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最後のアーティファクト  作者: 三六九
第五章 続いていく世界
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五話 風を切り裂く竜の羽

「よう」


「……どうも」


 以前ソラと手合わせをした、マクロレン商会が保有する資材置き場は相変わらずがらんとしている。

 端材で組まれた今にも瓦解しそうな木の椅子に座り俺を出迎えたのは、逆立てた髪に赤が混じる情報屋を名乗る男。

 ウルフレッド・カーヴィン。

 随分顔色いいですね。


「視線が刺すようでしたよ」


「あんなものを聞かされ見せられたらな」


 この街にずっと滞在していたのだろう、傭兵たちがいなくなってからも。

 一つの場所に執着するような性格だとは思えない、ならばつまりは仕事の為か。

 ちょっと歪んだ性癖をお持ちだけれどなかなかどうして義理堅い。


「空を飛ぶ魔獣についての情報はもう必要なさそうだな」


「……そうですね、すみません」


「よくあることだ」


 言葉通りなのだろう、無駄骨に終わったことに対して特に思うところはないらしい。


「代金もたっぷり貰ったしな」


「……」


 『強制伝達の魔術』は俺の声だけではなく、接触していたソラの声も伝えていたらしい。

 粘膜による接触、その音を脳内に直接叩き込まれた、特に小さなお子様から若者と呼ばれる年代の人間たちの反応はなんかもうえらいことになっていたそう。

 どうりで街を救った筈の俺に対する視線に、殺意レベルのものが混じっていたわけだ。

 特に子を持つ親と呼ばれる立場の方々から。


「アーティファクトに関してはさっぱりだ」


 引き続き調べてくれていたのだろう。

 仕事には真面目な男だった。


「それはもう、いらなくなりました」


「? そうか」


 おや、というような顔をしたウルフレッドは、しかしそれ以上の言及を避けた。

 相変わらず線引き、距離の取り方が上手い。

 伊達に情報屋を名乗っているわけではないらしい。


「その……人間や魔獣が近づかない、静かなところってありますか」


「未踏の地なら腐る程あるが……」


 ウルフレッドはそう言い淀み、視線を切った。

 俺の正体とまではいかないまでも、今までのことからある程度の察しはついているのだろう。

 返答は早かった。


「……調べておこう」


「助かります」


 この男はやはり優秀だ。

 そしてそれ以上に、良い人だった。




 明くる朝、空の端が白み始めた早い時間。



「たぶん、あっち」


 目的地である『神域の庭』がどこにあるか分からないと呟いた俺に、リチェルは事も無げに言った。

 この子には一体何が見えてるんだろう……勿論疑うわけではないけれど。


 リチェルが空を飛べてかつ俺を運べるのなら、わざわざ北まで行くこともないだろう。

 それならばと、港湾都市リフォレからしばらく歩いた先にある岬の上。

 善は急げとも言うし、ひとっ飛びしてもらうことにした。



 風はほとんどなく、広がる海面は驚くほど穏やかに見える。

 真っ直ぐな水平線、まだ明けたばかりの早い時間だからか船はほとんど見当たらない。


 ソラのじっとりとした視線が俺の頬に突き刺さっている。

 竜の少女リチェルの定員が一名様なのが原因だった。

 あの本来の姿に戻ることができれば話は単純だったんだけど。


「すぐ戻るから」


 不満なのを隠そうともしないソラの頬に口付け、髪を撫でた。

 どれだけかかるかも分からないし、ソラにとってはおもしろくないだろう。


「待ってて」


「……はい」


 握った手が温かくて、離したくないと思ってしまう。

 けれどすぐに戻ってこれるだろう、今の俺の目的は神さまを殺すことなんかじゃないのだし。


 引き寄せ、唇を押し付けた。

 くぐもった喉の奥から漏れた声を聞きながら、唇を離した。

 手を離し、頬に触れ、微笑む。


「それじゃ、行ってくる」


 小さく頷いたソラを見やり、既に頭上高くぱたぱたと浮いているリチェルを見上げた。

 ……あの服やっぱりゆるゆるだなぁ。


「リチェル」


 俺の声に応えふわぁ、と降り立ったリチェルは、きゅるきゅると鳴きながら俺の後ろに回り込んだ。

 そして腰をがしっと掴まれ、周囲に風が巻き起こった。

 ……身体が、浮いた。


「え、こんな格好?」


 クレーンゲームの景品になった気分。

 ダルセイやコリンの見送りを断っておいて正解だった。あまり格好良くはない。


「シエラちゃん」


 ソラの声に首を廻らせた。

 見上げるソラの目が少しだけ潤んでいる。


「お気をつけて」


「……うん」


 その声に危うく泣きそうになった。

 大丈夫、だと思うけど。


 互いの姿が見えなくなる前に獣の少女が視線を切り、駆け出していったのを知る由もなく。





 陽が高いうちに着ければ幸運だろう。

 そう思っていた俺の考えは良い意味で裏切られた。


「うおおぉ……っ!」


 速い。

 空を飛ぶ魔獣に襲われるんじゃないかと危惧していたけれど、それもどうやら杞憂だったようだ。

 今のリチェルに追いつける生物はいないのではないだろうか。

 そう思わされる圧倒的な速度で、俺を軽々と持ったまま風を切り裂く竜の少女。

 少女の姿でこれなんだから、元の姿だとどうなってしまうんだろう。

 それこそ月まで行けるんじゃないですかね。


 っていうかちょっとまって。

 速すぎて寒い……!


「ちょっ……まっ……りちぇ……っ」


 喘ぐように出した声は自分でもほとんど聞き取れなかった。

 風圧がすごすぎる。

 けれどリチェルには届いていたようで、一体どうやったのだろう空中にぴたりと止まった。

 信じられないほどの急制動だった。


「っげふ」


「なぁに、まま」


「ごほっ……も、もちょっと、ゆっくり行こ……?」


 雪がちらつく標高でも全然平気だったこの身体が凍える寒さって相当やばいぞおい。

 きゅる? と小首を傾げるリチェルはああ平気そうですね流石ですね……。

 身体の中がひっくり返りそうな衝撃だったんですけど。

 普通の人間だったら死んでるんじゃないかな?


 はぁい、と素直に返事をしたリチェルは、ぶわさっと翼を一度大きく羽ばたかせてからゆっくり飛び始めた。

 これくらいなら平気そう、薄い霧……というか雲に阻まれていて周りは何も見えないけど。

 リチェル的には高いところの方が飛びやすいらしい。

 よく分からないけどそういうものなのだろう。




 しばらくして。

 不意に、何かを突き抜けた……或いは突き破ったような感覚に襲われた。

 音としては知覚できなかった肌を舐めていったそれは恐らく魔力の波動、上をちらりと見てもリチェルは特に何も感じていないようだ。

 ……結界的な何かな気がしたんだけど。


「もうすぐ着くよ、まま」


 リチェルの声は不思議と良く通る。

 さらに速度を落とした竜の少女は降下を始め、薄い霧を通り抜けて下へ下へ。

 念の為に目を切り替えると視界は一変して魔素の色に染まり、うわなんだこれめちゃくちゃ濃いな。


 大きく翼を広げたリチェルは器用に魔素を捕まえている。

 ふわふわと下降していく竜の少女と、端から見ればそれに捕えられているように見える少女の組み合わせはきっと目立つだろう。

 そんなことを考えていると、随分と長く感じた……ようやく雲を抜けた。


「……?」


 強烈な違和感を覚えたけれど、それが何に対してなのかは分からなかった。

 ただ遥か見下ろす海面に、島……大きい島だよなあれ、赤茶けた陸地が見えた。

 周囲を岩礁に囲まれたその島の奥は、濃い魔素に覆われていて見通せない。

 目を切り替え戻してもやはり濃い霧に包まれていて、陸地の奥はよく見えなかった。


「いくよ、まま」


「え」


 リチェルの声が遠くに感じた、それは気のせいではなく、急激な加速によって置き去りになったからだろう。

 絶望すら覚える急加速、陸地がものすごい勢いで近づいてくる……!


「ちょぉっ、ぅおあああぁっ!?」


「きゃー」


 情けない少女の声が空に吸い込まれていく。

 楽しそうな可愛らしい声が空に溶けていく。

 勝手にこぼれ出た涙が分かたれ解放されていく。



「うえぇ……」


「だいじょうぶ? まま」


「だ、だいじょぶ……」


 咄嗟に魔力を廻らせたおかげで、絶望を感じるレベルの急制動になんとか耐えることができた。

 自分で自分を褒めてあげたい。


 やはり『竜』という存在は規格外だなと改めて思わされる。

 人間からすれば充分以上に規格外なこの身体がまるで玩具のよう。


「……さて」


 実際に足をつけて改めて見回す。

 魔族の侵攻で滅びた『木々を食むもの』の生まれ故郷。

 すぐに戦闘になる可能性も考えていたんだけど、切り替えた俺の左目には生きているものは何も映らない。


 後ろを振り返る、見晴らしが良い一面の海原は荒れることなく静かなものだ。

 『渦巻く海竜』の姿もなく、真っ直ぐな水平線に陸地は一つも見えない。

 恐ろしく静かなところだ。


「……ここが『神域の庭』、でいいのかな」


 神々しさもなく、緑が豊かなわけでもない。

 荒れ果て、乾いている。


「リチェル。『神の樹』がどこにあるか分かる?」


「んぅー?」


 手入れでもしているのか、リチェルは自分の羽をすりすりと撫でている。

 ……なんかちょっと眠そう?

 いや、微妙に俺の方をちらちら見てる。


「……お腹空いた?」


「うん」


 燃費悪いのかなこの子。


「おいで」


 羽をぱたぱたさせながら飛び込んできたリチェルを抱き止め、髪を撫でる。

 胸元できゅるきゅる鳴く声を聞きながら、小さく名前を呼んだ。

 小首を傾げ見上げる竜の少女の唇に口付ける。


 きゅるる、と喉の奥から不思議な音が鳴る度に唇が微かに震えてくすぐったい。

 魔力を流し込むとさらに音色を変えて空気を震わせる。

 きゅるん。きゅるん。


「……ふぁ」


 ゆっくり唇を離すと、瞳を潤ませたりちぇるは頬を赤らめて再び俺の胸元に顔を埋めた。

 ……お前よだれ拭いてるだろ。バレてるぞ。


「んじゃ、行こっか」


「……ぁい」


 ぽーっとしてるけど大丈夫かなこの子。

 リチェルの手を引き、見回す……島の奥はやはり見通せない、濃い霧と魔素が覆い隠している。

 この先に『神の樹』があるのだろうか。

 そこにこの世界の神さまとやらがいるのだろうか。

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