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最後のアーティファクト  作者: 三六九
第五章 続いていく世界
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四話 揺れ惑う視線

 港湾都市リフォレに迫っていた脅威は去った。

 俺が自身の失態に気づいた少し後、彼らは整然と(若干足並みを乱しながら)北へ……魔術都市へ帰っていった。


 港湾都市リフォレの中心、『リフォレの大樹』の下へ戻ってきた俺とソラに向けられた視線は様々だった。

 本来であれば街の危機を救った英雄的な扱いを受けて羨望の眼差しで迎えられる筈だったのに……!

 あのおばば様ですら可哀想な子を見る目でこちらを見つめている。

 せめて罵倒してほしい。


「……お、お姉さま」


 おずおずと。

 誰もがこちらに近寄らない中、コリンがちょっともじもじしながら歩み寄ってきた。

 なんだろう。


「わ、わたしの魔力も差し上げますっ!」


 そう言って硬く目を瞑り、唇を尖らせるコリン。

 にわかにざわつく周囲からこちらを注目する気配がいくつか……けれどなんだろう、嫌な類の視線は感じない。

 少女の好意を無下に断るわけにもいかないし、この状況ならむしろ堂々としていた方が様になるだろうか。


 コリン・クリシュの頬を撫で、僅かに首を傾けた。

 唇を押し付け、魔力をゆっくり流し込む。

 吸収されると思っていたのだろう、身体をぴく、と震わせたコリンはしかしすぐに甘えるように俺の身体に抱きついてきた。


「……っふぅ」


「はぁ……お姉さま……っ」


 ゆっくり唇を離すと、コリンはとろんとした目でこちらを見つめ、うわ言のように繰り返しお姉さま、と呟いている。

 微笑みつつ髪を撫でると、熱い吐息を漏らしながら体重を預けてきた。

 ここまで情熱的に慕われるのも悪くはないんだけど、その……ダルセイさんが困惑してらっしゃるので、そろそろ離れようか。



 街の中は祝勝ムードという感じではなく、少しでも早く日常を取り戻したいという思いが見え隠れしていた。

 うん、あんなことをしてしまった手前、派手に祝われても困るし淡々と後処理を進めてもらいたい。


「さて……」


 結界を維持していた魔術師たちもおばば様に追い立てられるように戻っていき、広場にはもう僅かな人間しか残っていない。

 ソラは尖塔の上に寝そべり一応見張りをしている。いや、寝ているかもしれない。

 広場を覆うように枝葉を広げる『リフォレの大樹』、その幹に一人の少女が張り付いたまま動かない。

 もうけっこうな時間が経ったんだけど……。


「リチェル、降りてきなさい」


 声をかけても反応なし。

 無視しているようには見えない……そもそも声が届いていないような気がする。


「……あれ?」


 何の気なしに大樹を眺めていた俺の目に飛び込んできたのは、何枚かの緑色の瑞々しい葉っぱ。

 気が付いてしまえば異常に目立つ……いや異常なのは今の真っ白な状態なんだけど。

 外側のほんの一部分の葉っぱだけ、色が戻っていた。


 ふと思い立ち、目を切り替える。

 大樹を廻る魔力の流れがおかしい……張り付いた竜の少女が、魔力を吸い上げていた。

 ゆらゆらと揺れる小さな六枚の羽が淡く光を放っている。


「なるほど小賢しいねぇ」


 いつの間に俺の真後ろにいたおばば様が、リチェルを見やりながら口を開いた。

 こわい。


「つまり魔術都市の連中の狙いも見抜いていたわけだね。末恐ろしい嬢ちゃんだよ」


 何の話だろう。

 盛大な勘違いをされている気がする……。

 とりあえず黙っておこう、怖いから視線はリチェルに固定。


「この地この場所が最もあれの影響を受けていることを、どうやって知ったんだい。

 『十席』の死に損ないですらこの変容を受けてようやく気がついたっていうのに」


 ちらり、と横目でおばば様の方を窺うと、その目は大樹でもリチェルでもなくさらに上、大きな二つの月に注がれていた。


「……ふん、だんまりかい。まぁ良い、特等席で見る分には構わないんだろう」


 ぺちっ、と俺のお尻を叩いて、おばば様は広場の外周へ歩いていった。

 言ってることが何一つ分からなかったんだけどどうしよう……。

 そうこうしている間にも、大樹に茂る葉の緑色の割合が少しずつ増えている。

 それに気が付いた人々が足を止め、俺と同じように頭上を見上げていた。


 ふわり、と魔素が頬を撫でた。

 風ではない、魔素そのものが大樹を中心に……いや、リチェルを中心に波のように揺れ動き、さざめいた。

 真っ白だった『リフォレの大樹』のちょうど半分ほどがまだらに緑色になった瞬間、青白い炎が爆発するようにその根元から立ち昇った。


「う、ぉ……っ」


 魔力の奔流は一瞬。

 青い炎に包まれた大樹は……見た目の変化はない。

 ただ、その根元に一人の少女が立っていた。

 さっきまで幹にへばりついていた竜の少女、その姿にも変化は……いや、ところどころ変化している。


 その背丈はほとんど変わっていない。銀色の髪は相変わらずさらさらと輝くよう。

 頭の左右から生えた角が少し伸び、眠たげに開かれた碧色の瞳に金が混じっている。

 翼は一回り以上大きくなり、少しだけいかめしくなった。

 尻尾の見た目はあまり変わっていない、けれどぺちんと地面を叩いたその可愛らしい音とは一転……うわぁ陥没してる……。


「ままー」


 きゅるる、と喉の奥で鳴いたリチェルは、俺の姿を認めるとゆっくり手を広げて名前を呼んだ。

 変わらないその声に安心しつつ、恐る恐る近づいていく。


「……どしたの、リチェル」


 ぎゅう、と抱き締められ頬がすり寄せられた。

 温かい。なんともなさそうで良かった。


「これ、ままが用意してくれたの?」


 これ、とは『リフォレの大樹』のことか。

 いや用意したというかやってしまったというか……。


「そ、そうだよ」


 ちょっとだけどもった俺の声を受けて、リチェルは嬉しそうにきゅるる、と鳴いた。

 ぱたぱたしている六枚の羽は緩やかな流れを生み出し、今にも飛び立ちそうだ。


「ちょっとだけ思い出したよ、まま」


「え」


 リチェルはそう言うと、俺の目の前で屈み……俺のお腹の下に手を添えた。

 そして、魔力で編まれた『断罪』ですら完全に破壊するに至らなかったワンピースドレスを、いとも容易く引きちぎった。

 なんで?


「ちょっ」


 露出された俺のお腹、そして『竜の心臓』が淡く赤い光を放っている。

 リチェルは逃げようとした俺の腰を掴むと、『竜の心臓』に唇を近づけた。


「返すね、まま」


 ちゅ。


「あづっ?!」


 痛みに似た熱さに思わずリチェルの角を掴んでしまったけど、ビクともしませんねうん分かってましたよ。

 身体の中に何かが入ってくる……いや、覚えのあるこれは、取り込んだという感覚。

 ああ間違いない、『竜の心臓』が赤熱している。


 唇を離し、立ち上がったリチェルのまん丸な瞳が俺の目を覗き込んでいる。


「殺されるところだけ、思い出したよ」


 リチェルの目……『竜眼』には何が見えているのだろう。

 少しだけ、怖いと思った。


「……リチェル」


 まばたきをしたリチェルの目はいつも通りで、きらきらと輝いていた。

 ふにゃ、と笑った竜の少女はもう一度俺に抱きつくと、耳元で小さく呟いた。


「まま。今なら私、飛べるよ」


「ん、お、おぉ……っ?」


 ぶわぅ、と風が巻き起こり、リチェルの身体がそっと離れ……宙に浮いた。

 広げられた翼は淡く魔素を反応させて白い光を放ち、銀の髪の上を滑っていく。

 はわー、すっごいきれい。


 気がつけば広場には再び人々が集まり、『リフォレの大樹』の下で広がる光景に固唾を呑んでいた。

 すぐ隣にソラが降り立ち、俺の手を握った。


「これが『竜』ですか」


「そう、みたいだね」


 見ているだけで気後れする圧倒的な存在感。

 竜を統べる、なんてとんでもない。

 普通の人間では立ち向かおうという気力がそもそも湧き上がらないだろう。

 それほどまでにリチェルの姿は、神々しかった。


「ままっ」


 再び降り立ったリチェルは可愛らしく翼をぱたぱたさせ、尻尾をふりふりしている。

 その動きだけで魔素がかき混ぜられ……ああ、魔術師らしき人々が怯えている……。


「どこにだって、連れてったげるよ!」


 ふんす。

 鼻息荒くぺちーん! と尻尾で地面を叩いたリチェルは、ああ俺の話を覚えていてくれたらしい。

 それは嬉しいんだけどそれ以上尻尾を動かすな。

 後ろの大樹がぐらぐら揺れている。

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