表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
最後のアーティファクト  作者: 三六九
第四章 旧き竜の末裔
124/170

十話 止め処なく流れ落ちる

「はっきり言って、無能の極みですね」


 崖の中にある『貯蔵庫』から出て、すぐにそう切り出した。

 陽射しがやけに眩しく感じる、ソラも隣で目をしぱしぱさせている。


「それは……どういうことかな」


 ようやく口を開いた俺の言葉を受けて、初老の男ケイブ・ナーカイブは苛立たしげに言葉を尖らせた。

 主語を省いたけれど、どうやら伝わったらしい。


「どうも何も」


 周りを見渡す。

 俺とソラ、グレイスとケイブの四人は、この無味乾燥とした場所では酷く目立っている。

 見張りの兵士たちが遠巻きに聞き耳を立てている。


「『三狂の魔女』。『大賢者』。『使徒』。そして……『黒き魔女』」


 この場で使えそうな名前を適当に羅列していく。

 権威には弱いタイプと見た。勝手に名前を借りよう。


「あの方たちは、実に効率的でした。魔術も、魔石の扱いも。それに比べればこの国がやっていることは」


 くるり、とスカートを翻らせて回る。

 大げさに身体を使って動かないと、この小さな身体では迫力に欠けるだろう。


「児戯に等しい」


 険悪な空気を察したのか、兵士が数人近づいてくる。

 グレイスが俺を止める気配はない。

 初老の男の腕が僅かに震えたが、声を荒げるまでには至らなかった。


「……白き魔女殿の噂は聞いている。が、噂は所詮、噂だ」


 ごもっとも。

 けれど、全てひっくるめて飲み込んで貰わないと、話が進まない。

 かと言って、こんなところで『断罪』を披露するわけにもいかない。


 『吸血鬼』の柄を握り、魔力を注ぎ込む。

 真っ黒に揺らめく刀身は不安定で、どこまでも不吉。

 ごくり、と喉を鳴らした男を見やりつつ、刀身を変質させる。

 まばたきの間に、鋭い半透明な黒い結晶へとその姿を変えた刀身を、地面に突き刺した。

 ぐ、と腕に力を込める。


「それ、は」


 パキン。

 根元から折れた一本の結晶は、純粋な魔力の塊。

 周囲の魔素を吸い込み、淡い光はしかし寒々しい。


 抜き取り、ぽいっと無造作に投げたそれを、初老の男は慌てて受け取った。

 あまりにも鋭利なそれで手を切ったようで、一筋血が流れる。


「魔石ですよ。私には『そんなもの』しか作れませんけど」


 目を見開いた男の、刃の形をした結晶を乗せた両の手が震えている。


「こ、これ以上のものが、あるというのか」


「えぇ。『木々を食むもの』の身体に」


 三姉妹の邸宅で見た魔石は光を湛え、輝いていた。

 あれが本来の、『神の樹』に捧げる供物としての姿なのだろう。


「……どうすれば、作り出せる」


 真偽を問われるかと思ったけど、なるほどやはりこの男も魔術師だった。

 無理やり笑みを作る。


「私の言うとおりにすれば、作れますよ。お金も時間も、かかりますけど」


 投げ渡した結晶状のそれは、どうやら効果があったらしい。

 魔石だなんて言ってしまったけど、本当のところはきっと誰にも分からない。




「食事は一日一回、豆のスープとパンを与えています」


 通された石造りの四角い建物の中の一室、説明係としてやってきた兵士の声に耳を傾ける。

 現状の、彼ら『木々を食むもの』への扱いを把握しておく為だ。

 その間に、俺から魔力の結晶をうやうやしく受け取ってしおらしくなったケイブは、『貯蔵庫』を管理する兵たちを招集しに行った。


「入れた時期ごとに番号を振って管理し、定期的に魔石を回収します。以上です」


「……それだけ?」


「はい」


 それだけだった。


 あの冷たい牢獄に押し込められ、寝床もなく。

 何もない時間だけが流れ、機械的に石を砕かれて。

 そして最後には、上手く動かない手足で穴を掘らされて、そこに埋められる。


「……、……っ」


 知らず、ぽろぽろと涙がこぼれた。

 ああ、ちくしょう。

 ずっと、我慢してたのに。


「よく、……分かり、ました」


「は、はい。失礼します」


 そそくさと退出した兵士の背が消える前に、ソラの胸に顔を埋めた。


「シエラちゃんは、優しいんですね」


 違う。

 俺は優しくなんかない。

 ただ彼らの境遇に、勝手に同情しているだけだ。

 そして根本的な解決の方法も分からないまま、ただ可哀想だからという理由で介入しようとしている。

 ただの……自己満足でしかない。


 俺の髪を撫でるソラは、恐らくこの国のことも彼らのことも、一切興味が無いだろう。

 ただ俺に付いてきてくれているだけ。

 だけど今は、それがありがたい。




 理想を言えば、国の片隅に彼らの居住区を作って生活してもらうことだったんだけど。

 彼らを人目に晒すことには強い抵抗感があるらしく、話を聞く限りではかなり難しいようだった。

 『災いを呼ぶ者』、だっけ。

 あの暗い牢獄に押し込めていることに、意味自体はあったらしい。


 だとしても、ずっとあんなところにいたら心が死んでしまう。

 もういっそ全員逃がしてしまおうか、なんて考えも浮かんだけど、結局連れ戻されるか魔獣に喰い殺されるか、どちらかにしかならないだろう。

 それは無責任が過ぎる。


「まず食事の改善です。一日二食にして、安いものでいいですから酒も付けてください」


 会議室だろう四角い建物の中で一番広い部屋。

 集まった兵士たちの前で、偉そうに背伸びして話す白い少女に注がれる視線は様々だ。

 好奇の目が大半を占めているが、話を聞く姿勢はしっかりしている。


 なぜわざわざ食事を増やす必要があるのか、という疑問が兵たちの間で小さくざわめいた。

 それはそうだろう、彼らの中では、最低限活動できてさえすれば魔石を勝手に生み出してくれるもの、という認識でしかないのだから。

 家畜のように肥え太らせるとまではいかなくとも、食事の必要性を、理解……いや、でっち上げる必要がある。


「はぁ。……魔石を生成するのに必要なのは、魔力だけではないんです。

 それとは別の、精神的なエネルギーが絡み合うことにより、質の良いものが生み出されます」


 嘘だけど。

 壇上の脇、ケイブ・ナーカイブが真剣な面持ちで俺の言葉に相槌を打っているおかげで、スムーズにことが進んでいる。

 俺の言葉に異を唱える者がいない……尾ひれの生えまくった噂の数々も功を奏しているらしい。


「使い古しのものでも構わないので、寝床も用意してください。

 冷たく暗い環境は、魔石の生成に悪影響を及ぼします」


 こんな当たり前のことを、なんで俺は懸命に語っているのだろう。

 彼らは生きていて、ちゃんと普通に、暮らせる筈なのに。


「可能であれば一日に二回は外に出し、陽の光を浴びせましょう。

 魔石の質の向上に役立ちます、から」


 魔族に住むところを追われ、逃げ延び助けを求めた先で待っていたのは、地獄だった。

 家畜以下の扱いを受ける彼らが求めているのは、きっと、普通の暮らしだ。


「何もない時間というのは、精神を……腐らせます。

 ……何か作業をさせれば、効率的、です」


 不意に涙がこぼれた。

 俺はこんなに、泣き虫だったっけ。


「……っ、彼らは、生きていて……ちゃんと、しゃべれます。

 名前も、あるん、です」


 震える少女の声に、兵士たちがざわつく。

 ああ、途中まで上手くいってたんだけどな。


「……彼らのはなしを、……聞いてあげて、ください。

 人間を、世界を……拒んでしまった、魔石の色は……小さくて、脆いから」


 彼らの現状を、少しだけでも改善できれば、それだけで良かったのに。

 失敗してしまった。


 小さく頭を下げてドアへ向かう。

 魔族を呼び寄せる、『災厄を呼ぶ者』、会話なんて。

 ざわつく兵士たちの間から漏れ聞こえたそれらが、ドアを押し開いた俺の耳にするりと滑り込んだ。


「……あは。『魔族の王』なら、この間……殺しましたよ」


 それだけ言い残し、凍りついた部屋を出た。

 お姉ちゃんが、とは言わずに。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ