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最後のアーティファクト  作者: 三六九
第四章 旧き竜の末裔
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二十七話 羽を休める場所

 『空駆ける爪』ことソラと、『月を背負う六つ羽根』ことリチェルの二人は、お肌がつやつやしていて上機嫌なことこの上ない。

 ニアリィもつるつるたまご肌で、髪もさらさらできゅーてぃくるがはんぱない。

 美肌効果とやらは十二分に働いたらしく、よかったですねみんな綺麗ですよ。


 朝も早くから道を行く四人の少女(?)、その中に一人だけ機嫌が悪いことを隠そうともしない者がいる。

 俺だ。


「……シエラ、機嫌直して」


 おずおずとかけられたニアリィの声に、視線を合わせず呟く。

 小さな溜め息とともに。


「発情した獣と竜に襲われている女の子を見て興奮していた人がいるらしいんですよ」


「う」


 いや別に、本気で怒ってるわけではないんだけど。

 あの状態のソラとリチェルを人間がどうにかできるとは思わないし。

 でもせめて、心配するそぶりくらいは、ねぇ?


「酷い人間がいるものですね、シエラちゃん」


「お前……」


 朝ニアリィから聞いたところによると、意識を失い浅く早い呼吸と獣染みたしかし甘い喘ぎ声を繰り返すだけの機械になった俺を、獣の少女と竜の少女は徹底的にもてあそんだらしい。

 それはもう、徹底的に。

 ひどい。


「シエラちゃんが美味しすぎるのがいけないんだと思います」


「言うに事欠いてそれか」


 隣に並んだソラをじろりと睨みつつ。

 しかし俺の視線を受けてソラはふにゃっと笑い、腕にまとわりついてきた。


「そんな目で見ないでください。誘ってるんですか?」


「えぇ……?」


 もうやだこの子……。

 さらにその隣から、丸めた皮を抱えたリチェルが顔を覗かせ、きゅる? と不思議な鳴き声とともに首を傾げた。


「ごはん?」


 その無邪気な問いに、背筋がぞくりとした。

 この竜の少女はやろうと思えば、簡単に俺を押し倒し、欲求を満たすことができるのだ。

 いとも容易く。


「……良い子にしてたらね」


「はぁい」


 普段は素直で可愛いんだけどなぁ。

 しかしソラとリチェル、この二人への対策を早急に講じないと……頭がおかしくなってしまう。

 爛れて、どろどろに、なってしまう。




 近づくにつれ舗装などされていない道の轍が深くなっていく。

 『渡り鳥の巣』。

 相変わらず余所余所しい空気が漂う、右手に森、左手は丘に挟まれた商人たちの隠れ家。


 真っ白な髪の人形めいた少女。真っ黒なローブを纏う獣の耳を生やした少女。

 銀の髪に雄雄しい角を生やし、小さな六枚の羽と腕ほどの太さの尻尾を生やした少女。

 そして唯一の人間、『狩人』と呼ばれる少女。


「やっぱり目立つね」


「そうですね」


 分かってはいたけれど。

 しかし俺とソラに関しては、一度ここに訪れて共同戦線を張っているからかそこまで奇異の目を向けられていない。

 衆目を集めているのは、のん気に『魔力の飴』を舐めているリチェルだ。


 まぁ気にしてもしょうがない、目的の場所はすぐそこだ。




「おお、久しぶりだな」


 勝手知ったるその扉を開くと開口一番、低くよく通る声に出迎えられた。

 しかしなんだろう、顎に傷のあるその顔には少しだけ疲れが見える。


「……おじいちゃん」


「ニアリィ、か」


 杖をつき、カウンターをゆっくりと回って出てきたディアーノ・トルーガ。

 その浮かんだ複雑な表情は重ねた年月の分深く、俺には理解できなかった。

 ぐ、と何かを堪えたニアリィの背を優しく押した。


「……外で待ってよう」


 ソラとリチェルに静かに声をかけ、震える少女の背から視線を逸らした。

 リチェルが抱えていた丸めた皮を端っこに置いて、外へ。



 行き交う人々の視線が注がれる。

 きゅ、と俺の服を不安そうに掴むリチェルの髪を撫でた。

 どこか人目のつかないところに一旦転移で跳ぶか、と決めたとき、横合いから馬のいななきと声が飛んできた。


「シエラちゃん様!」


 その呼び方やめろ。

 内心で突っ込みをいれつつ振り向くと、二人乗りの馬が二頭、目の前でぐるりと首を回らせて立ち止まった。

 魔術師の女の子を後ろに乗せたソニカ・ミネッテが、重そうにぜぇぜぇと息をしているもう一頭の馬上へと声をかける。


「先に行ってて!」


「ああ」


 盾を横に吊るした馬の上、男が二人こちらを向いてぺこりと頭を下げてから、馬の腹を軽く蹴った。

 とことこと去っていく揺れる馬の尾、その後ろを駄馬だろう荷物を積んだ馬が追っていく。

 ほっ、と長槍を使いつつ馬から飛び降りたソニカは、しかし俺たちと相対し、一歩後ずさった。


「あ、圧がすごい……!」


 おチビちゃん三人を目の前にして何言ってるんだろうこの子。

 しかしソニカの後ろ、ゆっくり馬から降りた魔術師の子もなんだろう、恐怖心のようなものが滲み出ている。


 ソラはやる気なさげにぼぉっとしているし、リチェルは俺の背中で縮こまっているし。

 圧ってなんだ。


「……ソニカさん、何か用があったんじゃ」


「はっ、そ、そうでした。その、お礼を言おうと思って」


 お礼……昨日のあれか。

 『双頭の毒蛇』の皮をくれた(勝手に取った)時点で、もう気にしなくてもいいのに。


「多分、シエラちゃん、様がいなかったら……帰ってこれなかったから」


 ソニカの後ろで、フードを目深に被った魔術師の子がこくこくと控えめに頷いている。

 思ったより深刻な状況だったらしい、ソニカの声色も幾分か真面目なものに聞こえる。


「あ、ありがとうございました」


 深々と頭を下げた二人に、どう答えようか少しだけ迷った。


「……折半の約束、でしたからね」


 魔獣の素材を、ってことで。

 見上げる形で微笑み、反応を窺う。

 ソニカは一瞬固まり、唇を震わせた。


「……シエラちゃんっ!」


 がばり。

 なかなかに素早い動きで飛び込んできたソニカに抱き締められ、おやこの子もなかなかいいものをお持ちですね。

 しかし若干以上に汗臭い。悪くはないけれど。

 すぐ後ろ、ソニカが手放した槍をなんとか掴んだ魔術師の子がふらついている。


 その淡い光を放つ長槍を抱えた子に音も無く近づく不穏な影。

 ソラだった。


「すんすん……これ、シエラちゃんのですね」


「わー、ままの匂いする」


 いつの間にかリチェルにも歩み寄られ、魔術師の子が身体を震わせていた。

 くるり、と身体を反転させてソニカが胸を反らし、何故か自慢げに答えた。


「そうだよ! シエラちゃんが一晩でやってくれました」


 肩を竦ませた魔術師の女の子が、ぼそりと呟いた。


「し、『白き魔女』が付与した魔装具……? ね、ねぇソニカ……」


「ん、なに?」


 その小さく震える握られた手に、ぐ、と力が入ったのが分かった。


「これ売れば、何年か遊んで暮らせるんじゃない……?」


「……っ!!」


 息を呑んだソニカの背を見やる……そんな価値があるのかそれ。

 国同士の争いになると評したグレイスの言葉は、あながち間違いではなかったのかもしれない。

 というか本人の前で売るとか言うのはどうなの。


 左右からくんかくんかされている長槍を奪うように掴み引き寄せたソニカは、何かに耐えるように声を絞り出した。


「う、うぅ……売ら、ない」


 そしてくるりと身体をこちらに向け、石突で地面を突き、高らかに声を上げた。


「これはシエラちゃんとの……絆だから……!」


 お、おう……。

 すごいドヤ顔だけど手が震えてますよ。


 昨日の魔獣との戦い、恐らく『双頭の毒蛇』とは不意の遭遇だったのだろう。

 どういう目的であの場所にいたのかは知らないけど、いつ死んでもおかしくない……あれが、傭兵の『普通』なのか。


「その、シエラちゃん……様」


 声をかけられ、見上げる。

 傷だらけの肌は、およそ女の子らしくない。


「……様はいらないですよ、ソニカお姉ちゃん」


 そういえばお姉さんぶってたな、と思い出し付け加えてみる。

 はわー! と奇声を発したソニカは身体を屈め、再び抱きついてきた。


「なんて良い子なの!」


 されるがまま頬ずりされ、髪を撫でられる。

 好きなようにさせてあげよう、こらリチェル横から槍を食べようとするな。


「やっぱりあの噂は嘘だったんだね」


「……?」


 回復したぁ、と呟き身体を離したソニカは、明るい笑顔で言った。


「白き魔女が『災厄』を起こそうとしてる、なんて」

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