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最後のアーティファクト  作者: 三六九
第四章 旧き竜の末裔
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二十五話 傭兵と魔獣

 この世界の神さまに会いに行く。

 その意味をもう一度考えていた。


 あの女の強い願いの欠片ほども、今の俺は持ち合わせていない。

 もうこの身体……魂の器が持つ意味そして機能は、俺には必要ない。

 老いず頑丈な、けれど少女のような姿のまま、平穏にしかし永遠に生きる道が目の前に広がっている。


 だけど、その前に。

 あの女が願った、そして殺すと決めた神さまとやらにやはり俺は、会いに行く。

 本当にそんな方法しかなかったのか、確かめなければならない。

 何かを見落としているような、何かに気付けていないような、そんな焦燥感が頭の片隅で燻っている。




 明くる朝。


 小屋に残されていた保存食(らしき物)を無表情で胃に詰め込んだニアリィが一息ついたのを見計らってから、切り出した。


「『渡り鳥の巣』へ行きます」



 荒れ果てた村跡の入り口、西へ伸びる道は森を沿うように続いていて、遠く低く連なる山へ消えていく。

 真っ直ぐ続く道にはところどころ水溜りが残っていて、お世辞にも歩きやすいとは言えそうにない。


 ソラが本来の姿へと変じてその背に乗せてもらえば、半日も経たず辿り着けるだろう。

 だけど、言わなかった。

 多分これが、ニアリィと並んで歩ける最後の時間になる。


 竜の少女をソラに任せ、ニアリィと手を繋ぎ、歩く。


「リチェルちゃんとソラちゃん、機嫌良いね」


「うん」


 リチェルを御しきることを早々に諦めたソラは『空駆ける爪』の姿に戻り、リチェルを背中に乗っけてゆっくり後ろを付いてきている。

 昨日の雨から一転、心地良い陽射しが降り注いでいる。

 少し硬めの体毛に包まれその揺れと相まってか、リチェルはすぐにおとなしくなり、きゅるきゅる眠そうに鳴いている。


「あは。シエラも少し、柔らかくなった」


「……そうですか?」


 絡まる指が熱を帯び、腕が抱かれ、肩が触れ合う。

 少女の傷はきっと深く、その痕はずっと残り続けるだろう。


「うん。今の方が好きだな、私」


 まだ癒えていない筈の傷口を覆う笑顔は、それでも初めて会ったときより自然で、暖かい。

 勝手な願いかもしれないけれど、ニアリィにはもう、血生臭い場所に居てほしくない。


「ありがとうございます。……私も好きですよ、ニアの笑顔」


 『渡り鳥の巣』にいるディアーノ・トルーガのところへ無事に送り届ける。

 今はそのことだけを考えよう。


「っ、……あは。シエラは、卑怯だね」


「えっ」


 突然の酷い物言いに動揺を隠せない。

 慌てた俺に、ニアリィはここぞとばかりに追撃した。


「シエラはちゃんと、鏡見たことある?」


「えぇ……? ありますけど……」


 むしろ前に一度、手渡されましたけど……。

 最近は見る機会がなかったけど、もしかして今俺は酷い状態になっているのだろうか。

 手を離し身体を見下ろす、服は朝早くに再構成したから綺麗なもの。

 髪も……さわさわ。多分大丈夫。


 ぷに、と。

 頬を摘まれた。


「……にゃんですふぁ」


「あは。つい」


 頬を薄っすらと染めたニアリィが笑みをこぼし、それに釣られて俺も小さく笑う。

 背中をソラの鼻で小突かれ、その下あごを撫でる。


 うん。

 暖かくて、良い日だ。




 陽が高くなってきた頃、ようやく右手のずっと遠くに見覚えのある小高い丘が見えてきた。

 てっぺんには幹が三本捩れた木が生えていて、気持ち良さそうに陽射しと風を浴びている。

 けっこう歩いたけどまだこの距離……改めてあの時のソラの速さに驚いた。


 今は黒いローブを纏った少女の姿のソラ、その背中ではリチェルがぐっすりお休み中。

 なんだかんだで懐いているようで安心した。

 ……おや、ソラが耳を動かしている。


「戦闘の音ですね。人間が四、魔獣が一です」


 ソラの声を聞きつつ目を切り替える。

 獣の耳に飛び込んできた音は左手の方、くぼ地になっているのか低い位置から確かに戦っているような音。

 ……わざわざ関わる必要もないだろう、と思ったんだけど。

 明らかに人間側が劣勢の気配、一人は呼吸が浅い。


「……手土産も必要か」


 目配せをしつつ、道から外れてしばらく。

 急にけっこうな下りの傾斜になった眼下、奥には背の低い森が続いている。

 激戦の跡が窺える、動かない熊のような魔獣が一体、薙ぎ倒された木の傍に倒れ伏しているのが見える。

 その手前、遮蔽物のほとんどないそこで対峙しているのは、ああ、見覚えのある『双頭の毒蛇』だ。

 俯瞰すると分かる、人間なんて容易く一口でぺろりな大きさ。


 一人が左腕をだらりと下げ、苦悶の表情を浮かべている。

 それを治癒しているのだろう、明るい灰色のローブを羽織った魔術師が手をかざしている。

 一人が大きく頑丈そうな盾で片方の頭からの噛み付きを防ぎ、もう一人が随分と魔力が込められた長槍でもう一つの頭をけん制している。


「ソラ、ニア。ちょっとだけ待ってて」


 人差し指の付け根を舐めた。


 なぎ払うように頭を打ちつけた『双頭の毒蛇』、一人の盾が弾き飛ばされ、そちらに気を取られたもう一人に大きく開かれた口腔が迫る。

 バギン、と。

 この音は前にも聞いたな、と頭の片隅に思いながら、前面に展開した『拒絶空間』を解いた。


 破断した牙から薄い黄土色の消化液が地面に垂れ、じゅう、と小さく煙を上げた。

 もう一つの頭が器用に空を舞い横合いから迫る、転移の魔術で三歩分、真下に現出して『吸血鬼』の刀身を突き刺す。

 勢いそのままに柔らかな腹側を斬られながら魔力を吸収された『双頭の毒蛇』は、地面に激突してしかし小さく跳ねた。


「大丈夫ですか、ソニカさん」


 ぽかん、と口を開けて尻餅をついているソニカ・ミネッテの橙色の瞳の焦点がようやく合った。


「えっ誰……っあ、し、シエラちゃん!?」


「はい」


 久しぶりですね、と答えつつ振り返る、折れた牙を綺麗に生え変わらせて迫り来る頭、『拒絶空間』をもう一度展開して弾き返す。

 再び破断した牙を見やりつつ解除、懐に踏み込んで『吸血鬼』を突き刺す。

 余さず吸収。


 からからに渇いたざらざらした皮を除け、辺りを見回す。

 獣の耳に異音は聞こえない。

 少し離れたところで馬が三頭、ぷるる、と首を振った。


 『吸血鬼』と『閲覧者』をしまい、まだ地面に尻をつけたままのソニカの元へ歩み寄る。


「立てます?」


「え、あ……うん」


 差し出した手を握り返そうとするソニカに、しかし横から声が飛んできた。


「その姿……何者だ、あんた」


 怯えたような声色は盾を掴み直した男。

 獣の耳と尻尾のことらしい、本当にこれは人によって反応がバラつきますね。


「白き魔女、なんて呼ばれてますけど」


 尻尾をふりふりしつつそう言うと、男は目を見開いて口をつぐんだ。

 中途半端な位置で固まったソニカの手を掴み、引っ張り上げる。

 その顔に浮かんだ表情は目が泳ぎ……あわあわしている。


「あわわわわ……し、シエラちゃん様……」


「お元気そうで、何よりです」


 不思議な呼ばれ方をして反応しづらいけど、とりあえず笑顔で返す。

 掴んだ手は僅かに震えている。


「う、うん。……あっ、そ、その……これ、槍……ありがとう……?」


「どういたしまして」


 ソニカの後方、怪我をしているらしい一人とそれにかかりきりの魔術師は、こちらをちらちらと見てはいるけど敵意は感じられない。


「はわ……シエラちゃん、いやさシエラ様? あの『白き魔女』だったの、だったんですねぇ……。

 色々と納得しちゃっ、ました……ああ、殺されるのかな私……」


「なんで……?」


 ぷるぷると震え、突然物騒なことを呟いたソニカに手を……いや、獣の耳に飛び込んできた音に反応して振り返る。

 大きな盾を担いだ男の後ろ、森の奥から何か来ている、まだ若い木々を薙ぎ倒す数は二体。

 遅れて反応した盾の男が振り向き、構えながら後ずさった。


「『赤ら顔』が残ってやがった!」


 その声に恐らく傭兵だろう彼らはすぐに動いた。

 動けるようになったのかしかし左腕を庇うように長剣を構えた男が、盾の男の左斜め後ろへ。

 ソニカは俺を一度見やり僅かに逡巡してから続いて男の右斜め後ろへ。

 その後ろに距離を取って魔術師が両の手を森の方へ向け、何事か呟いている。


 森から飛び出してきたのはやはり二体、倒れている熊のような魔獣を飛び越え、同じような見た目の魔獣が先頭の盾の男に飛び掛る。

 寸前、腕だけが妙に発達した熊のような、『赤ら顔』と呼ばれたそいつらの眼前に薄い膜のようなものが覆い被さった。

 半透明のベールに見えるそれが顔に被さり、それを嫌がった『赤ら顔』の体躯が立ち上がる。

 懐に飛び込んだソニカの長槍が一閃、薄赤の残像を残し『赤ら顔』の左腕を切断した。


「おお……」


 もう一体の『赤ら顔』、盾の男が腕を弾き、その隙にもう一人が長剣で削り、魔術師(女の子だった)がけん制している。

 綺麗な役割分担。

 ソニカさん強かったんですね。


 しかし向かって左、三人がかりの方は時間が掛かりそうで、右のソニカも決まったのは初手だけ。

 なるほど左は決定的な火力と、右は起点となる崩しが足りないらしい。

 ちらりと後方、坂の上を見る。

 ソラとニアはのん気に並んで座り、手を振っている。


 手を振り返し、手近な石を拾い上げた。

 彼らの上方、空中をぼんやり見上げ、人差し指の付け根を舐める。


 眼下、十メートルくらいだろうか、獣の尻尾も使って体勢を立て直し、さらに四肢に魔力を込める。


「ソニカ!」


 投擲。

 狙い違わず(いやちょっとズレた)、『赤ら顔』の肩に直撃。

 相対するソニカと『赤ら顔』、驚愕に固まったのは同時、しかし先に動けたのはソニカだった。

 一閃。

 槍の使い方それで合ってる?


 頭を真下から断ち割られた『赤ら顔』は、一歩二歩と進んでから崩れ落ちた。

 すた、とその動かなくなった体躯に着地し、笑みを浮かべつつソニカに向かってぴすぴす。


「いぇい」


 荒い呼吸を整えながら律儀にぴーすサインを返したソニカは、しかし首を傾げている。意味は通じなかったらしい。

 そして、ハッと息を呑んでまだ終わっていなかった、もう一体の『赤ら顔』の方へ突撃していった。


 もう俺の手助けはいらないだろう、こっそりと乾いて動かなくなった『双頭の毒蛇』の方へ。

 前にソラと倒したときよりなんだろう、骨と皮だけ感がすごい。

 魔力の吸収が上手くなったからですかね。

 ずるずると皮を引き剥がすと綺麗に骨だけが残され、まるで標本のようだと思った。

 動かすのが勿体無い感じ。


 くるくると蛇の皮を折り畳み、前の時より二回りは大きくなった(持ちづらい)丸めたそれを担ぎ、撤収。

 後方、ようやく戦闘が終わったらしい彼らの視線を背中に受けつつ、坂を上りきった。


「お待たせしました」


「それ、お土産?」


「はい」


 振り返ると、大きく手を振るソニカ・ミネッテ、その周りでぺこりと頭を下げる三人。

 お駄賃として勝手に皮を剥いだけど問題はなかったようだ。


 両手で小さく手を振り、踵を返す。

 うとうととしていたソラの頭を撫で、丸めた皮を押し付けた。


「交代」


 ぐっすり眠ってしまったリチェルを背負い、あまり整備されていない道へ戻る。

 以前持っていったものより状態がいい、きっと喜んでくれるだろう。


「それ食べちゃだめだよ、ソラ」


「……食べませんよ」


 そうか、それなら涎を拭け。

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