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最後のアーティファクト  作者: 三六九
第三章 無知なる罪
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二十二話 狩り場に閃く刃

 港湾都市リフォレを発って二日目の朝。

 途中でもう何台かの荷馬車、そして護衛の傭兵と別れ、随分と寂しくなった荷馬車の数は乗っているコレを含め二台となった。


 ちなみに。

 この荷馬車を操る御者は、以前『渡り鳥の巣』からリフォレへ向かうときに乗せてくれた腕に傷のある男。

 今回もお世話になります。



 前方に見えてきたのは朽ちた村の跡。

 聞いていた様子と一致する……恐らくここが、アイファ・ルクの故郷だ。

 もしかしたら人為的に起こされたかもしれない、スティアラ・ニスティが語ったあの惨劇。


「シエラちゃん、顔が怖いですよ」


 幌の上、隣に座るソラが俺の頬を指で突いた。

 絶妙な力加減だけど、爪が刺さりそうでやっぱりひやひやする。


 目に見える魔力は生え放題になっている草木の薄いものしか映っておらず、獣の耳にも異音は感知されていない。

 それでも少しだけ緊張する。

 自然に朽ちたものとは明らかに違う、家々の壁に刻まれた何かの爪跡や、染み込んだ跡。


「何もいませんよ」


「……うん」


 そう、いる可能性は低い。

 あの時この左目で見た……川沿いに存在する村や集落の跡に、大きな『生きている魔力』は見えなかった。

 『渦巻く海竜』の遡行を見咎められないようにあらかじめ……川を赤く染める戦争、それすらもただの手段だったかもしれないという。

 そこまでしなければならない何かが、ずっと先にある。


 無意識にソラの手を握る。

 柔らかく握り返されたその手は温かい。


 と、ソラの獣の耳が横を向き、ぴこぴこと小刻みに動かしたかと思うと……くるりと振り返った。


「三人、追ってきてますね」


 つられて後ろを見やる。

 まだ俺の目には見えない、獣の耳には……薄っすらと足音のようなものが聞こえる、気がする。

 馬の蹄の音ではない、人間が走っている音だろうか、随分と小さいような。


「足音を消した走り方ですね。人間の癖になかなか上手です」


「なるほど」


 けっこうな距離からわざわざ足音を消して、ということは道中一緒だった商人や傭兵ではなさそうだ。

 つまり。


「三人、走ってきてるみたいですけど」


 荷台を覗き込み、声をかける。

 御者の男が僅かに馬の足をゆるめ、話しやすくしてくれた。


 俺の声を受け、髪に櫛をかけていたニアリィ・タージェスが、僅かに思案してから口を開いた。


「んー、索敵なしで走って……なるほど。迎え撃とっか」


 思うところがあるらしい、とりあえず従うことにする。

 ちょうど村跡を抜けるところだった荷馬車はそこで待っていてもらい、俺とソラは幌の上から飛び降りた。

 続いてニアリィが軽々と荷台から飛び出し、真っ赤な外套が翻る……音も立てずに着地。


「ルデラフィア様はお眠りになられております」


 おどけた口調でそう言ったニアリィは、さて、と呟き、身体をぐぐ、と伸ばした。

 朽ち果てた村の跡、建物の形自体は一応残っていて、迎え撃つにはいい場所らしい。


「私に任せてもらえる?」


 笑みを浮かべながらの言葉は、しかし目が笑っていない。

 任せるのは構わないけど、その場合……仲間を手にかけることになるのではないだろうか。


「いいです、けど」


 俺の疑問か逡巡かを見抜いたのだろう、ニアリィは身体の前で両手の指を合わせ、微笑んだ。


「『十席』の犬に、横の繋がりはないから。安心していいよ」


 自虐めいた声色に何も言えず……目の前でぐぱぐぱしていたその手を取った。

 両手を、手の平を合わせて指を絡め、精一杯微笑む。

 信用と、信頼。


「……あは。そういうとこだよ」


 口元を綻ばせたニアリィが手を離し……魔力を廻らせた。

 手首までを隠した袖の隙間と、脚を覆う薄手のタイツ越しに、ぼう、と紋様からだろう光が漏れる。

 濃密で淀みがない、その魔力の流れは洗練されている。


 すたすたと気負うことなく村跡へ歩を進めるニアリィの背を眺めていると、後ろから声がかかった。


「ふあぁ……。シエラ、よく見といたほうがいいぜ」


 振り向くと、寝起きのルデラフィアが荷台に腰掛けてあくびをしていた。

 ニアリィの背中を顎で指し示し、笑いながら吐き捨てた。


「エグいぞ、あいつの魔術」


 その目もやっぱり、笑っていない。




 ソラと二人、朽ちた建屋を侵食するように生えている木の上によじ登る。

 そこまで見晴らしはよくないけど、他に高さを稼げる建物は見当たらないし仕方がない。

 足場が狭いという理由でソラに抱きかかえられた。

 ……うん、もうお姫様抱っこされるのにも、慣れましたよ。


 目を切り替え、こじんまりとした小屋の屋根の上に立つニアリィを見つけた。

 斜め後ろから、高さはこっちのほうが高いけれど、距離のせいで見下ろす形にはなっていない、その表情はほとんど窺えない。

 立ち姿に力は入っておらず、これから敵を迎え撃つ態勢というより、待ち合わせしている女の子のよう。


 するり、と革ベルトから果物ナイフくらいの小さな短剣を取り出した……それはあまりにも自然な動きで、ずっと見ていたのに、見逃しそうになった。

 そしてその姿が、存在が、薄くなっていく。


「なんか見づらくない?」


「幻影魔術、ってやつですね」


 曰く、姿を視認させ辛くする魔術らしいけど。


「音も匂いもバレバレですからね。私には効きませんよ、ふふん」


「そっか」


 得意気なソラの頬を撫でると、目を細め気持ち良さそうにすりすりとこすり付けてくる。

 ……確かに俺の目にも、姿自体は見え辛くても魔力が見えている。


「まぁ、視界に頼りがちな人間相手には、いいんじゃないへふふぁ」


 ドヤ顔をしだしたソラの頬をつまみつつ、なるほど、と頷いた。


 魔術が行使される気配、遠く、村跡の入り口に小さく人影が三つ。

 切り替えた目にさらに意識して魔力を流す……くすんだ外套は明らかに周りからの目を避ける為のもの。

 彼らの位置は、ニアリィが立つ小屋から数十メートル以上は離れている。

 あの距離なら恐らく、薄くなったニアリィの姿は視認できないだろう。


 す、とニアリィの腕が真横に持ち上がった。

 軽く握られた短剣に魔力が込められ……あれ、いつの間にか三本持ってる……?


「……見えた?」


「いえ」


 手品師かな?

 三つの人影のうち、一つが索敵の魔術らしきものを発動した。

 村跡を覆うように、か細い魔力が魔素を伝播していく。

 精密さが要求されるだろうそれを、しかし恐ろしい速さで。


 そして、ニアリィの口元が……獰猛な笑みを浮かべた、ような気がした。

 空いた片方の手が前方を、三つの人影を指差した。

 か細い『魔術の起こり』が宙を舞う。


 彼らの索敵魔術がニアリィの元へ到達する直前、指の間に挟んだ三本、その腕が軽く振るわれた。

 一見やる気のないその動きに戸惑った。

 しかし、放たれた三本の短剣は一呼吸の間に、三つの人影の真ん中……索敵魔術を行使していた人間の頭と胸と腹に、深々と突き刺さっていた。


 遠く、動揺が伝わるようだ。

 ゆっくりと倒れる者を見やり、射線の元へ目を凝らした人間にも、同様に三本の短剣が突き刺さった。

 残りの一人は原型を留めている建屋の陰に、かろうじて逃げ込んだ。


 ……思わず息を止めて見入ってしまった。

 背筋がぞくぞくと震える。


「まぁまぁやりますね」


「そ、そうですね」


 いや待って、何あの速さ。あんなの避けられる気がしないんだけど……?

 幾つもの魔術を重ねて短剣を射出していたように見えたけど……俺の中の魔術師という言葉のイメージが、どんどん壊れていく。

 ……今更な気がするけど。


 幻影の魔術を解き、すたすたと無防備に遠ざかるニアリィの小さな背中を見やる。


「追いかけます?」


「……いや、戻って待とうか」


 ソラの声に小さく答えた。

 既に勝負は決しているだろう。

 あの子が敵に回らなくて本当に良かった。

 ディアーノ爺ちゃんありがとう。

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