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最後のアーティファクト  作者: 三六九
第四章 旧き竜の末裔
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一話 不本意だけれど

 馬の蹄の音がリズミカルに鳴り、身体に直接伝わる振動はなかなかに心地良い。

 軍馬というやつだろうか、俺が知っている普通の馬より脚が短く太く、がっちりとしている。

 ……視点が高いっていいですね。


 俺が乗っている馬を操っているのは、グレイス・ガンウォード。

 二人乗りで前に座り、楽をさせてもらっている。


「それで、今後のことなんだが」


 背中を預けているせいか、グレイスの重く低い声が身体に直接響く。

 この位置関係は身体の小ささを意識させられてちょっと悲しくなるけれど、馬を操る術を知らないし、諦めるしかなかった。


 二つの大きな川に挟まれた『血の平野』から西へ、一行はゆっくりと進んでいる。

 レイグリッド・トルーガ率いる騎士団の、なかなかに迫力のある凱旋の光景が広がっていた。

 そう……凱旋だ。



 城塞都市レグルスの中枢にまでいつの間にか入り込んでいた鈍色の病巣。

 彼らはアーティファクトを起動するのに必要な魔力を集める為に、国を利用していた。

 『木々を食むもの』を捕らえ、死地に人間を送りこみ、そして……城塞都市の背後を守る神聖なる山にも、手を出していたという。

 気がつかないうちに、鈍色という病は国中に広がっていた。

 王、騎士団、そして住む人々にまで。


 レグルスの若き王サルファンは、その存在の全てと経緯を公表することにしたらしい。

 そしてそれを打ち倒したとして、白き魔女を『救国の魔女』として大々的に迎え入れることにした……つまりはプロパガンダ。


 なるほど、数キロメートル毎に遠話の魔術専用の人員が配置されていて、合流していく。

 距離がありすぎると届かなくなるのだろう、こうやってリアルタイムで連絡を取り合っているのか。

 伝言ゲームって意外と難しいんですよね……尾ひれが盛大に生えてなければいいけど。



 というわけで。

 俺とソラ、そしてニアリィ・タージェスは騎士団と共に一路、城塞都市レグルスへ向かうことになった。

 レイグリッド団長の頼みもあっては、断るわけにはいかなかった。


 ルデラフィアとは『血の平野』で一旦別れた。


「終わったら連絡寄越せ。ニャンベルが迎えに行くから」


 とのこと。

 お姉ちゃんを顎で使う三女……。


 魔獣使いの一行は首に賞金を掛けられているということで、騎士団から逃げるようにルデラフィアに付いていった。

 選択肢を盛大に間違えている気がするけど、大丈夫だろうか。



 陽射しが気持ち良い。

 並んで馬を歩かせるレイグリッド、そして俺と同じように楽をしているニアリィの表情は柔らかく、微笑ましい。

 ソラは……後ろの方の糧食やらを積んだ荷台で眠っている。

 ソラを乗せてくれる馬が一頭もいなかったのが原因だ。

 やっぱり本能で分かるのだろうか……相手が捕食者だと。


「……聞いてるか、シエラ」


「え、なんです?」


 すみません全く聞いてませんでした。

 嘆息するグレイスの声色はしかし怒っている風でもなく……小さく笑ったようにすら、聞こえた。


「いや、いい」


「?」


 再びだらりと体重を背中のグレイスに預け、ぼぉっと周りを見やる。

 右手には険しい山々が連なっていて、これを辿れば城塞都市に着くのだろうか。

 左手方向は木々の頭がずっと広がっている……今いる辺りは標高が高いらしい。


 時折、何かの気配を感じて、癖で目を切り替える。

 その度に獣の耳がぴょこりと生えるけど、彼らにはもう説明してある。

 ケープはニアリィに返したから隠すものがない……少しだけ小さいけど、とニアリィは笑っていた。


 ぴく、とグレイスの太い腕が緊張したような、僅かに強張るのが分かる。

 俺が目を切り替える度に、何故か後ろのこの男は力むのだ。


「グレイス、顔が赤いぞ」


 隣の馬上から声がかかる。

 ちらりと見やる、兜を脱いでいるレイグリッドの目元は少し皺が寄り、朗らかな表情を浮かべていた。


「……暑いからな」


「そうか」


 陽射しはぽかぽかと気持ち良いけど、暑いってほどでもない気がする。

 むしろ風が吹くと涼しささえ感じる、春みたいな陽気。

 熱でもあるのか、と上を向くと、獣の耳がグレイスの顎に触れた。


「……っ、シエラ、あまり、動くな」


「んん……?」


 妙に声が硬い。

 おやおやぁ?


「グレイスさん」


「……なんだ」


「頭撫でてください」


「……、…………なぜ」


 随分と沈黙が長かったな。

 葛藤か緊張か、それとも恐怖の類だろうか。


「知らないんですか、グレイスさん。人間の手で頭と耳を撫でてもらわないと、この身体は獣の特徴に侵されていってしまうんです……」


「そう、だったのか」


 嘘である。

 あまりにも重々しい返答に少しだけ罪悪感が湧かなくもないけれど。


「お願いします」


「……、……分かった」


 押し切ることに成功したらしい、グレイスの大きな手が俺の頭の上、獣の耳にそっと触れた。


「んっ」


「どう、した」


「いえ、なんでもないです。続けて、ほらほら」


 あんまり獣の耳を直接触られることがないからな、変な声が出てしまった。

 頭を揺らしながら催促する……ソラの性格が移ったかな、と心の中で自嘲しつつ。


 遠慮がちなその手はしかし優しく、ふにふにと折れて曲がる獣の耳の扱いが妙に上手い。

 大きなその身体に身体を預け、揺れる馬上は揺りかごのよう。

 なるほど、女の子はこういう安心感に包まれて、胸がときめくわけですね。

 分かる分かる。


 ……?


「……いや。いやいや」


「どうした、シエラ」


「はっ……、いえ、なんでもないです」


 何か今、理解してはいけない何かを理解しかけたような……。

 頭の中によぎった不穏なそれは、しかし再び頭を撫でられて霧散していく。

 あー、あんしんするー。


 しかしなんだろう、随分と撫でかたが上手いですね?

 見たところそこそこ年を取っているし、子供でもいるのだろうか。

 その優しい手つきからは、情愛に似たそれを感じる。


「思い出しているのか」


「……あぁ」


 レイグリッドの声に答えるグレイスは、あの強面からは想像がつかないほど柔らかい。

 そういうことか。

 当たり前だけどみんなそれぞれ、家族がいるんだよな。


「色がそっくりでな」


 俺の頭を撫でながら呟くように語り聞かせる声は、別人のようだ。

 ……色?

 それは、真っ白な髪ということですかね……?


「毛並みも柔らかく、耳の感触がそっくりだ」


「……んん?」


 それって……。


「帰ったら見せてやろう。可愛いぞ、うちの猫は」


「猫かよ!!」


 女の子とか娘とかそんな扱いですらなく、ペット……!

 どうりで緊張してた割りに撫でかたが手馴れてると思ったんだよなぁ!


 よく分からない敗北感みたいなものに苛まれつつ、しかし撫でられるがまま頭を預ける。

 悔しいけれど、その大きな手は妙に安心するから。


 存分に撫でろ。

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[気になる点] タグに百合と銘打ってるのにちょいちょい精神的ホモ入れてくるのは何なんだ…??
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