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最後のアーティファクト  作者: 三六九
第四章 旧き竜の末裔
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三十話 街道に輝く竜の瞳


 見たことがある……ような気がする大きな街道を足早に横断する。

 ずっと遠くにそびえ立つ山脈は白く連なり、その手前には一面に森が広がっている、これまで見てきた中で一番の広さだ。

 右手の奥に見上げる断崖は森丘地帯の突き出た部分だろう、その足元にエクスフレアの邸宅がある……筈なんだけど。


「分かる? ソラ」


「分かりません」


 すんすんと鼻を鳴らすソラがすぐに首を傾げたのを見て、思い至る。

 結界……恐らく匂いすらも遮断している。


「……どうやって見つけよう」


「さあ」


 ソラの声は冷たい。

 ……怒っているわけではなさそうだけど、三姉妹との良い思い出がないからだろう、積極的ではない。

 まぁ、気持ちは分かる。


 以前彼女たちの邸宅を発って港湾都市リフォレへ向かったときは……街道に放り出されたんだよな、ニャンベルの魔術で。

 それでお抱えだという荷馬車と合流して……。


 ぐるりと見回す。

 多少移動したところで恐らく景色はほとんど変わらないだろう、街道が作られるだけあって平坦な道だ。

 魔力は……随分早いな、そこそこ回復している。

 けれど左目を使ったところでニャンベル印の結界を見破れるとは思えない。


「それなら高いところから見てみますか?」


 ソラの視線は森丘の方。

 確かに、ここで手をこまねいているよりはマシだろう。


「ままー」


「ん、なに? リチェル」


 くい、と繋いでいた手を引かれた。

 ずっとうとうとしてたみたいだけど、ようやく目が覚めたらしい。

 傾き始めた陽射しを浴びてぽかぽかしている銀の髪を撫でる。

 きゅるる、と気持ち良さそうに鳴いてから、リチェルは口を開いた。


「わたし、分かるよ!」


「えっ」


 ……いや、早合点はよくない。

 多分まったく別のことだろう、そもそもリチェルはあの三姉妹のことを知らない筈だ。


「あっち」


 見えている突き出た断崖、その向こうを指差す小さな手。

 目を切り替えて指差す方を見てみる……何かが見えることもない、ただの森だ。

 振り返ると竜の少女の碧色の瞳に魔力が燃え、僅かに黄色……いや、黄金が薄く輝いていた。


「『竜眼』、ですか」


 呟いたソラの声に首を傾げる。

 ちら、と俺の頭の上を見てからソラは続けた。


「全てを見通す、と言われています。本当かどうかは分かりませんけど」


 俺とソラに見つめられ、きゅる? と小首を傾げたリチェルの頬を撫でた。


「えへへー」


 目を細めてにっこりと笑う少女は、しかし『竜』。

 あの高さから急降下しても平気だったのだ、人間、いや魔獣とすら比べ物にならないのだろうその能力は……未知数。


 ……いやいや。

 全てを見通すと言っても、リチェルには目的地の話をしていない。

 何が見えてるのか……どこまで、見えているのか。


「えぇと……リチェル?」


「なぁに、まま」


 本当に目的地……エクスフレア家の邸宅が分かっているとして。


「……なんで分かったの?」


 俺の言葉にリチェルは再びきゅる? と鳴いてから、すすす……と後ろに回り込んだ。


「まま、しゃがんでー」


「?」


 よく分からないまま、言われた通りその場で屈む。

 リチェルの小さな手が俺の白い髪をすくい、撫でた。


「ままのじゃないのがあって、同じのがあっちにあるから」


「???」


 なぞなぞかな?

 主語が盛大に迷子になっていらっしゃる。


「ん、リチェルごめん。もう一回教えて?」


「んーとね、ままの髪の毛にちがうのが、あむ……あも……」


 上手く言葉が出てこない様子のリチェルを見かねて、ソラも屈んだ俺の後ろへ。

 四つの手がさわさわと頭の上を滑る。

 きもちいい。


「……これは、気がつきませんでした」


 ソラが小さく息を呑んだ。

 続けて、獣の耳を撫で始めた。

 きもちいい。


「恐らくあいつ……いえ、ベルちゃんの髪の毛が編み込まれています。シエラちゃんの髪に」


「えぇ……?」


 驚愕と一抹の恐怖が浮かぶ、しかしああ、なるほど。

 転移の目標物だろう、ということは……初めてのお持ち帰りのときだろうか。

 あの段階でもう俺は、手の平の上だったわけだ。


 毎回、俺の背中に現出する理由も恐らくは。


「あっちにいるよー?」


 リチェルが再び指差す、この子には魔術の結界など関係ないのだろうか。

 ……ニャンベルが知ったらすっごい機嫌悪くしそう。


「外しますか? これ」


 ソラの声色は揺れている。

 ソラにとってはおもしろくないだろう、伴侶と呼んだ相手の身体に、他の人間がマーキングしていたのだから。

 気がつけなかった自分自身に対して怒っているようにも見える、その頬を撫でた。


「本人に聞いてからにするよ」


「……分かりました」


 地味に罠とか仕掛けてありそうだし。

 それに、これのおかげで助けられもしたのだ。


「じゃ、行こっか」


 随分と待たせてしまっている。

 リチェルの手を取り、山脈の足元に広がるそれを見上げた。




 先導するリチェルの揺れる小さな六つの羽と尻尾を見ながら歩く。

 一時間ほど森の中を歩いているけど、それらしいものはまだ見えてこない。

 足取りに迷いがないのでまぁ大丈夫だろう。


 手を繋ぐソラはしきりに耳をぴこぴこ動かしている。


「何かいる?」


「いますけどおとなしいですね」


 魔獣のことだろう、向こうから襲ってこないのなら放っておこう。

 この森もなかなかに魔素が濃い。


 しかし結界か。大規模なものが張られているとしたら、すぐに分かりそうなものだけど。

 あのニャンベル・エクスフレアが手ずから……一度破られて奮起の上、恐らくあらゆる対策を施したであろうそれ。

 ……触れた瞬間に大変なことになる気がするんだけど、大丈夫かな。

 『閲覧者』の中から探知系の魔術を適当に……いや、ソラの鼻ですら見つけられないのなら魔術でも無理っぽいな。


「とぉ!」


 バギィンッ!


「うお!?」


 やる気の感じられないリチェルの声の直後、何かが力づくで割られた、破壊されたような物凄い音、そして衝撃が森の中を駆け巡った。

 リチェルが足腰に力も入れず適当に振り抜いたその小さな手が、今の波動を生み出したのか。


「あ、匂いしますね」


 ソラがすんすんと鼻を鳴らし、何事もなかったかのように歩き始めたリチェルの視線の先を見やる。

 この左目にも映らなかった、完璧に隠匿されていた何か……多分、結界だよな。

 ……壊しちゃいましたね。


 直後、どこからか視線を感じて、背筋がぞくりと震えた。

 しかしそれは一瞬のことで、すぐに消え去った……待って、置いていかないで二人とも。


「もう少しだよ、まま!」


「う、うん」


 まったく、この子には毎度驚かされる。

 でもこれ、絶対後で怒られるやつだよなぁ……。

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