表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
最後のアーティファクト  作者: 三六九
第四章 旧き竜の末裔
123/170

九話 冷たく暗く鈍く

 見上げると、せり出した高すぎる崖が倒れてきそうな、そんな錯覚に目が眩む。

 崖下にぽっかりと開いた口は、ちょうど馬車が一台通れる大きさ。

 そこからちょうど、縄で繋がれ、兵士に引かれて並んで歩く裸の人間が……五人。


 見るからに痩せ細り、恐らく老人だろう彼らの性別は、一目では判別できない。

 その四肢にはとても小さな薄い結晶が……生えているというより、刺さっているように見える。


「彼らは……どこへ?」


「あー、土掘りじゃねぇかぁ?」


 作業員、ということだろうか。

 年老いた『木々を食むもの』、肉体労働には不向きなように見えるけど。


「ありゃあ末期の奴らだな。今の時期だと、六番畑の追加か。っと、隊長呼んでくらぁ。ちょっと待っててくれ」


「はい。……あれ、見てきてもいいですか?」


「ん? あぁ、別に構わんけど」


 そう言ってコンサは、石造りの建物に入っていった。

 それと入れ替わりで駆けていく兵士たちはどこか慌てた様子。

 漏れ聞こえてきたのは、保管していた魔石がなくなったとかなんとか。

 なんだか大変そうですね。

 ソラはずっと静かにしている……周りに興味がないのか、たまに俺の手を握り直すだけ。


 兵士に引かれていく枯れた彼らの後を追い、崖沿いを中層の方へ。

 ところどころに頑丈そうな木の杭が地面に突き刺さっている他は、何も見当たらない殺風景な風景が続く。

 しばらく歩くと一段高くなった、背の低い柵で囲まれたこれが恐らく畑だろう、武装した兵士がぐるりと取り囲んでいて、空気が重たく感じる。

 こちらをちらりと見た兵士たちは話が通っているのか、それ以上の反応はなかった。


 畑と呼ぶにはうねもなく、雑草すらほとんど生えていない乾いた地面。

 その区切られた空間の中には既に先客がいて、使い古しだろう歪んだスコップを手に地面を掘り返していた。

 いつからいるのだろう、全身が土にまみれ、やはり小さな結晶が見える、息も絶え絶えな老いた彼ら。


 連れてこられた『木々を食むもの』たちは両手を繋がれたまま、柵の中に入れられていく。

 彼らの目に光はなく、動いているのが不思議に思えるほど……切り替えた目に映った魔力は、枯れ果てている。



 ざく、ざく。


 兵士があくびをしている。

 老いた彼らの、地面を掘る速度はあまりに遅い。

 併せて十一人の枯れた『木々を食むもの』は黙々と、穴を掘っている。


 ざく、ざく。



「よーし、そんなもんだろ」


 やる気のない兵士の一声で、彼らの手がようやく止まった。

 広く浅く掘り返された『畑』の中で、倒れこむ者、うずくまる者、立ち尽くす者。

 どうやら作業は終わったらしい、見ていて気持ちの良いものでもなかった。


「……戻ろ」


 ソラの手を引き、振り返る。

 少しだけ高いここから見渡す風景は、右手に圧迫感のある崖がそびえ立ち、窮屈感を覚える。


「んじゃ、埋めっか」


 という兵士の声を耳にしながら、何歩か進んだところで、はたと足が止まった。

 『畑』というくらいだから種でも蒔くのだろう、それにしては埋めなおすの早いな、なんて。

 そんなことを思いながら、振り返った。


 ごしゃ。ぐしゃ。


「?」


 振り下ろされたスコップは鈍器。

 乾いた土が砂が、美味しそうに血を吸っている。

 誰からも声は上がらず、静かに淡々と命が叩き潰されていく。


「なに、して……?」


「あぁ、嬢ちゃんここにいたかぁ」


 コンサの軽い声に振り返るも、咄嗟に言葉が出なかった。

 ちらり、と『畑』の方を見たコンサは、しかしすぐに平然と言葉を続けた。


「別件でごたごたしててなぁ。中で合流することになったから、ついてきてくれ」


「……え? あ、え」


 ごしゃ。ぐちゃ。


「ま、まって。あの、あれ。あ、あれ……っ」


 何事もなかったかのように背を向け歩き出すコンサの腕を掴み、しかし上手く言葉が出ず、後ろを指差した。

 コンサは僅かに首を傾げると、ああ、と呟いた。


「ん、嬢ちゃんの国じゃやってなかったのかぁ? 残りカスを埋めると、土壌が回復すんだ」


「は……、え……?」


 うろたえ、情けない声を出しているのは俺だけだった。

 隣のソラもその光景に関心を示さず、早く行きましょう、と目で訴えている。

 目の前のコンサも、俺が何に動揺しているのか分からない、という表情を浮かべていた。


 絶命した肉の塊の上に、掘り返された乾いた土が被せられていく。

 彼らは、自分たちが埋められる穴を、掘らされていたのか。

 墓穴はかあな……いや、墓なんて上等なものでもない、ただの……肥料を埋める為の穴だ。


「他にいい使い道あるなら、教えてくれな」


 普段通りのコンサの声色が怖くて、上手く聞き取れない。

 脚が小さく震えるのを止められそうにない。


「なん、……ひ、人を、あんな、ふ……殺しちゃ、だめ……ですよ……?」


 頭の中がぐるぐるとして、口から漏れた言葉は掠れていた。

 今にも泣き出しそうな少女の声が、他人のもののように聞こえる。


「あぁ大丈夫、あれ全部石だから」


 石。

 初めて会ったときから彼らは、『木々を食むもの』のことをそう呼んでいた。

 俺はきっとどこかで、それはただの呼び名で、ただの蔑称だと思っていた。

 ……生き物としてすら、扱われていないなんて。

 お腹の下で感情が……魔力が、どろどろとうごめいている。


 腕に生えた魔石を折られて、あんな扱いを受けて尚、あの二人は三狂の魔女の邸宅に残る選択をした。

 その理由が、やっと分かった。

 あの場所は、この世界では、異常だったのだ。

 魔術を追い求めるが故の、常識とはかけ離れた異界。

 それも、ただ効率を最大限に求めた結果にすぎないけれど。


「……そう、ですね。……そうでした」


 あは。

 笑って誤魔化し、行きましょうかと促す。


 それでも、これがこの世界の常識だとしても、扱う彼らが魔術師であるならば。

 あの邸宅のように、なれはしないだろうか。

 それがかりそめだとしても、あんな風に扱われるよりは……ずっとマシだと思う。



 崖下にぽっかり開いた入り口、その前に立つ見張りの兵士は二人。

 俺とソラを連れて歩くコンサはそこら辺の兵よりは偉いらしい、掛けられる挨拶を適当にあしらっている。


 中は最低限の灯りしかなく、薄暗い。

 急に空気が冷たくなった気がしてソラの手を……あぁ、気がつかない間にずっと、ソラの手を強く握り締めていた。

 慌てて手を放す。


「ごめん。……痛かった?」


「いえ、平気ですよ」


 その温かい手を取り、前を見据える。

 暗く長い通路は奥まで見えず、どこまで続いているのか分からない。

 右手、数メートル置きに斜め奥に向かって通路が伸びていて、第一印象は坑道のよう。

 俯瞰すれば縦半分にした一本の羽、真っ直ぐ続く道が軸で、向かって右に枝が伸びていくイメージだろうか。


「こっちだ」


 コンサはその一本目を曲がり、幅が狭くなった通路を奥へ歩いていく。


「……っ」


 視界に飛び込んできたのは、木でできた格子組の柵。

 その中には、外でも見た太い木の杭がむき出しの地面に何本か刺さっていて、そこに一人ずつ繋がれている……身体に魔力の結晶を宿した人々。

 目に光はなく、結晶も薄く濁り、身体は汚れ痩せ細っている。


 細い水路が通っている以外は、その牢としか表現できない中の空間には、何もない。

 寝床も、着る物も、何もない。

 生きているのか死んでいるのか、それすらもよく分からない。


「来たか」


 三つ目の牢を過ぎたところで、グレイス・ガンウォードともう一人、額に包帯を巻いた初老の男が待っていた。


「コンサ、戻る前に五から八番通路の様子を見てきてくれ」


「了解」


 グレイスの言葉を受けコンサは足早に通路を戻っていった。

 狭く寒々しい、岩と土が混ざった壁と牢屋に挟まれた通路に、男の声が響いた。


「お会いできて光栄だ、白き魔女殿。私はケイブ・ナーカイブ。この貯蔵庫を任されている」


「……どうも」


 差し出された手を握り返す。

 手首にバングル、そして指輪が二つ。それぞれ紋様が刻まれている。


「いかがかな。ここまでの規模のものは、そうはあるまい?」


 ケイブと名乗った初老の男の声は、自信に満ち溢れていた。

 酷く、気分が悪い。

 こんなものが、自慢なのか。


 押し黙った俺を見て、グレイスが口を開いた。


「と言っても急造でな。アーティファクトの為に古い施設を流用したに過ぎん」


 恐らくは罪人を入れておく場所だったのだろう、牢にしか見えないそれ。

 彼らの扱いはそれ以下に見えるけれど。


 ケイブの陽に焼けていない青白い手が、壁を撫でた。


「件のアーティファクトが排されたわけだが、この場所が用済みになるわけではない。

 海を渡ってきたという白き魔女殿なら、より良い運用方法をご存知ではないかと」


 運用方法、ね。

 仮に、彼らのことを人間扱いしてくださいと言ったところで、素直に頷くとは思えない。

 見たところプライドも高そうだ。


「……」


 俺には関係のない話だ。

 見なかったことにして立ち去れば、それだけで済む話。

 この世界の常識を、当たり前のことを覆すなんて、俺にはできそうにない。


 けれど。


 暗闇の中で、食事もほとんど与えられていないのだろう、細い手足に歪に生える痩せた結晶が、薄く細く濁った光を湛えている。

 彼らの姿に、あの二人の……テテとトトの姿が重なってしまう。


 目の前の、興味と好奇の色を浮かべた自尊心の固まり、その奥底に隠れている僅かな恐怖を見つめる。

 この国に伝わっているだろう『白き魔女』の噂を体現すべく……笑みを浮かべた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ