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最後のアーティファクト  作者: 三六九
第三章 無知なる罪
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二十九話 魔術師は邂逅する

 『魔女殺し』と呼ばれているグレイス、その戦いを見るのはこれが初めてだ。

 ちらりと後方のレイグリッドが動かないことを確認してから、『吸血鬼』の刀身をやや長めに。

 踏み出そうとした瞬間、魔素を伝う『魔術の起こり』が俺の身体ではなく前方の地面に散らされ、破裂音とともに砂と石が弾け飛んだ。


「……っ」


 石つぶてに紛れて魔素が視界内で収縮した、『吸血鬼』でも届かない位置。

 腕で顔を庇いつつ大きく二歩下がり、前方空中で起きた現象は爆発ではない、ただの炎の塊……?


「ああ、くそっ!」


 違う。

 空中に現出した炎の塊の後方で、さらに風が巻き起こっていた。

 つぶてと炎と風、見事に合わさり昇華したそれは加速度を得て、まるで散弾銃。


 真上、空中に転移で現出して見下ろす、さっきまで立っていた場所に死角からグレイスが迫ってきていた……やばいな、あの連携は。

 落下が始まる中、狐と狸の後ろを見やる、あの二人から崩そう。

 と、またもや獣の尻尾が揺れる魔素を捉えた……真下から迫る、脅威。

 ほんの少し視線を外していた隙にグレイスが跳び上がっていた、コンサの魔術を受けて!


「や、ば」


 体勢が崩れていて転移は間に合わない、『吸血鬼』で受け流す、そう決めて無理やり左手を振り下ろす。

 その揺らめく刀身は掠りもせず、陽を浴びて煌く白刃、四肢どころかこれは真っ二つ、


「……っ!」


 には、ならなかった。

 直前でグレイスが刃を止め、あらぬ方向へ二度、白刃を振るった。

 キン、と軽く澄んだ音が三つ鳴り、俺から視線を外したその灰色に退色した髪を睨みつけ、頭を蹴り飛ばした。


 空中でくるりと身体を捻って着地、追撃に備える。

 その俺の隣に音もなく着地したのは、人を殺すことに特化した魔術師……『狩人』ニアリィ・タージェス。

 金色の瞳はしっかりと前を見据えて、大きなリボンが付いた濃い茶色のケープを羽織っている。


「さっきは、ごめんね」


「いえ。……似合ってますよ」


 右手にそっと指が絡められた。


「……パパを、お願い」


「はい」


 離された指、その手には既に小さな短剣が三本握られていた。

 す、と前に出たニアリィが腕を振るう、グレイスがそれを弾き、その後ろでラックの脚に一本が突き刺さる。

 両手で次々に振るい投げるそれを、後出しの魔術で補正している……?

 駄目だ、やっていることが高度すぎて理解できそうにない。


 一度深呼吸して、レイグリッド・トルーガと相対する。

 向こうから突っ込んでこないのはありがたい、襲い来るものをただ迎撃しろという命令なのか、僅かに残る騎士の精神か。


「お願いされたので」


 『吸血鬼』を構える。


「本気で行きますよ」


 さっきまでも本気だったけど、もっとがんばるってことで。

 俺の言葉に答える声はない、けれど白刃が一度振るわれ、来い、と言われた気がした。


 さっきのやり取りで分かったのは、レイグリッドは操られているせいか防御を考えていない。

 先手だろうが後手だろうが、相手を切ることしか考えていない、愚直なそれ。

 纏う武具に刃を止められその間に両断される、ならば俺が取れる手段は一つ。


 先と全く同じように真っ直ぐ駆け出し、僅かに伸ばした刀身で切り上げる。

 迎え撃つレイグリッドの剣は同じ軌跡を逆から辿る。

 交錯はしない。

 その前に『吸血鬼』から刀身を消し、人差し指の付け根に唇を押し付けた。


「……へへ」


 操られていても驚くんだな。

 驚愕に目を見開いたレイグリッドの眼前、初めて会った時より、髭が伸びてますね。

 振り下ろされた腕、空いた空間に飛び込むように現出した俺は、その目の前の太い首に手を回した。


 気乗りはしない。

 けれど、他に手がないし時間もない。

 近くで見ると少しだけ皺のある、金の瞳はやはり親子、その目を見つめながら。

 唇を押し付けた。


 魔力を吸収する。

 硬い髭とカサついた唇、それに触れる感覚は、思っていたよりも嫌悪感はなかった。

 レイグリッドの大きな手が俺の身体を引き剥がそうと、俺の腰を掴む。

 しかし、遅い。


 魔力を吸収して抵抗力を奪いつつ、手探りで太い首の後ろをまさぐる。

 ……見つけた。

 唇越しにもはっきり分かる、レイグリッドの魔力を侵食する歪なそれが壊されていく。


 ニアリィよりも少しだけ深い金の瞳に光が宿る。

 その目が見開き、俺の腰を掴む腕に僅かに力が入った。


「……ぷぁ。気がつきましたか」


「……シエラ、か。何を……、いや、そうか」


 良かった、上手くいった。

 すぐに状況を把握したらしいレイグリッドは、コアラみたいに抱きつく俺をぶら下げたまま兜を脱ぎ、ぐるりと首を廻らせた。


「そういうことか……。我々は、生贄か」


「はい」


 見やれば、自意識を奪われただひたすらに戦うだけの存在になっていた騎士団の兵たちの間に、動揺が走っていた。

 かけられていた魔術が解けている……?


「この人数、俺が基点だった筈だ。流石だな」


 片手で鷲づかみできそうな大きな手で、頭を撫でられた。

 なんだこの安心感。

 いや、……ということは。


 気がつき、よじよじとレイグリッドの身体を上り、肩に脚をかけた。肩車ともいう。


「ニア!」


 やはり正気に戻ったらしいグレイスと、距離を取り追撃に移ろうとしていたニアリィ。

 二人は無傷のようだけど、グレイスの後ろ、ああ……コンサとラックは既にぼろぼろですね……。


「話は後だな。……グレイス! 引くぞ!」


 腹にずしんと響く声が、『血の平野』一帯に響き渡った。

 それを受け、構えていたグレイスの白刃からすぅ、と光が消失した。


 そこからの彼らの行動は早かった。

 左手に嵌められた遠話のバングル、隊ごとに伝達網が講じてあるのだろう。

 退路は西側にある橋一本だが、北と南から『地均す甲竜』に挟まれ潰され、既にその道は塞がれている。

 彼らの進行方向だった東側はソラとルデラフィアが大暴れして、互角以上に渡り合っていた。


「……パパ!」


 駆け寄るその声は澄んでいた。


「ニアリィ……!?」


 レイグリッドの戸惑いに震える声を初めて聞いた。

 だから。


「邪魔すんなよ」


 レイグリッドの肩から軽く跳び、四肢に魔力を流しながら、転移の魔術を発動させた。

 猛進してきていた『地均す甲竜』の背に現出、突起に掴まり、『吸血鬼』を突き刺す。

 魔力を吸収しても間に合わないだろう、そう確信してしまう程の濃密で大量の魔力を感じる。


 お腹の『竜の心臓』が赤く光を放ち、脈動する。

 『吸血鬼』の刀身を構成する魔力を変質させる。

 結晶状に変化したそれはパキンと根元から折れ、『地均す甲竜』の体内に残った。

 ……右手の中指、その付け根に口付けた。


 『断罪』の魔術、その目標は……突き刺した『吸血鬼』の、刀身。


 ぎゅる、と何かが捻れるような音を聞き全力で跳躍、直後に人間大の光の柱に、『地均す甲竜』の体躯が貫かれた。

 何かが焼ける独特の臭いが、遅れてやってきた余波に吹き飛ばされて消えた。

 『地均す甲竜』は勢いそのままに十数メートル以上も走ってから、崩れ落ちた。


「……よし」


 着地して、確かな手応えに刻まれた紋様を撫でた。

 恐らく対象の魔力の量にも比例して破壊の規模が大きくなる『断罪』の魔術、たったあれだけで、この破壊力。

 『地均す甲竜』をそのままターゲットにしていたら、周囲全てを巻き込み大変なことになっていただろう。


 ぐるりと見回す。

 よし、とか言ってる場合じゃなかった、魔術が解けたことで兵たちは混乱し、被害が拡大している。

 レイグリッドたちは退路を東に取ると決めたようだ、既に動き始めている。


 正気を取り戻した彼らと、ソラ、そしてルデラフィアがいるなら突破は……って待て。

 ルデラフィア・エクスフレアと城塞都市レグルスの騎士団を会わせるのは流石に……いや、ニアリィがいるから大丈夫か?

 遠く立ち上る爆炎を見やり、反対方向……兵たちを押し潰さんとする『地均す甲竜』を睨みつける。


 俺の仕事は、これ以上この場所で余計な血を流させないことだ。

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