表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
最後のアーティファクト  作者: 三六九
第四章 旧き竜の末裔
148/170

三十四話 空っぽの器

「結論から言うと、さっぱり分からないわね」


 食事を終え、ダイニングルームには俺とソラが残された。

 そして三姉妹の長女ヴィオーネ・エクスフレアは、食後のぶどう酒を楽しんでいる。


 時折、外から盛大な爆発音と衝撃が邸宅全体を震わせるのは、ルデラフィアとリチェルが『遊んで』いる余波だろう。

 せっかく綺麗になった庭園が無事であることを祈るのみ。


 ソラはすぐ隣でうとうとしていて、俺の肩に頭を預けている。

 その頬を撫でながら、ぶどう酒で唇を湿らせた。


「がっかりさせちゃったかしら。でも恐らく、あの子の『解析』ができる魔術師なんて……世界中探してもいないわよ」


「……そうですか。いえ、ありがとうございます」


 彼女が言うのならそうなのだろう、疑う余地などない。

 つまり、『神域の庭』に渡る為に竜の少女の力を借りることはできないということだ。


 ……がっかりは、してない。

 予想していたことだし、何より恐らく黒き魔女の被害者であるリチェルに、これ以上何かを押し付ける気もない。

 あの子にはただ笑って、おいしくご飯を食べて、元気に過ごしてもらえれば……それでいい。


「他に当てはあるのかしら」


「一応、は」


 当てと言うには細すぎる、けれど間違いなくあるだろうそれは……まだ見つかっていないアーティファクト。

 神さまを殺す為の器がこの身体なら、アーティファクトは神さまを殺す為の手段だ。

 それならきっと、『神の樹』に辿り着く手段も講じているだろう。

 ……その役割がこの左目だったらどうしよう。


「残りのアーティファクトを探しながら、北へ向かいます」


「『雲隠れ』ね。……まぁ、足の手配はしておいてあげる」


「……ありがとうございます」


 既に魔力は充分に身体を廻っている。

 少し前……いや、城塞都市のお城の中でアレをしてから、魔力の回復が早くなっている気がする。

 多少の距離なら転移でも問題なさそうだけど……お言葉に甘えておこう。



「ねぇおチビちゃん」


 こくん、とぶどう酒を飲み落とすその仕草も様になっている。

 改めて口を開いたヴィオーネ、その瞳は俺を真っ直ぐ見据えている。


「あなたは神さまに会って、何をするのかしら」


 何か確信を持っているような声色で、ヴィオーネは続けた。


「あなたが宿している……黒き魔女が作り出したアーティファクトは、人や魔獣を相手にするには……強大すぎる」


「……」


 静寂は一瞬だった。


「黒き魔女は、神さまを殺そうとしていたのでしょう?」


 糾弾ではない、むしろ慈しむような声が静かな部屋の中に染み渡る。

 それを知って尚、この三姉妹の長女は、俺に協力しようとしているのか。


「……止めないんですか」


「止めないわよ」


 ……この世界それ自体が壊れてしまう可能性だってあるのに。

 どうしてこの女は当たり前のように、平然としているのだろう。


「言ったでしょう。あなたの目的への協力をすると」


「……どうして、ですか」


 恐らくヴィオーネは全て知っている。

 アーティファクトを追い、キルケニス・オーグリアとも関わりがあったのなら当然、思い至るか。

 異邦の者と。呼ばれていたし。


 ヴィオーネは唇を湿らせてから、小さく溜め息をついた。


「……ニャンベル。あの子をね、助けてもらったの」


「黒き魔女に、ですか」


 えぇ、と呟いたヴィオーネの濡れた瞳の焦点はどこに結ばれているのだろう。

 遠く、爆発音が廊下の窓を震わせている。


「誰がどう見ても助からない重傷だった。でもあの人は助けてくれた。……真っ当な魔術ではなかったけれど」


「……身体が軽すぎるのは」


「身体……そう。……いえ、存在そのもの、かしらね。あの子も、『器』なのよ」


 ……あの子、も。

 いやいや、俺はあそこまで軽くない筈だけど。


「実験、だったんでしょうね。魂の器……あなたへ至る為の」


 ……一緒にお風呂に入ったときに、鏡に並んで映った姿を見て、まるで姉妹のようだと思った。

 似ていると、思った。


「あの子はあの時のことを覚えていない。ルデラフィアちゃんの記憶にも齟齬が生じ始めている。老いない身体になったあの子を元に戻してあげたくて、アーティファクトを求めていたんだけど」


 その口調は重い。

 何も知らぬ者同士、そう言ったキルケニス・オーグリアの言葉が思い出された。


「協力……いえ、利用ね。あなたが黒き魔女そのものならそれで良いし、違っても『完成』すれば同じ高みまで通じる筈だから」


 疲れているように見えた。

 いや、恐らくはずっと疲れていたのだ。

 俺はヴィオーネにとって……希望だったのだろうか。


「でもあなたは別人で……神さまを殺す気は、ないんでしょう?」


 見透かされていた。

 それはつまり、『完成』まで至るつもりがないということに他ならない。


 ……甘え、なのだろうか。

 この身体の役割を放棄して安穏と生きることを願うことは。


「……そう、ですね」


 期待外れだと思われただろうか。

 失意の眼差しで見られるだろうか。

 それとも怒りか、侮蔑か。


 しかしヴィオーネのこぼした言葉は、そのどれでもなかった。


「覚えてるかしら」


「……何を、ですか」


 ぶどう酒を飲み干したヴィオーネは髪をかき上げ、耳にかけた。

 隣のソラがむにゃむにゃぐるぐると喉を鳴らした。


「ニャンベルをよろしくね、って」


「……ああ、はい」


「ふふ。覚えてくれているなら、それでいいの」


 口を拭い、ヴィオーネは立ち上がった。

 ドアへと向かう足は、俺が座る椅子の後ろで止まった。

 俺の髪を撫でるその手は優しい。


「あの……、村跡の彼らも、実験だったんですか」


 ふと思い出して聞いてみた。

 彼女たち三姉妹と初めて出会った場所、歪な形をした彼ら。


「あれは……、『魔族』を作ろうと、していたんじゃないかしら」


 そう言ってソラの髪も撫でてから、ヴィオーネは出ていった。

 それはつまり……どういうことだろう。

 魔族の王に、魔族……。


 ソラのことを実験体と呼んでいたのは鈍色の彼らだったか。

 そのソラを仲間と呼んだ、『渦巻く海竜』と同化していたあれも……。

 実験、その帰結先がこの魂の器なのだとしたら、俺は、この身体は……どれだけの犠牲の上で成り立っているのか。

 考えるのが、怖い。


「……ソラ、起きてる?」


 ソラの柔らかな耳がぴく、と反応し、切れ長の青い瞳が薄っすらと開いていく。

 寝ぼけているのか、俺の肩に頬をこすりつけて喉の奥で変な声を鳴らしている。

 その温かい頬を撫でていると、不意に視界が歪んだ。


「……そら」


 情けなく震える声に、ソラの瞳の焦点が合っていく。

 ぽろぽろと勝手にこぼれ落ちる涙を、薄く長い舌がぺろりと舐め上げた。


「どうしたんですか、シエラちゃん」


「……わかんない」


 分からなかった。

 この世界のことも、ヒイラギが何をしたかったのかも、どうして俺がここにいるのかも。

 全て。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ