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最後のアーティファクト  作者: 三六九
第四章 旧き竜の末裔
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十八話 月を背負う六つ羽根

 風を纏い柱を駆け下りたソラが着地、氷の蛇がバラバラに引き裂かれて舞い散った。

 細氷、風に巻き上げられたそれはキラキラと光を透過し反射し、辺り一面を煌びやかに彩った。


 巨大な円形の神殿跡のほぼ中央。

 鈍色のローブを纏った痩せた男はかなりの上背だが、その身長よりも長い槍を振るうその度に澄んだ音が響き渡る。

 柱の断面を跳び伝うニアリィの手から放たれる目で追えない速さのそれが全て叩き落とされている……正確無比な槍捌き。

 ああ、あれは凄い。

 振るわれる先から漂う魔素が切り裂かれている。初めて見る光景だ。


「んー」


 あれと接近戦を演じられるのはソラだけだな、俺が近づいても足手まといになるだけだろう。

 目的は俺の身体なんだろうけど……馬鹿正直に相手をする必要もない。

 そう結論付け、『閲覧者』を呼び出してから、人差し指の付け根に口付けた。


 着地。

 微動だにすらしない、乾いた岩の上に乗っているようだ。

 巨大な、巨大すぎる『竜』の頭の上、穿たれた額からは何も流れ出ていない。


 振り返り俺を見た男の目は血走っている。

 何かを呟く、空いた手が閃く、折り重なっていた魔術師たちが、むくりと起き上がった。

 それらを見やり、『竜』を覆うように『拒絶空間』を発動させた。

 だけどあのアーティファクト『神槍』……多分、切り裂かれるな、これ。


 ……いや、その心配はどうやら無用らしい。

 既にソラが男に肉薄している。


 半透明な壁に向け、爛れた手で握る白刃を振るう魔術師たち。

 どうやら音すらも通さないらしい、完全に無音になった白い世界で、動かない『竜』の額に深々と穿たれた穴に、手でそっと触れる。

 ……意思疎通の方法が分からない。


 巨大な体躯を廻る魔力はあまりに弱々しく、本当に生きているのかどうかすら分からない。

 こんな状態ではそもそも会話など無理だろう。

 敵か味方かすら分からないこの『竜』に、俺が出来ることといえば……。




「こんにちは?」


 鈴の音のような可愛らしい声色。

 人形めいた少女としか呼べないこの小さな身体、それを見上げるさらに背の低い、美しい銀の髪の少女……幼女?

 透き通ったまん丸な碧色の瞳が、じぃっと俺の目を見つめている。


「こ、こんにちは……」


 小さな手が、俺が着ているワンピースドレスのスカートを摘み、首を傾げている。

 なんとか答えられたけど、俺の頭上は疑問符で埋め尽くされている。

 ……誰だ、この子は。


 いや、勿論答えは分かっている。

 巨大な竜を覆っていた『拒絶空間』の中は、今はがらんどうになっている。

 俺と、謎の幼女の二人だけ。


 くい、とその幼女に服を引っ張られ……仕方なく微笑みつつ頭を撫でると、ふにゃ、と顔を綻ばせて、不思議な音を喉の奥から鳴らし始めた。

 きゅるる。きゅるる。

 肩口で揃えられたさらさらふわふわな髪の毛は、いつまでも触っていたくなる不思議な魅力がある。

 うわぁめっちゃきもちいい。なでなで。

 きゅるる。きゅるる。


 目を瞑り、俺の手に合わせ頭を揺らす幼女は、しかしその小さな頭部の左右から角が生えている。

 鹿の角のようなそれは一度枝分かれして後方に折れ曲がり、先は丸い。



 風前のともし火のようなあまりに薄い魔力、俺はそれを、全て吸収した。

 その巨大な体躯は残らず、さらさらと青白い粒子になって消えた。

 『地均す甲竜』のときと何が違ったのか、俺には分からなかった。

 お腹の下の『竜の心臓』に留まった『竜』の魔力を、あの時と同じように再構成すると、目の前に現れたのが……この幼女だった。


 あの時に比べれば、魔力を操る錬度や効率は上がっているだろう、けど。

 ……なんで、こんな小さな女の子に?

 というか、なんで人間の姿に?


 背中には小さな翼が三対……ああ、『月を背負う六つ羽根』、だっけ。

 お尻の上には短い爬虫類ちっくな尻尾も生えている。

 というか当たり前に素っ裸なんだけど、寒くないのかなこの子。

 なでなで。きゅるる。


 と、その不思議な喉の奥からの音色を聞きながら、ふと我に返った。

 あっちは、どうなった。


 半透明な結界越しに見やる、床は凍りついているのか、薄く湯気のようなものが見える。

 操られている魔術師で動いている者は既にいない、四肢があらぬ方向に折れ曲がって積み重なっている。


 『拒絶空間』を解いた瞬間、きん、と軽い音が空間に響いた。

 短剣が槍に弾かれた音か、その僅かな隙にソラが男の足元から爪を振り上げる、その動きに石突を合わせようと捻った、時間差で短剣が頭上から飛来している。

 ……はやくてよくわからない。

 ギン、と鈍い音が鳴り離れる、今の一瞬の交錯で男の肩が薄く裂けた。


 なるほど、ニアリィがソラを後ろから援護しているらしい。

 男から魔術の気配は感じられない、というよりあの二人の攻撃をいなすのに精一杯なのだろう。


 『竜』を巻き込む心配がなくなった今、あの男に向けて『断罪』を発動させれば終わると思うんだけど……。


「まま、あれ、わたしのー」


「……はい?」


 くい、くい、と服を引っ張られ、頭を撫でる手が止まっていたから催促かなと思いきや。

 銀髪の竜の幼女の手が、苛烈な戦いを演じる男が持つ槍……『神槍』を指差していた。

 ……いや、待って。

 その前にこの子、なんて?


 自身を指差し、聞いてみる。


「……まま?」


「ままー」


 抱きつき、頬をすり寄せてくる竜の幼女はいや勿論すっごい可愛いんだけど。

 その呼び方はやめて……!

 というかソラ、その目で追えない速さの戦闘中にこっちを睨むなよすごいなお前。


 どれだけ卓越した技術を持っていても、どれだけ優れた武器を持っていても、人間というカテゴリにいる以上、魔獣であるソラには勝てないのだろう。

 そう思わされる、しかし喰らいついているのは、あの槍のおかげか。


「……一度、中に戻ってくれる?」


「やー」


 俺の魔力を餌にして顕現している筈の幼女を、しかし制御できそうにない。

 『竜の心臓』の中が一番安全だと思うんだけど、ちょっと無理そうだ。

 ここにこの子を一人で置いて戦闘に参加するのは怖いし……。

 少しだけ考え、思いついた。


 この子を囲むように『拒絶空間』を展開して、中で待っててもらおう。

 その為にはまず、ちょっと離れてもらわないといけないんだけど。

 ひしっ、と俺の身体に抱きつく幼女は、離れそうにない。


 それなら……転移の魔術で離れてからだな。

 戦いを注視しつつ『閲覧者』を左手に、『吸血鬼』を右手に取る。

 四肢に魔力を廻らせ、『吸血鬼』に魔力を流し込んだ。

 リーチは長いほうがいい、あの速さの中に飛び込む勇気もない。

 流し込むほど長くなる魔力の刀身……あれ、全然長くなってる気がしないぞ……?


「もぎゅ、もぎゅ」


「……」


 『吸血鬼』の真っ黒に揺らめく不吉なそれが、伸びた先から竜の幼女に食べられていた。


「ちょ、なにしてるの!?」


「もきゅ……、ごはんー?」


 ああ、俺の魔力が麩菓子みたいにさくさく食べられてる……。

 止めたいけど、すっごい美味しそうに満面の笑みで食べてるから止められない……。


「……おいしい?」


「うん!」


 そっかぁ……。

 じゃあいいやぁ……。


 あの男はソラとニアリィに任せよう、なんだか温度差がすごい。

 ソラは相変わらず冷たい目でこちらを睨むし、二人の攻撃をいなし続ける男もたまにこっちを凄い形相で見てくる。

 こわいからけっかいはっとこ……。



 程なくして。

 男が『神槍』を取り落とした瞬間、勝負は着いた。

 淡く光を内包する短剣が男の身体に突き刺さり、ソラは最初からそうすると決めていたのだろう、最後をニアリィに譲った。


 お腹いっぱいになったのか、うとうとと眠ってしまった竜の幼女を抱きかかえ、張り直していた『拒絶空間』を解く。

 ごとん、と頭から倒れ伏した男から流れる血が、薄く湯気を立てていた。


 しゃりしゃりと細かな氷の粒を踏み鳴らしながら歩み寄ると、かたきを取ったニアリィの虚ろな金の瞳と目が合った。


「……あは。あんまり、すっきりしないね」


 念の為左目で見やる……鈍色のローブを纏った男と、周りに倒れている魔術師たちは、もう生きていない。

 彼らの目的は俺で、その対策も万全だったのだろうけど。

 敗因は……ソラの存在か。

 ぺろぺろと爪に付着した血を舐め取っている少女はこちらを見ると、剣呑な目つきになった。


「その子、なんですか?」


「えぇと……」


 俺の腕に抱かれすやすやと眠っている幼女。

 恐らく、額を穿たれていた『月を背負う六つ羽根』だと思うんだけど……。


 ニアリィの指が幼女の頬を突っつく。

 何の反応も示さない温かな塊は、どうやら深い眠りについているらしい。


「あは、可愛いね。……もしかして『竜』、なの?」


「多分」


 目の前までやってきたソラが鼻を鳴らし、ぺろりと幼女の鼻を舐め上げた。


「……私とは違うみたいですね」


「?」


 曰く、ソラ……『空駆ける爪』は、黒き魔女によって身体に刻まれた魔術と自身の魔力によって、人間の姿に変化しているらしい。

 しかしこの幼女の身体には魔術は刻まれておらず、自然にそういうものとして成り立っていると。

 ソラは若干険しい顔で、続けた。


「多分、シエラちゃんの魔力の影響でしょうね。はぁー……」


 え、何その盛大な溜め息。


「大変だね、ソラちゃん」


「はい、本当に」


 この二人いつの間にか仲良くなってる……。

 そういえばさっきの戦闘の連携も凄かったな。


 にわかに盛り上がる二人から目を逸らし、床に横たわったままの『神槍』を拾い上げる。

 持ち手から穂先まで透き通った魔素の色をしている、二メートルくらいはありそう、この身体じゃ完全に持て余すなこれ。

 手に持つとはっきり分かる、間違いなくあの女が作り上げたものだ。

 しかし内包しているこの魔力は……。


 コツン、と石突きを床に落とすと、片腕で抱えていた竜の幼女が鳴きながら目を覚ました。

 きゅるる。


「……ままー」


 屈んで床に降ろすと、かしてー、と『神槍』に手を伸ばす幼女。

 ……大丈夫なのかな。

 恐る恐る手渡すと、軽々と槍を持ち上げた幼女は、くるんとその鋭利な穂先を自身に向け。


「……えっ」


 ぱくり、と。

 物凄い音を立てて、食べ始めた。

 ばきん、べき、ごきん、ぎゃり、がり、ごりごり。


「……どういう状況なんですか、これ」


「わ、分からぬ」


 ソラの怪訝な声に返した俺の声は少しだけ掠れていた。

 逆に分かる奴いたら連れてこい。


「シエラ、それアーティファクトなんじゃないの?」


「……うん」


 そう、黒き魔女が作った、恐らくは神さまを殺す為の道具。

 竜の幼女はその場にぺたりと座り込み、すっごい美味しそうに食べ進めている。

 私の、って言ってたし、ちょっと取り上げる気にはならない。


 見ている間に幼女はアーティファクト『神槍』を綺麗に平らげ、けぷ、と小さく鳴いた。


「ごちそうさまー」


 そして立ち上がるその小さな身体から、薄く淡い、魔素の色が滲み出す。

 まん丸な碧色の瞳が、妖しく輝いた。

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