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最後のアーティファクト  作者: 三六九
第三章 無知なる罪
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二十三話 その荷馬車危険につき

「ごめんね、待たせちゃった?」


 程なくして荷馬車に戻ってきたニアリィは汗をかくこともなく、ちょっと散歩してきました、みたいな空気。

 恐怖で笑顔が引きつりそう。


「いえ、全然」


「あは。やっぱり『十席』からの刺客だったよ。首を持っていけば城塞都市なら高く買ってくれるんじゃないかな」


 あの三つより私の方が高いけどね、という微笑みながらの言葉に、背筋が寒くなる。

 冗談が笑えない……。



 そうして、再び二台の荷馬車は動き出す。

 人の形をしたものと魔獣の少女、爆炎の魔女と、暗殺者を乗せて。


「……」


 まともなのがいない……!



 『血の平野』まではまだ時間がかかるようだ。

 ソラと二人、もはや定位置と化した幌の上に並んで座り、周囲の警戒を続ける。


 左手は黒く変色した何かが見え隠れする川。

 この辺りの流れは緩やかで水量も見た感じ膝に届くか否かくらいしかないけど、掘り返すとなるとなかなかに骨が折れそうだ。

 右手には遠く低く一面に湿地帯が広がっていて、低空をにゃあにゃあと鳴くうぐいす色の大きな鳥が数羽、旋回していた。


「シエラ殿、この先揺れますよ」


「はぁい」


 御者台からの声に返事をしつつ、先の道を注視する。

 今もけっこう振動と音が酷いけど……ああ確かに、道がかなり荒れてますね。


 ガタガタと荷台そのものが揺れ続け、今までの道はあれでも整備されていたんだなと、遅まきながら気がついた。

 手で必死に幌の端、骨の部分を掴んで耐える。

 隣のソラはこの揺れの中でものん気にあくびをしながら、時折俺の肩に身体をすりすりと寄せている。


 そして、川沿いの道を進む俺たちの行く手に見えてきたのは、背の高い林。

 川岸に近い木々が全て薙ぎ倒されていて、細く伸びる林道が見事なまでに封鎖されていた。


 倒れている木の上半分が焼け焦げていて、どこからどう見ても俺の仕業ですね。

 そして川を横断していた小さな橋も残骸だけを残し、跡形もない。


「迂回するしかなさそうですね」


 御者の男は馬足を緩めながら、よく通る確認の声を上げた。

 なかなかに律儀な人だ。


「すみません、お任せします」


 下を覗き込みつつ声を返すと、返事とともに馬の尻がぺちりと叩かれた。

 進路が右に取られ、湿地帯の周囲を囲むように巡らされた悪路へと合流していく。

 揺れと騒音がさらに激しくなるが、文句は言えない。


 音の取捨選択がまだ上手くできないので、音による警戒をソラに丸投げして目を戻した。

 川から遠ざかるように進む荷馬車の視界は広く、襲撃者がいてもすぐに分かるだろう。



 しばらく酷い揺れに耐えていると、ソラが鼻をすんすんと鳴らした

 俺も目を切り替える……車輪のけたたましい音で頭が割れそう、獣の耳をぺたりと伏せた。


「人間と魔獣の匂いがします。食べごろな感じの」


 左手の林を迂回するように緩い弧を描く道、その先を指差すソラ。

 どんな感じなのかさっぱり分からないけど、人間と魔獣……戦闘中だろうか。


「何かいるみたいです、見てきます」


「はい。お気をつけて」


 御者台からの声を聞いてからソラの手を握り、前方の道へ転移。

 四肢に魔力を廻らせ、小走りで向かう。

 あまり使われていない道なのだろう、木の根がそこかしこに侵食していて、なるほどこれでは揺れも音も酷いわけだ。


「向こうも気づいてます」


「りょーかい」


 左手で『吸血鬼』の柄を握り……ん、気がついている?


「戦闘中じゃなくて?」


「仲良しみたいですよ」


 私とシエラちゃんみたいに、と呟いたソラの声に返事をする前に、その姿を捉えた。

 外套を纏った体格の良い男と、その横にかしずくのは雄雄しいたてがみをなびかせる巨大な丸っこい……ねずみ?

 可愛いらしい外見だけど、牙がエグい長さをしている。


 相対し、足を止めた俺とソラの後ろにも、一人と一匹の組み合わせが林の中から現れた。

 獣の耳が音を捉えた、恐らく後方の荷馬車の前にも。

 合わせて三組。


「久しぶりの上玉だぁ」


 するり、と彼らは剣を抜き、傍らの魔獣が気配を変えた。


「魔獣を使役する魔術師ですね。横のは『木転がし』です」


 ソラのつまらなそうな声に、後ろの男がゲラゲラと笑いながら答えた。


「よく知ってるなお嬢ちゃん、魔術師の卵かい?」


「高く売れそうだぁ」


 前後で交わされる声は欲に忠実で、少しだけ羨ましい。

 ぐるぐると唸る『木転がし』という名の丸々としたねずみは、しかし戦闘態勢ではなく、むしろ逃げたがっているよう。


「なんだ? 何ビビってやがる、相手は柔らかそうなガキだぞ」


 なるほど、魔獣のほうがよっぽど正しく現状を理解しているらしい。

 小さく溜め息をつきつつ、ソラに目配せした。


「奇遇ですね。私も、魔獣と仲良しなんですよ」


 俺の言葉が終わると同時、ごう、と青白い炎を宙に散らし、『空駆ける爪』本来の姿が現出した。

 ぴゃっ、と甲高い鳴き声が『木転がし』の喉奥から漏れた。

 というかこいつら、俺とソラの獣の耳を見て何かしら気がつかないものなのか。

 ……ファッションだと思われてた?

 いやいや、そんなまさか。


「あばばばば……」


 男は逃げ出そうとする『木転がし』を必死に押さえ、しかし自身も腰を抜かしたのか尻餅をついている。

 抱き合うような形で震える人間と魔獣の姿は、いっそ微笑ましい。


 さてどうしようかな、と考えていると、置いてきた荷馬車の方から爆発音が連続でとどろいた。

 あー……ご愁傷様。


「ほぎゃあああ……っ!」


 と、大の男が丸々とした『木転がし』を担ぎ上げ(!)、猛ダッシュで逃げてきた。

 仲間を追い抜き、そして道を塞ぐように立つ『空駆ける爪』の体躯に衝突。


「あっ……」


 そのまま一人と一匹は情けない声を小さく漏らし、白目を剥いて意識を手放した。

 その身体のそこかしこから焦げた臭いがする。

 さぁて、収拾つかなくなってきたぞ。




「すすす、すみませんでしたぁ!」


 ふぐるるるぅ……っ!


 道の真ん中で、三人と三匹が平身低頭……ひれ伏していた。

 『木転がし』はその丸々とした体躯で頭を下げられないのか、ぺちゃりと潰れたような姿で鳴いている。

 なんだこいつ可愛いな。


 追いついた荷馬車から俺の後頭部に、なんで殺さないの? という身も蓋もない視線が注がれている。

 この世界での命の重さは、それこそ吹けば飛ぶように軽い。


「この辺りに詳しいなら、道案内を頼んでいいですか?」


 差し出された僅かばかりの金品や食べ物を断り、代わりに提案したのは道案内と露払い。

 二つ返事で承諾した彼らは、『木転がし』の背に跨り(!)、荷馬車を先導していく。

 そうか、乗れるのかあれ……。


 噂ほどに不安定な情報伝達手段は、もちろん介するものがいなければ伝わらないもので。

 彼らはこの世界に比較的最近現れた『白き魔女』のことは知らなかった。

 『三狂の魔女』、エクスフレア家の名を出すと震え上がっていたので、その知名度は推して知るべし。


 彼らの先導により、林を越え無事だった橋を渡り、北の方へゆるく曲がる川沿いを上っていく。




 そうして。


 二つの大きな川の間に広がる、通称『血の平野』。

 その場所で繰り広げられた戦いは数知れず、『死んだ魔力』を求めてやってくる魔獣も多い。

 異常なほどに濃密な魔素が霧散せず漂い続け、人も魔獣も酔いしれ踊り、死に絶える。


 土に岩に草木に染み込む血の色は乾き黒ずみ、また赤く上塗りされる。

 川を赤く染め、視界も肺も赤く染め、全てが血の色に染まる。



 そんな風に語り継がれる一帯より南に数キロの場所。

 陽は傾き、辺りは薄暗い……風がやけに、生ぬるい。


「うぇ……」


 鼻を押さえるソラを横目に、左目に映る初めて見る光景に、言葉を失う。

 この先、この目は使い物になりそうにない……見渡す限りの大地が、魔力を帯びている。


 あの枯れてしまった湖が、まだ湖面に二つの大きな月を映していた時にこの左目があれば、もしかしたら同じように見えたのかもしれない。

 そんなことを思った。

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