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最後のアーティファクト  作者: 三六九
第四章 旧き竜の末裔
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二十九話 日陰にて

「街道が見えるまでよろしく」


 そう言って俺は、本来の『空駆ける爪』の姿へと変じたソラの背に跨り、うつ伏せでうつらうつらしていた。

 すぐ後ろでリチェルが同じような体勢できゅるきゅる鳴いている。


(人間によるものですね)


 ソラ曰く、明らかに獣ではなく、対人間を想定して張られた罠が森の中に散見されるという。

 それはつまり、この近くに人間が住んでいるということだけど。

 ……こんなところに?


「……判断は任せる。ちょっとねむい」


(はい)


 温かな体毛と適度な揺れ。

 陽射しは木々に遮られてまばらに降り注いでいる。

 大きな大きなぬいぐるみに抱き付いているような安心感の中。

 眠りに落ちた。




(シエラちゃん)


「……んはぃ」


 頭の中に響くようなソラの声に起こされた。

 夢は多分、見なかった。

 節約モードというより急速魔力充填モードなのかな、なんて身体の軽さを実感しつつ思ったり……おや?


「……どゆこと?」


(さあ)


 いつの間に森を抜けていたのか、開かれた空間の奥はせり立つ岸壁。

 ぽっかりと空いた洞窟の入り口だろうそれが五つ。

 ぽかん、と口を半開きにして俺を……いや、ソラを見上げている人間が何人か。

 その四肢には薄く青い結晶が生えている。

 静寂。


「ぅ……ひぃ……っ」


 少女がへたり込み、少年が震える腕で木の棒を構え、老婆が転んで頭を抱えた。

 影が少しだけ長い、意識を手放してからそこそこ時間は経ってそうだ。


「おしまいじゃぁ……」


 洞窟の中に駆けていくもの、その場でうずくまるもの、統率の取れていない動きのほとんどに浮かぶ、絶望の表情。

 ぽん、とソラの頭を叩く。

 ぼう、と青白い炎を上げて少女の姿に変化したソラの隣に降り立つ。


「むぎゅっ」


 リチェルはまだ寝ていたらしい、落下の衝撃で目が覚めたのか後ろできゅるる、と鳴いている。

 『木々を食むもの』……なるほど、こんなところで隠れ潜み暮らしていたのか。

 細々と。


 奥から背の高い、ひょろりとした男が出てきた。

 覇気はない、しかしその目には覚悟の色と……後悔、諦めの色も滲んでいる。


「……魔術都市の魔術師様、ですか」


「いえ」


 やはりそう見えるのか、寝起きで癖の付いていた髪を手櫛で整えた。


「ならば……港湾都市からの魔石狩り、ですか」


「いいえ」


 そこでようやく男は疑問を覚えたらしい。

 この場にはおチビちゃんな女の子が三人しかいないことに。


「……人が迷い込むような場所ではない筈です。何処から来たのですか」


 しかし男は口調を変えない。

 警戒心の表れだろう、表情も硬い。


 上を、指差した。


「空から」


 目を見開いた、疑念、僅かな焦燥、男はかなり混乱しているらしい。

 ただ迷い込んだだけだし、別に何かしたいわけでもないんだけど。

 次の言葉が出てこない男に先んじて、口を開いた。


「ここって、お風呂あります?」


「……は?」


 彼らの着ている服、隠さず露出されている四肢は薄汚れている。

 不意に城塞都市の彼らが思い浮かんでしまった。

 男の反応は鈍い。


「ありません……が」


 しかし律儀に答えたその声を聞き、『閲覧者』を取り出した。

 びくっ、とこちらに注目する彼らの身体が強張り、緊張が一気に高まった。


「あ、て、抵抗は致しません! ですから!」


 男が叫ぶ、その声を聞き笑みを浮かべた。

 広く空いている地面に狙いを定める。

 差し出された手があらぬ方向を向いていることに、彼らは困惑した。


 魔力を流し込んだ。

 地面から立ち上った光の柱は、あの時より二回りは大きい。




「そこの転んだおばあさん。それに入ってください」


 淡く光を湛えるそれはすでに満たされている。

 薄く湯気が立ち上る、地獄の釜にでも見えているのだろうか。


「まさか、贄……」


 ぎり、と歯噛みする男。

 指名された老婆はよろよろと立ち上がり、つるりとしたその縁に足をつけた。


「美しい魔術師様……どうか、このばあの命だけでお許しを……」


「うん。早く入って」


 俺の軽くあしらうような言葉におばあさんは、ああ……、と嘆きながら、身を投げた。

 どぽん。


「おばあちゃん!」「ばあさま!!」「あああっ!」


 ごう、と青い炎が上がり(思ったより凄い勢いで)、おばあさんの身体を包み込んだ。


「なん、てことを……っ! 貴様らは! 静かに暮らしたいという我々の唯一つの願いすらも!」


 男の怒号、洞窟から飛び出してきた痩せた『木々を食むもの』たち。

 彼らの手には粗末な獲物が握られている。


「ソラ」


 俺が呟くと同時、先のものより遥かに激しい青白い炎を上げ、『空駆ける爪』が再び姿を現した。

 それだけで彼らの動きは止まる。

 一瞬の静寂、そして横からの声が緊張を叩き壊した。


「はあぁ~……生き返るぅ……」


 身投げしたおばあさんが、ぷかりと身体を浮かせて顔を綻ばせていた。


「な……っ、は……え?」


 固まった男はゆらゆらと浮かんでいるおばあさんをたっぷり凝視してから、こちらを振り向いた。


「聞いたでしょう。お風呂ありますかって」


「は……? ……では、あれは」


「『湧き出る温かい泉』という魔術です」


 口を開いたままの男は腰を抜かし、その場にへたり込んでしまった。

 ちょっと悪いことをしたかもしれない。


「シエラちゃん、私も入りたいです」


「わたしもー」


 少女の姿へと変じたソラと、目をくしくし擦るリチェルがのん気な声を上げた。

 ……大丈夫なのかなぁ。

 あの時この二人に襲われた原因がまだ分かってないんだよなぁ……。


 おばあさんの気持ち良さそうな声を聞き、人が集まっていく。

 直径五メートルはある温泉に恐る恐る近づいていく彼らを横目に、男は呟いた。


「あなたは、一体」


「んー」


 こんなところだ、恐らく『白き魔女』の名は届いていないだろう。

 別に、なんでもいいか。


「……綺麗好きな、旅の魔術師です」




「すごぉい!」「きゃあー!」「あったかぁい!」


 服を着たまま飛び込んだ子供たちの全身から青い炎が立ち昇る。

 その光景を見る度に恐怖に怯える彼らだったが、しかし痛みはなく怪我が治り汚れも落ちるというその誘惑には抗えなかったようで、結局一人残らず飛び込むことになった。


 その間に魔術書と睨めっこし、地面に魔法陣を刻み込む。

 どうやら相当にややこしい魔術らしい、以前描いた『帰還の魔術』よりもしかしたら難しいかもしれない。

 ニアリィも言っていたっけ、使える人はほとんどいないと。


「……これに魔力を流し込むだけじゃ駄目なのかな?」


 彼らの中で魔術に長けている者、興味がある者が刻まれた魔法陣を見て様々な表情を浮かべている。

 前者は絶望、後者は憧れ。


「その……魔力の量が足りないですし、制御がそもそも……」


 最も素養があるらしい青年の声に首を傾げる。

 曰く、変換機構にただ魔力を流すだけでは不完全若しくは失敗してしまうと。

 変換機構は『意味』を持たせ『変化』を促す為の媒介であり、魔力の流入には繊細な調整が必要だと。


 ……面倒なんですね。

 完成した魔法陣の中心に『吸血鬼』を突き刺し、魔力の結晶に『変質』させてから折る。


「これで制御の方に集中できますか」


 一連の流れを見ていた彼らの表情はころころ変化している。

 見ていると面白いけど、絶句されると反応に困りますね。


「……え、あ、はい。これなら、もしかしたら」


 俺には、彼らに対してこんなことしかできない。

 こんな日の当たらない場所で隠れ潜む彼らの四肢に生える結晶は、やはり色褪せている。




 街道へ抜ける為の道を教えてもらい、二十人にも満たない彼らに見送られた。

 聞けば人の手の届かない危険な場所で、彼ら『木々を食むもの』は散り散りになって暮らしているという。


 静かに暮らしたいだけだと叫んだ男の言葉が耳に残っている。

 この世界の神さまとやらは、供物として生きてきた彼らの現状を知りながら……何も思わないのだろうか。

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