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最後のアーティファクト  作者: 三六九
第四章 旧き竜の末裔
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十九話 まま

 頭の左右から伸びた角の質感が硬いものになり、少しだけ刺々しく感じる。

 肩口までだった銀の髪も伸び、肩甲骨の辺りまで届いている。

 碧色の瞳には僅かに明るい黄色が混ざり、爛々と輝いている。

 さっきまでより血色が良い、頬に赤みが差すその顔には笑みが浮かび、身体に纏った恐らく魔力で編まれているそれは薄いくりーむ色。


「ままっ」


 ぎゅ、と抱き着いてきた幼女……いや、背が少し伸びてコリン・クリシュと同じくらいになった竜の少女。

 ああ間違いなく将来は美人さんになりますね、間違いない。

 勢いそのままにその背に手を回そうとすると、さっきよりちょっとだけ大きくなった翼に阻まれた。

 おお、意外と弾力があって柔らかい。その服どういう構造なんですかね。


 髪を撫でると喉の奥から不思議な鳴き声が聞こえ、すりすりと頬をこすりつけてきた。

 きゅるる。きゅるる。


「……シエラちゃん、説明を」


 怖い、声が怖い。

 ちらりと横目で見たソラの目が据わっている。

 むしろ俺が説明して欲しいくらいなんだけど……。


「あの、聞きたいことがあるんだけど」


 きゅるきゅると俺の胸元で喉を鳴らす少女に声をかけると、まん丸な瞳をとろんとさせて見上げてきた。


「なぁに、まま」


「えぇと……名前を教えてくれる?」


 小首を傾げた竜の少女は再びぎゅう、と俺の身体に抱きつくと、貧相な胸にすりすりと頬を擦りつけた。

 ちょっと気持ちイイからやめて?


「なまえー? りつぇーるぃせーねぉだよ」


「りつ……え、なに?」


「りちぇーぇるぃせぁーにぇお」


 何を言っているのか分からない……!

 けれどなんとなく雰囲気が似ている気がする。この身体の名前と。


「シエラちゃんと子供を作るのは私の役目なのに……」


「ちょっと待って落ち着こ」


 重たい気配を纏わせて呟いたソラの言葉に、さらに混乱が深くなる。

 盛大な勘違いをされているらしい、えぇととりあえず、一つずつ解決していこうか。


 恐らくこの子の発した名前らしきものは、ヴィオーネ・エクスフレアも言っていた旧い竜の言葉とかいうやつだろう、多分。

 ……もうちょっと発音しやすい感じにならないかなぁ。


「……私は、シエラ・ルァク・トゥアノです」


「しぇーるぁるぅあくとぅあーにょ」


「……シエラです」


「しぇるぁ!」


 本来の発音、なのだろうか。

 舌をれるれる動かしながらのその言葉は、ちょっと人間には真似できそうにない。


「しぇるぁままー」


 再び頬をすりすりと擦りつける竜の少女。

 角度によっては角がごりごりして痛いぞちょっと気をつけろ。

 さて、なんて呼べばいいんですかね。


「りつ、りちぇ……。りちゅーぇ……り、りつぇ……」


「ままちがうー! りつぇーるぅいせぁーねぅお!」


 ふえぇ……むりだよぉ……。

 しかも毎回微妙に違う風に聞こえるよぉ……。


「シエラちゃんから離れなさい」


 腋の下に手を通し、引っこ抜くように竜の少女を持ち上げたソラ。

 冷たい声色に空気が凍りつくようだ。

 いや実際気温は相当低い。

 周囲には氷の蛇だったものが未だ散乱しているし、ちょっと離れたところには大きな人型の氷像が幾つか倒れている……あんなのもいたのか。


「やだー! ……あぇ? ままの匂いするー……?」


 ぶわさっ、と小さな六枚の羽が器用に羽ばたき、キラキラと砂のような氷の粒と雪が舞う。

 するりとソラの拘束から抜け出した竜の少女は、一瞬でソラの背後を取って(!)ぎゅうっと抱き着いた。


「かなりままっぽい!」


 かなりってなんだ。ぽいってなんだ。

 一瞬で後ろを取られたことに目を見開いたソラは、しかし竜の少女の声になるほど、と呟いた。


「ああ、この子は私とシエラちゃんの子だったんですね」


「んなわけないだろ」


 諦めて現実逃避しだしたぞこいつ。

 唯一この場で正気を保っているのは……。

 ちらり、とニアリィを横目で見ると、目が合った瞬間ぷいっと目を逸らされた。


「しーらない」


「えぇ……?」


 頼りになるのは己のみ。

 つまりはそういうことなのだ。多分。


「り……りちぇる」


「なぁに、まま」


 ぴょこり、とソラの後ろから顔を出す竜の少女。

 通じた。通じたぞ。


「リチェル!」


「まま!」


 ばっと飛び出し、こちらに飛びつこうとする竜の少女改めリチェルを、しかし俺は手で制した。


「待て!」


「!」


 ぴたっと、小さな六枚の羽と尻尾を使って急制動に成功した竜の少女。

 ここで抱き止め、通じ合えた喜びに打ち震えるのは容易い。

 しかし俺が今ここでしなければならないのは、そんなことではない。


「……その呼び方やめて?」


「えーっ!?」


 そもそもお母さんじゃないからね。

 母性愛的なあれが目覚めそうになってしまうので、まま呼びはやめていただきたく。


「……しぇるぁまま?」


「ち、違うから。ままじゃないから」


「ままだよぅ!!」


 むぅ、と頬を膨らませ急発進したリチェルは、俺の身体に突っ込んできた。

 四肢に全力で魔力を廻らせ、受け止める。

 ……首を傾けてなかったら、角が直撃してたぞ。


「ひどいこと言わないで、ままぁ……っ」


「はぁぅ」


 きゅるる、と喉の奥から不思議な音を鳴らしながら、リチェルは俺の薄い胸で涙をぽろぽろとこぼした。

 あれ、俺が悪いことしてる空気になってませんか?

 ニアリィはほんの少しだけ頬を染め、改めて目を逸らした。

 ソラは相変わらず剣呑な目つきをしている。


「分かった、分かったから」


 どうやら折れるしかないらしい。

 あやすようにその銀の髪を撫でると、きゅるる、と気持ち良さそうに鳴いた竜の少女は、にっこりと笑って俺の胸に顔を埋めた。




「色々聞きたいことがあるんだけど」


「うん!」


 帰り道。

 俺の背中にくっつき、翼をゆっくりとぱたぱたさせているのは、竜の少女リチェル。

 ……なぜか俺をままと呼ぶ、額をアーティファクト『神槍』で貫かれていた、『月を背負う六つ羽根』という名の『竜』。

 薄く纏ったそれはゆるゆるで、首から腋から色々見えている。寒くないのかな。


 何故、人の姿をしているのか。元の姿には戻れるのか。

 何故、俺をそう呼ぶのか。

 何故、アーティファクトを食べたのか。その後の変化はなんだったのか。


 リチェルの答えは、分からない、だった。


「ままが、ままだってことしか、分からないよぉ」


 この竜の少女には、あの雄大な姿をしていた時の記憶が全くないらしい。

 あの元の姿になれるのなら、『神の庭』へ渡る手段になり得ると思ったのだけど……。

 そう上手くはいかないか。


「でも、いっぱいごはんあったら、もっと大きくなれるかもー」


「ごはん……ね」


 つまりは大量の魔力。

 無尽蔵に魔力を生み出すこの身体なら、この竜の少女を満足させられるだろうか。

 可能性があるのなら一度試してみて……も……?


「う、お……っ?」


「ふぬーーっ!」


 なんか、微妙に、身体が浮いてる……!

 俺の背中に抱きついているリチェルが、全力で翼をぱたぱたさせていた。

 いや待って、何してんの?


「ままがっ、飛びたいって、ゆってたから……っ!」


「や、それは別に今じゃないから」


 きゅるる、と不思議な鳴き声で返事をしたリチェルは、翼を折り畳んで再び俺の背中に張り付いた。

 ぜぇぜぇと熱く荒い呼吸が耳を撫でる。

 びっくりしたなぁもう。


 しかし……大量の魔力、か。

 『血の平野』一帯に染み込んでいた『死んだ魔力』は、キルケニス・オーグリアが全て使ってしまった。

 三姉妹の邸宅になら魔石があるだろうけど……正直なところ、魔石はあまり使いたくない。

 戻ったら相談するだけしてみるとしよう。

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