

 遠く奥に見えるあれが『神の樹』だとして……このぎっしり詰まった根の海を越えていくのは、ちょっと嫌だな。

 大した量ではなかったみたいだけど、仮にこの根の動きが活発化するなんてことがあったら。

 絡め取られ、動けなくなるなんてことになったら……目も当てられない。


 遥か頭上も霧で覆われている。

 恐らく『神の樹』だろうそれを中心に巨大な半球状の空間が広がり、その周りは全て濃い魔素の霧。

 地面はうごめく根。


 幸い、遠いけれど見える位置にある……リチェルの手を取り、人差し指の付け根に口付けた。



 空中に現出、距離感が上手く掴めなかったか、『神の樹』にはまだ百メートルほど距離がある。

 落下は始まらなかった。

 リチェルが俺の両手首を掴み、ふわりと滞空していた。

 良い判断だ。


 近づいてみると分かる、木の幹だと思っていたそれは根っこが縒り集まっていただけだった。

 ねじられているようなそれの中を物凄い量と密度の魔力が昇っていき、しかし見上げても霧の中に消えて先がどうなっているのかは見えない。


「……神さまとやらはどこにいるんだろう」


 目の前のこれは圧倒的な存在感で、確かに生きてもいるようだけれど。

 あの女は確か、高密度の魔力体と言っていたっけ。


 近づくにしても保険はかけておきたい……とりあえず一人で行ってみるとしよう。


「リチェル、ここで待ってて」


「はぁい」


 ぱ、と手を離され重力に捕まり落下が始まる。

 眼下に広がる、太さが『双頭の毒蛇』くらいはある迫力がありすぎる根っこの群れ。

 四肢に魔力を廻らせる、着地。


「……ぅ、お」


 ぎち、と根っこ同士が擦れてきしむ音があちこちで鳴り、僅かに視界が揺れた。

 やはり動いているようだけど、絡まってこんがらがって自縛している。

 足元からはやはり魔力を吸われている、けれどあのニャンベルの吸収速度よりも遥かに遅い。

 体内では相変わらず魔力を生み出し続けている……特に問題はなさそうだ。

 長居をする意味もない、根っこが集まり昇るそれを注視して、転移した。



 しめ縄を連想させるそれは間近で見るとあまりに巨大で……なるほどこれは『神の樹』と名付けられても不思議ではない。

 そう納得してしまうほどの確かな説得力がある。

 そして根元には唯一の人工物だろう祭壇が鎮座していて、これが『木々を食むもの』が最期を迎える場所なのだろうか。

 祭壇の周囲一メートルだけが根の侵食を受けておらず、どうやら安全に立てる場所はここだけらしい。


 後方、見上げるとリチェルが空中で器用にふわふわ浮かんでいる。

 降り立ってみたのはいいものの、周囲には他に生き物もいないようだし、さて。

 ぐるりと霧に囲まれたこの恐らくは島の中心部で、他に行けるところは……。


「……上かな?」


 ぎちぎちに絡み合った根っこは上に伸び、魔力もまた上に流れている。

 普通なら幹に繋がり、枝葉を広げているのだろうけど。


 見上げるその先は完全に霧で覆われていて見通せそうにない。

 リチェルに連れていってもらおうと目を向けると、こちらに気がついたリチェルが手を振った。

 手を振り返すと呼ばれていると思ったのだろう、羽を大きく広げ緩やかな速度で下降してきている。


 まだ距離はあるし、と左手をちらりと見る。

 この島を俯瞰できれば何か分かるだろう、魔力の量も充分だしやってみるか。

 そう決意したときだった。


 油断はしていなかった。

 突然、こちらへ向かってゆっくり下降していたリチェルの表情が変わり、急加速を始めたのを見てようやく気がついた。

 けれどそれは遅かった。


「ままっ!!」


 リチェルの叫び声は遠い。

 後ろから伸びてきた手が俺の四肢を腰を一斉に掴み、引っ張った。


「な、ん……っ」


 何もいなかった筈だ。

 首だけを廻らせる、しかし何も見えることなく、身体が一瞬だけ浮き上がり……引きずり込まれた。

 暗闇に吸い込まれる、まるで眠りに落ちるような感覚を、どこかで。

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