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最後のアーティファクト  作者: 三六九
第四章 旧き竜の末裔
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三十一話 庭園を抜けて

 鬱蒼とした森の奥を抜けると突然現れる切り開かれた空間、その奥に見覚えのある大きな邸宅。

 眼前に広がる庭園は細かく手が施され、見るものの目を楽しませてくれる。

 瑞々しく彩りも華やかなそこは、まさに上流階級が住まう豪邸の様相。


 しかし出迎えてくれたその人の纏う空気は沈痛なものだった。

 ニャンベル・エクスフレア。

 一見少女に見えるけれど、世に知られ恐れられる三狂の魔女の一人。


「どうやって、壊したの、あれ」


 恨みがましく見つめるその視線には覇気がなく、しかし魔術師のさがか興味も隠しきれない様子。

 ……どうやって説明しようかな。

 きゅるきゅる鳴きながらニャンベルを観察しているリチェルの髪を撫で、『閲覧者』を取り出した。

 実際に見てもらったほうが早いだろう。


「リチェル」


 『拒絶空間』をリチェルを覆うように展開すると、ニャンベルの顔色が少しだけ変わった。

 半透明な三角錐に閉じ込められたリチェルは、俺の顔を見上げてきゅる? と小首を傾げた。

 微笑み頷き返すと、リチェルの行動は早かった。


「とぉ!」


 パキィン。

 現象全てを拒絶する魔術『拒絶空間』が、小さな握りこぶしで呆気なく叩き割られた。

 ……予想はしていたけれど、ここまで簡単に壊されると次から怖くて使いづらいな。

 呆然とするニャンベルの首が辛うじて動き、呟いた。


「なに、この子」


「えぇと……」


「りちゅーぇるぃせぁーねぉだよ!」


 がばっと後ろから俺に抱き付き、小さな六枚の羽をぱたぱたさせる竜の少女。

 やはり難しいその発音はスルーされた。


「魔獣……違う、魔族?」


「いえ、この子は」


「ままー、おなかすいた」


 被せられた言葉に、ニャンベルの目つきが険しくなる。

 いつも眠そうな顔だったけど、意外と表情豊かなんですね。


「ベルちゃん。この子は私とシエラちゃんの子供です」


「ソラ、ちょっと静かにしてて」


 話がややこしくなる。

 ああもう、ニャンベルも何言ってんだこいつらみたいな顔してますよ。

 というかソラお前それでいいのか。


 ニャンベルからの刺すような圧力に負けじと、口を開いた。


「この子は、『月を背負う六つ羽根』という竜です」


「……」


 無言が怖い。

 さっきよりこいつ何言ってんだ感が強くなったのは気のせいではないだろう。


「はぁー。……シエラが、言うなら」


 わざとらしい溜め息とともに吐き出された言葉はしかし、どうやら(渋々)納得してくれたらしい。

 諦めたようにくるりと背を向けて歩き出すニャンベルの後ろをおずおずと付いていく。

 怒られませんでしたね。


「いいにおいする!」


 ひゅん、と風を裂く音が聞こえた直後、すぐ前を行くニャンベルの背に竜の少女が突撃していた。

 何かが割れる音と、みしっという嫌な音がほぼ同時、そして絡まりあって転がっていく女の子二人。

 ……あれを不意打ちで食らったらそうなりますよね。


 たっぷり数メートルも転がり、植え込みを貫通していった二人を追いかける。

 大丈夫かな、けっこうヤバい音が聞こえたけど。


「はんぶんままっぽいー」


「……たすけて」


 植え込みを回り込むと、竜の少女リチェルがニャンベルに馬乗りになっていた。

 無事だったようだけど、ああ、身体をまさぐられて目から光が失われている……。


「リチェル、やめなさい」


 『吸血鬼』を抜き取り、魔力を流し込む。

 ずず、と黒く揺らめく刀身が現れ、明るい庭園に不吉な色が混じる。


「ごはん!」


 しかし竜の少女にとっては、魔力の通わない一切を透過する黒刃もただの餌。

 ニャンベルの上から一瞬で飛び上がったリチェルは、ご飯を手にした俺の元へ勢い良く滑空してきた。


「ふ……っ!」


 脆い結晶に変質させつつ振り下ろす。

 どんぴしゃのタイミング、しかし恐らくその小さな翼を使ったのだろう、リチェルは空中でぐりんと身体を捻って避けた。

 回避と制動と『獲物』を捕らえる動きが全て連動している、振り下ろした俺の左手は着地したリチェルに掴まれ……目が合う。


「いただきます?」


「……どうぞ」


 ……背後からの強襲という危険行為に対してお仕置きをしようと思ったんですけども。

 これはどう対応すればいいんだろう。

 座り込んだリチェルに麩菓子のようにさくさくと食べられていく刀身を見つめていると、ちょっとだけ泣きそうになる。


「リチェル、聞いて」


「なぁに、まま」


 もぐ、と咀嚼を止めたリチェルは、きらきらした純粋な瞳で俺を見上げてくる。

 屈みこみ、ちょっと膨らんだ頬を撫でる。

 きゅるる。


「……人間は脆いから、体当たりしちゃだめ。……分かった?」


 ちら、と倒れたままのニャンベルを見てから、リチェルは頷いた。


「わかった!」


 いい返事だった。

 悪い子ではない、言われたことを素直に聞いて受け止められる。

 一つ一つ、教えていけばいい。

 ……時間はいくらでもある。


 立ち上がり、まだ起き上がっていないニャンベルの元へ駆け寄る。

 微動だにしてないけど大丈夫ですかね。


「……起こして」


 怪我はしていないようだった。伸ばされた手を掴み、引き起こす。


「あの……大丈夫ですか」


「四重、結界、全部、壊れた」


 引き起こされたニャンベルは小さく溜め息をつき、残された魔力の結晶をほおばるリチェルをじとりと睨みつけた。

 頭から足先まで葉っぱまみれなので一つ一つ取り除いていく。


「……でも、見つけたんだ」


「はい……偶然ですけど」


 空を飛べる魔獣を使役する。

 そう言ってここを発ち、ちょっと遠回りしたけど一応目的を果たして戻ってこれたということになる。

 と言っても、今はさらにその先の目的が少しだけ変わってしまったけれど。


「取れましたよ」


「ありがと」


 素直に礼を言ったニャンベルは、裾をぽんぽん叩いてから向き直った。


「シエラ、覚えてる?」


 聞き返そうとして、思い出した。

 城塞都市の中層、暗がりに建つ宿屋でそういえば……。


「……ご褒美ですか?」


「うん」


 そんなこと言ってましたね。

 すぐ戻るという約束を反故にしたのはこちらだから何も言えない。

 ご褒美という言葉に不穏な何かを察したのか、ソラがリチェルを置いてとてとてと歩み寄ってきた。

 これ見よがしに身体を押し付けてきたソラの顎を撫でる。


 ニャンベルに対するご褒美……多分、こっちだろう。

 お腹の下の『竜の心臓』に意識を集中し、『閲覧者』を呼び出す。

 こっそりとリチェルを戻そうと試みたけどやっぱり反応なし。

 うーん、なんでだろう。


「好きなだけ付き合いますよ」


 ぱらぱらとページを捲ると、ニャンベルの瞳が子供のようにきらきらと輝いた。

 ほんとに好きなんだな、魔術書。




 先に結界を張り直してくる、と溜め息混じりに言ったニャンベルと別れ、邸宅の入り口を抜けて正面ロビーへ。

 うやうやしく出迎えた侍女の露になった四肢には、美しい魔力の結晶が生えている。

 口の端からよだれを垂らすリチェルの手を掴む。


「あら。早かったのね」


「……こんにちは」


 大階段の上、その長い脚を見せ付けるようにゆっくりと降りてくる長身の女の姿があった。

 三狂の魔女の長女、ヴィオーネ・エクスフレア。

 ぺろり、と舌なめずりするのを見逃しませんでしたよ。

 俺とソラの身体が一瞬固まった。


「その子は……」


 ヴィオーネの青紫色の瞳がすぅ、と細くなる。

 見定めているのか、見極めようとしているのか。

 きゅる? と首を傾げたリチェルをゆるく抱き寄せた。


「……ふふ。その子には手を出さないでおこうかしら」


 察したのだろう、それがいいと思います。

 いくらヴィオーネでも恐らく抑えきれないだろうからな。


「向こうでルデラフィアちゃんが待ってるわよ」


 顎で指し示し、私も後で行くから、と手をひらひらと振るヴィオーネに、元気いっぱいに手を振り返すリチェル。

 おいやめろ喰われるぞ。

 ちらりと横目で見やる、ソラは目を合わせようともしていない。

 尻尾も垂れ下がっている。


 ソラの手を軽く手を握る。

 お互いの身体は気がつかないうちに、こわばっていた。

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