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最後のアーティファクト  作者: 三六九
第五章 続いていく世界
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三話 頭の中に響く吐息

「……ソラ、リチェルを見てて」


「はい」


 港湾都市リフォレで一番高い建物は広場からすぐ近くにある。

 転移の魔術でそのてっぺんに着地。

 先端が丸みを帯びたこの尖塔からの景色には見覚えがある……以前ここで考えごとに耽ったっけ。


 見下ろした広場をぐるりと囲むように数十人の魔術師が手を繋ぎ、魔術を行使している。

 目を瞑り集中する者、何か書き物をしている者、器用に食事を取る者、談笑に興じている者もいる。

 彼らの腕には紋様が刻まれていて、ああなるほど、連結された彼らは燃料と巨大な変換機構か。

 そしてそれを束ねているのが……あのおばば様だ。


 ……一体何者なのだろう。

 コリンはおばば様に対して親近感みたいなものを抱いていたようだし、もしかしたら血縁なのかもしれない。

 確かクリシュ家は結界の魔術を有する、なんて言ってたけど……ダルセイとコリンはその輪の中に入っていないように見える。



 さて。

 ぐるりと見回す……街の全てを覆う結界、その北から西側にかけて魔術による攻撃が続いている。

 散発的だと思っていたそれは話を聞いてから改めて見るとどうだろう、休むことなく繰り返される執拗な嫌がらせのように見えてくる。


 数千もの彼ら魔術師を率いているのは、『十席』の一人だという。

 なるべく街を無傷の状態で手に入れたい魔術都市の思惑、それを挫く為の手段……。

 小さく溜め息をつき、街の外壁に転移した。



 お腹の下に手を当て、『閲覧者』を取り出した。

 俺の思いに応えるように独りでにパラパラと捲られたページ、そこに書いてある読めない文字を指でなぞっていく。

 それはすぐに見つかった。


「ああ、これ良さそう」


 読めない、けれど意味は分かったこの世界のどこかにある魔術書が形成されていく。

 『強制伝達の魔術』。

 ……使いようによってはやばそうだなぁこれ。




 手に持つ分厚いそれに魔力をめいいっぱい注ぎ込み、口を開いた。


<……こんにちは>


 その瞬間、街に降り注いでいた魔術が止み、結界が僅かに揺らいだ。

 上手く前方にだけ伝えるつもりだったのだけどこの反応、街全体まで聞こえてそう。

 俺自身はどう聞こえているか分からないから、声の大きさとかこれでいいのか分からない。


<私は白き魔女と呼ばれている者です>


 しん、と辺り一帯が静寂に包まれている。

 外壁の上の兵士たちも、ぽかんと呆けた顔で耳を押さえ、こちらを見たり頭上を見上げたりしている。

 ちゃんと聞こえていそうだけど、どういう風に聞こえているんだろう。


<魔術都市の方々に警告します>


 遠く、動揺が空気を震わせた。

 俺は一体何様のつもりなんだろうな、と自嘲めいた笑みが浮かぶ。


<この街は私のものです>


 ありとあらゆる感情が外でそして中で渦巻いている。

 その矛先は全て、この小さな身体だ。

 背中がぞくぞくする。

 笑みを抑えられそうにない。


<これ以上手を出すのなら>


 左手で左目を押さえる。

 俯瞰する。

 北西方向、兵士が展開されていない空白地帯に狙いを定める。

 誰からも見えるように、大きく、立ち昇るように。


<『断罪』が降り注ぐでしょう>


 俺の意思に応え再形成された『閲覧者』に魔力を注ぎ込む。

 『湧き出る温かい泉』の魔術を発動させた。


 ごぅ、と眩い光の柱が空を駆け上り、雲が割れ、魔力の波動が兵士たちの頭上を撫でていった。

 直径十メートルくらいの温泉が出来上がったことなど誰に分かる筈もない。


 これで撤退してくれればいいけど……。

 しかしあの光景を見せられて尚、彼らは乱れることなく隊列を維持している。

 じっと、何かに耐えるように。

 凄まじい精神力……いや、統率力だろうか。



 ……しばらく待ってみても動く気配がない。

 攻撃は止んだままだけど、ここからどう転ぶか……まだ油断はできない。


<んー……どうしようかな>


 何か仕掛けてくる可能性もあるし、しばらく注視しているべきか。

 街を取り囲む彼らが完全に撤退しない限り、港湾都市の魔術師も結界を解けないだろう。

 『断罪』の矛先が自分たちに向けられている状態で攻撃を再開するなんて……うぅん、ちょっと考えにくいけど。


 けっこうな距離を置いて、壁上の兵士から視線が注がれている。

 突然この街は私のだ、なんて言われたら猜疑心が湧き上がるのも無理はない。


 外を見やりつつ考えていると、スカートが小さくはためいた。

 音もなくすぐ横に降り立ったソラは、小さくあくびをしてから呟いた。


「微動だにしませんよあの子」


 リチェルを見ていることに飽きたのだろう、あの様子だとしばらく放っといても平気か。


<ソラ、魔力もらっていい?>


「はい」


 短時間のうちに左目の連続使用、長距離の転移にあれこれ使ったせいで魔力の量が心許ない。

 目を瞑り可愛らしく唇を尖らせたソラを抱き寄せ、唇を押し付けた。


<んぅ……んむ……っ>


 伸ばされた薄く長い舌を甘く噛み、唾液と魔力を一緒に吸い取っていく。

 身体に染み渡るようだ。


<はぷ、ん……、んぅ……っぷぁ>


 ……ふぅ。

 ごちそうさまでした。

 もういいんですか? と小首を傾げるソラの頬を撫で、もう一度口付けた。


<んっ……、ありがと>


 あまり貰いすぎてソラが動けなくなると困るしな。

 戦力としてはソラのほうが遥かに上だし。


「それでどうするんです? 膠着してるみたいですけど」


<んー、様子見かな。なんかしてきたら、問答無用で撃つけど>


 見るとさっきまであんなに整然としていた魔術都市の兵士たちが、なんだかざわついているような……動揺、いや焦燥?

 『断罪』に見せかけたあれ以上の何かが彼らの間に飛び交っているのだろうか。

 その外の様子、いやこの街の現状すらどうでもいいのだろう、手持ち無沙汰なソラは頬をすりすりとこすり付けてくる。


「シエラちゃん、暇です」


 と言われましても。

 今はできればここを動きたくない。

 唇を尖らせるソラの髪を撫で、もう一度口付けた。


<んちゅ……っん……>


 壁の上の兵士さんたちは直立不動で、外ではなく俺とソラを凝視していた。

 流石にやりすぎた。気まずい。


<ぷぁ……。ソラ、そろそろ>


 離れて、と言おうとした瞬間、街の内側から注がれた鋭いそれに、俺とソラは同時に反応した。

 ゆるく突き飛ばされ首を廻らせる、いちにぃさん、『吸血鬼』の柄を抜き取り、顔を掠めた何かを無視して転移の魔術を発動させた。


 屋根の上、恐らく魔術師だろうそいつの真横に現出し、驚愕に固まった身体に『吸血鬼』の刀身を埋め込んだ。

 余さず吸収、一人残せばいい、こいつはいらない。

 がくんと膝から崩れていく身体越しに見えたもう一人はソラが既に肉薄している。

 もう一人は……路地裏か、既にこちらに背を向けている、人差し指の付け根を噛んだ。


<ほっ>


 そいつのすぐ目の前頭上に現出し、顔面に膝を合わせた。

 ごっ、とイイ音が鳴り、地面にしたたかに身体を打ちつけたそいつを踏みつけ、『吸血鬼』の刀身を顔面へ埋める。


<どちらさま?>


 すた、と降り立ったソラは爪の先の赤色をぺろぺろと舐めている。

 他にはいないようだ、俺の獣の耳にも変な音は聞こえないし気配も感じない。


「うぶ……っ、お、おォ……っ!」


 魔術の気配と同時、怯んだ俺に代わり、ソラの爪がそいつの首を深々と抉った。

 そびえ立つ外壁に遮られた薄暗い空間に、濃い血の匂いが広がっていく。


<……ふぅ。どっちだろ、『十席』絡みかな>


「さぁ」


 俺個人を狙う追っ手かもしれないけれど、外のあれを目くらましにした作戦の一つという可能性もある。

 んー、分からん。

 ソラの手を取ってもう一度壁の上に転移した。


「そういえばシエラちゃん」


<ん?>


「これ、すごいイイですね」


<……どれ?>


 ソラの切れ長の青い瞳が上を向き、耳がぺたりと伏せられた。


「頭の中でシエラちゃんの声や呼吸が反響するんです。ぞくぞくします」


<……? え、……はぁっ!?>


 慌てて『閲覧者』を取り出し、開く。

 形成されたままの『強制伝達の魔術』に魔力が注がれ続け、ずっと発動を……いや待て、ずっと?

 ……改めて閉じて、魔力を回収した。


「……」


 ぐるりと首を廻らせる。

 こちらを見ていた兵士さんたちは目を逸らしている。

 遠く、魔術都市の兵たちは相変わらずざわついている……何に対してだろう。


 『断罪』の行使をちらつかせた少女の声、獣の少女とのでぃーぷなそれ、そして暗殺者を一瞬で撃退したそれらは、半径三キロメートル内にいる生き物全てに聞こえていた。

 死にたい。

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