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最後のアーティファクト  作者: 三六九
第三章 無知なる罪
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二十一話 仲良くしましょ

 ガタン、ガタン。

 港湾都市リフォレから少し離れると、途端に道の質が変わり、荷馬車には振動と音が響いてくる。


「えー……こちら、ニアリィさんです」


「お会いできて光栄です、ルデラフィア様。ニアリィ・タージェスと申します」


 明くる日の朝。

 川沿いで出土するという鉱石採掘へ向かう一団の護衛、という名目でただ乗りさせてもらえることになったのはいいものの。


「ハッ、まさか『十席』の犬と同行することになるとはな」


 おお……初対面だろうに口撃がきっつい……。

 周囲の温度が一気に下がったような錯覚すら。

 この三女は有能な魔術師には甘そうなイメージがあったけど、どうやらそうでもない……?


 一等立派な幌付きの荷馬車の荷台で向かい合うように座る二人、それをとりなす形になっている俺、早々に幌の上に逃げたソラ。

 険悪な空気ではないものの、ピリピリとした緊張感が漂っている。


 ガタン、ガタン。


「大方、『本物の断罪』を見て慌てたんだろ。 あのもうろく集団が」


「えぇ、その通りです」


 どちらの顔にも笑みはなく、そのやり取りに温度はない。

 同じソムリアの魔術師だから仲間、というわけでもないらしい。

 一枚岩ではない、と言ったのはニアリィ自身か。


「で、『狩人』がわざわざ標的の前に姿を見せた理由は、なんだ?」


 もう一段、声のトーンが下がった。

 荷馬車を引く馬にも何かが伝わったのだろうか、ぶるる、と不機嫌そうに首を振った。

 僅かに目を伏せたニアリィを見て、ルデラフィアは続けた。


「いや、やっぱいいや。ここにいる時点で、もう、な」


「……ありがとうございます」


 力のない笑みを浮かべたニアリィは、頭を下げた。

 なんだろう、二人は初めて会った筈だけど、俺には分からない何かを共有しているような、そんな気がする。

 ルデラフィアはこちらをちらりと見ると、嘆息した。


「ほんと、節操ねェなァ」


「えっ」


 いやいや、今回は何もしてませんよ……?

 眉根を寄せ抗議の声を上げようとする俺に先んじて、ルデラフィアはもう一度口を開いた。


「無自覚なのが性質悪ィ」


「あは、そうですね」


「えぇ……?」


 さっきまでピリピリしていたのに、いつの間にか同調してらっしゃる……。

 ……仲良くやってくれるなら、別にいいか。

 ちょっと納得いかないけども。


「そうだ、ルデラフィア様」


 ス、とニアリィが取り出したのは、この世界では初めて見るビン詰めのぶどう酒だった。

 対面のルデラフィアの目が輝いた。

 分かりやすいなぁおい。


「ベスターハーゼン産の低温熟成されたものを取り寄せたんです。良かったらご一緒しませんか」


「分かってるじゃねェか」


 よくこんな揺れる中で飲もうという気になるな。

 常人なら吐瀉物まみれになると思いますよ。


 二人の酒盛りに付き合うつもりはないので、上に避難しようと立ち上がる。

 と、その瞬間、車輪で石を踏みつけたか、荷馬車が大きく揺れた。


「ぅ、わ」


 腕が泳ぐ、ルデラフィアの長い脚を踏まないように、幌の支柱に手が届けば或いは。

 という無様な抵抗は何の意味も成さず、くるりと身体は回転し、ぽふっとお尻からルデラフィアの脚の上に落ちた。


「……すみません。すぐ」


 退くので、という言葉は、お腹に回された手で尻すぼみになった。


「危ねェから座ってろ」


 捕まった。

 すっぽりと脚の間に納まり、仕方なくルデラフィアの胸に寄りかかると、顎が頭の上に乗せられて……動けなくなった。

 『竜の心臓』に乗せられた手、諦めてその上に手を重ねる。


 ……まぁ、ルデラフィアが酔って吐いてるところを見たことないし、俺の髪はきっと大丈夫だろう。

 信じてますよ?




 一行は石造りの大きな橋に到着し、そこから川沿いに上流を目指していく。

 半分以上はそこで別れて、河口へ向かうようだ。

 御者台から川を覗くと、水量は徐々に戻ってきているらしいが、まだ平常時の四分の一もないだろうとのことだった。

 この辺りには『渦巻く海竜』が見えなかったから『断罪』が降り注いでいない……件の黒い鉱石は見当たらない。


 荷台の方をちらりと横目で見やると、ルデラフィアは静かに魔術書を読み、ニアリィは武器の手入れをしていた。

 装飾の類が一切見当たらない、実用性だけを突き詰めた、小ぶりな短剣が数本。


 道中、彼女らの話を聞いたところによると、エクスフレア家は『十席』とひと悶着あったらしい。

 アーティファクト強奪事件のことか、それとも別の何かなのかは分からない。

 魔術都市ソムリアから遠く、鬱蒼とした森の中に隠れ潜むように建つ邸宅に住んでいることにも、関係あるのだろう。


 そしてニアリィ・タージェス。

 『狩人』と呼ばれる彼女は、その道では有名な暗殺専門の魔術師らしい。

 二人の間に緊張が走ったのも頷ける。


「あは、大丈夫だよシエラ。私以上の使い手は、追っ手の中にはいないから」


 と、ニアリィは笑顔で語ってくれたけど、正直なところ……殺されるのではないか、という不安はない。

 この身体は多分、ちょっとやそっとじゃ壊れないだろうから。


 だから不安なのは、周りの人たちを巻き込まないかどうか。

 右手の中指、その付け根に刻まれた紋様を撫でる。


 これを使わなければいけないような状況に、ならなければいいけど。



「シエラちゃん」


 幌の上から声をかけられ、仰ぎ見る。

 立ち上がり、伸ばされたソラの手を掴むと、軽々と引っ張り上げられた。

 わぁ、俺の身体かるーい……。


 幌の上に立つ(!)ソラに抱きかかえられ、ああ、なかなかに良い景色ですね。

 当然のようにお姫様抱っこされてるけど。


「どしたの、ソラ」


 見上げたソラの表情は柔らかく、穏やかだった。


「いい風だったので」


「そか」


 暖かい陽射しと時折吹き抜ける風は涼やかで、春のような陽気だった。

 ……よくこの揺れで立ってられるな。


 しかし、安心感がすごい。

 心地良い揺れと完全に体重を預けている感覚は、揺りかごのよう。

 ……いやいや、おんぶに抱っこから脱却しようって話はどこいった。


「ソラ、おろしてー……」


「駄目です」


 駄目かー。

 別にこのままでもいいや、なんて甘えがむくむくと湧き上がってしまう。


「シエラちゃんは私が守ってあげますから」


「……」


 確かルデラフィアにも言われましたね。

 ……思い返せば俺、女の子に守られっぱなしでは……?

 それはどうなんだ、男として。


「お、おろしてー!」


「駄目です」


 白いおチビちゃんの抵抗は、魔獣の少女にとって児戯のようなもので。

 無駄な抵抗、という言葉の意味を、心に身体に刻み込まれただけだった。

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