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最後のアーティファクト  作者: 三六九
第四章 旧き竜の末裔
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八話 淀み溜まる

「ごちそうさまでした」


「でした」


 大皿に敷き詰められた茹でられた葉野菜の上、豪快に盛り付けられた鳥の肉。

 一匹丸ごと出されたそれは、甘辛くてとってもじゅーしーでした。

 ソラも満足したようで、膨れたお腹をさすっていた。

 調理の最後にふりかけられた、どう考えてもハンマーが必要そうな硬い何かを素手で握り潰したルーザーを見たときは、変な声が出そうになったけど。



 そして一階の作業スペースにて。


「ソラ、こっち向いて」


 魔力で構成されている飾り気のなかった真っ黒なローブは、縁に可愛らしいステッチが施され、胸元には新しくリボンが付けられている。

 柔らかそうな靴は淡い茶色で、触るとソラの耳のような手触り。


「うん、可愛い可愛い」


「んふふ。シエラちゃんも可愛いですよ」


 俺の足元は以前貰った靴と同様ショートブーツ。

 前のものより足先が少し丸くなっているのと、別種類の革を三層にしてなんちゃらかんちゃらと言っていた。

 よく分からないけど素晴らしい履き心地。

 そして腰のリボンベルトにずらして重なる、靴と同じ色の革ベルト。

 魔術師は魔石や触媒、小物やらを入れるのによく使うらしい。


「ざっとあの野郎の給金半年分ね」


 ひぇっ。

 ソラのローブを飾り立てている魔力で編まれた糸とやらが高そうですね……。

 そういえば前の靴の代金もグレイスが支払ったんだったっけ。

 そのお礼を言うのをすっかり忘れていた……。


「そういえばグレイスさんはどちらに?」


 確かここで待ってるって話だったけど、昨日は見事にすっぽかしてしまった。


「ああすっかり忘れていたわ。魔石の処遇について意見を聞きたいって言ってたわね」


 魔石……『木々を食むもの』。

 この国ではアーティファクトを起動する為に、あらゆる手段で魔力をかき集めていたという。

 それを主導していた者がいなくなり、持て余しているということだろうか。


「下層退区西、貯蔵庫に行ってる筈よ」


 下層の端、崖下にあるという一般人の立ち入りが禁じられている場所にそれはある。

 曰く……流刑地。


 このとき俺はまだ、ちゃんと認識していなかった。

 この世界での、彼らの扱いを。




 メインストリートから少し外れると、途端に喧騒が遠ざかり、薄暗く死角だらけの路地に迷い込む。

 さながら迷路のようなそこには、様々な理由で陽の当たる場所を好まない人々が隠れ住んでいる。


 頭の中に思い描く……初めてここを訪れたときは、確か下層の東側、酷く閑散とした場所に出たっけ。

 人も建物もまばらで、だからこそ三姉妹は転移の目標地点にしたのだろう。

 今から向かうのは逆、西側の端っこ。


 時折視線を感じるけどすぐに消えるのは、こんなところにまで噂が浸透しているからだろうか。

 どんな尾ひれが生えているか分からないけど、無駄に絡まれなくなったのはありがたい。


 ごちゃごちゃした路地をソラの手を引き引かれ抜けると、表通りとはまた別の騒がしさに包まれた場所に出た。

 石造りの四角い建物が立ち並び、道沿いには露天市場が軒を連ねている。

 白っぽい砂は陽を照り返し、暖かいというより暑さを感じる。


 同じ下層でも空気の違うここは、どうやら脛に傷を持つ人々が暮らしているらしい。

 なんと言うか、ガラの悪い人が多いですね。

 けれど噂のせいか異様な見た目のせいか、俺とソラに向けられる視線は恐怖混じりのものが多い。


 進むにつれ人が多くなり、喧騒も大きくなっていく。

 この辺りに住む人々の大半は戦争に駆り出されるか、城壁の修復作業に連れていかれるかで、十把一絡げの扱いを受けている。

 今も西門の方で声高に叫ぶ兵士たちの方へ、ぞろぞろと人の群れが移動していた。

 子供の大人も老人も関係なく、日銭を得る為に足を動かしている。


 道路を横断する羊の群れが渡りきるのを待つ旅行者。そんな気分。

 俺とソラの周りだけ人がまったくおらず、ひそひそと遠巻きに囁かれている。

 そんな中、勇気と無謀を履き違えた男がこちらに近づいてきていた。


「白き魔女だな」


 後ろから声をかけられ振り返る。

 見上げると、肩から先の見事な筋肉を晒した、禿頭とくとうの大男が立っていた。

 肩に分厚い大きな剣を担ぎ、鎧は俺の筋肉だと言わんばかりに上半身は薄い肌着一枚のみ。

 眼光は鋭く、露出された肌は薄い傷痕が多い……傭兵だろうか。

 その獲物には魔力は宿っていない。


「はい。なんでしょう」


 ソラの纏う空気は変わらないし、敵意も感じない。

 まぁ害意があるのなら声をかける必要もないだろうし。

 ……笑みを浮かべつつ声を返したのだけど、男からの返答がない。何故か固まっている。

 思いつき、再度口を開く。


「ああ、充填ですか?」


 手を差し出しつつ。

 男の持つ剣には単純な紋様が一つだけ彫られていた。


「え、お……おう」


 困惑、だろうか。

 よく分からないけど、ずい、と差し出されたそれを受け取り、落としそうになって慌てて四肢に魔力を流す。

 くっそ重い。

 傷だらけで刃も欠けている、切るというより叩き潰す用途なのだろうそれに口付けた。


「……、ぷぁ」


 よく見ないと分からない薄く淡い光。

 でかい割りにあんまり入らないな、これ。


「はいどうぞ。お金は要りませんよ」


「あ、あぁ。感謝する」


「兄貴ぃ! 何やってんすか!」


 一連を見ていた周囲の人ごみ、男の後ろの方から声が上がった。


「あの白き魔女をぶっ倒して名を挙げるって話でしたよね!?」


 盛大にネタバレをしながら、するり、と人ごみから抜け出してきたのは腰に長剣を二本差した男。

 肩に大剣を担ぎ直した男の隣に立ち、ハッと何かに気づいた様子で男を見上げた。


「ま、まさか兄貴、魔女を騙して充填させたその獲物でばっさりいくつもりっすか!

 流石兄貴、えげつないこと考えますね!」


 声でかいなぁこいつ。

 その声に釣られてか、周りを囲む人が増えてきている。

 答えた兄貴と呼ばれた大男の声は曖昧だった。


「ああ、いや……そう、そうだ」


「充填なんてしたらそこら辺の魔術師ならへろへろっすからね!

 さぁ兄貴、やっちゃいやしょう! 魔剣『岩砕き』の威力を見せ付けてやってくだせぇ!」


 する、と剣を構えた声のでかい男を見つつ、ソラの手を握る。

 こんな所でソラが動いたら辺り一面真っ赤になるからね、おとなしくしててね。

 『吸血鬼』をおにゅーのベルトから引き抜き、構えた。


「おぉいおいおい魔女さんよお! そんな柄だけのおもちゃで何をすっ……うお……?」


 ズ、と現出したのは、陽の光も魔素も全て吸い込む、不吉で真っ黒な揺らめく刀身。

 相変わらず気味が悪い。

 周囲からも小さく悲鳴のような声が聞こえる。


「だ、騙されねぇぞ! どうせ見掛け倒……し……っ」


「探したぞぉ、嬢ちゃん」


 俺の隣に砂を巻き上げて降り立ったのは、野性の狐を彷彿とさせるひょろりとした立ち姿、黒に近い藍色のローブを纏った男……コンサだった。


「か、『風切り』のコンサ・フォッサ!?」


「……?」


 えっなにそれかっこいい。

 男たちは慌てたように背を向けて、人ごみをかき分けて逃げていった。

 周りの人々も半数ほどが散り散りになり、あちらこちらに姿を消していく。

 ……なんだったんだろう。


「迎えに来てくれたんですか? 『風切り』のコンサさん」


「それあんま好きじゃねぇんだよなぁ」


 ぽりぽりと頭をかいたコンサがその細い目でぐるりと見回すと、野次馬たちがそそくさと遠ざかっていった。

 どうやら随分と顔も名前も知られているらしい。


「行こうか、嬢ちゃん。隊長が待ってる」


「分かりました。『風切り』のコンサさん」


 やめてくれぇ、と大げさに肩を落としたコンサについて行く。

 その後は絡まれることもなく、人通りも徐々に減っていき、建物の数も少なくなっていく。

 そして少しずつ視界を占有していくのは巨大な壁、ではなく……崖。


 随分と開けた場所だった。

 左手に見えるところどころ崩れた大きな壁、右手にも遠く、中層とを隔てる立派な壁。

 奥の突き当たり、崖の手前に小さな建物が幾つかある以外は、何もない。


 ふと、その理由に気がついた。

 崖下に見える入り口は一つ、この開かれた視界は……脱走防止か。

 視界は広く、射線を阻害するものもない。


「ようこそ、大陸最大級の貯蔵庫へ」


 横目でちらり、とこちらを見たコンサが芝居がかった口調で言った言葉に、俺は反応できなかった。

 あの夜、若き王サルファンに告げた自分の言葉を思い出していた。

 『皆が笑顔で暮らせる国を』……その『皆』の中にはきっと、身体に石を抱える彼らは、含まれていない。

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