覚醒
同時に、部屋には強烈な風圧を伴った、凄まじい波動が駆け巡る。
背後から覆い被さる衝撃に、不意を突かれたD・ウォルトは姿勢を崩す。自身へと圧し掛かって足から解放されたカイトは、吹き荒ぶ暴風に流され、力無く床の上を転がっていった。
突然の光と音と激震に、D・ウォルトは驚きも顕わに後方を振り返る。
それらの出所へと目をやった彼は、そこにあった光景に愕然として立ち竦んだ。
突如として発生した、不可解な白光と衝撃波。その発生源は、内側から砕け散った保存器の上で、長髪を扇状に広げて宙を漂う、魔力の供給源として捕えていた少女だった。
さながら翼のように伸ばされ、音もなく波打つ彼女の髪は、鮮やかな虹色に光り輝いている。
金剛石を連想させる、透き通った多様な色彩を放ちながら、少女は相手よりも高い位置から、眼前で棒立ちとなっているD・ウォルトを見据える。
(あんたは……あんただけは、絶対に許さない! あんたの思い通りになんか、させない!)
表情のない顔の中で、瞳を静かな怒りに燃やしながら、彼女は固く鋭い言葉を放つ。
少女との距離はそれなりにあり、彼女の唇も震えるようにしか動いてはいなかった。
それでも、まるで頭の中で叫ばれているかのように、聴覚ユニットを強烈に貫いた彼女の怒声に、D・ウォルトは慄然として固まるしかなかった。
謎の現象を引き起こし、不可解な干渉を行ってくる、正体不明の白銀の光を纏った少女。
そんな未知数に満ち満ちた相手を前に、余裕を失ったD・ウォルトはただ息を詰め、事の成り行きを静観するしかなかった。
やがて、混乱と驚愕に凍り付く彼の目前で、少女は更に強く、冴えた光を周囲へと拡散する。
倉庫内を白一色へと染め上げた光線は、すぐに波が引くように薄れていく。それと合わせて、同じ輝きを放っていた照明器具も、元の緑黄色の光へと戻っていった。
直後、銀色に発光していた長髪も白へと返り、ゆっくりと下へ垂れていく。
そして、彼女の体もまた、毛先と同じように重力へと負け、跡形もなくなった保存器の土台の上へと落下した。
本来の姿へと戻った彼女は、そのまま気を失って崩れ落ちる。
動力の切れた愛玩人形のように倒れ伏した相手から、D・ウォルトは自身の胴体へと視線を降ろす。愕然として自らの手足を眺めていた彼は、その広げた両の手を空へと翳し、当惑と歓喜に満ちた雄叫びを部屋中へと轟かせた。
「素晴らしい……素晴らしい、素晴らしいッ!! 力が、魔力が、我が身へと止めどなく溢れてくる! よもや、これ程の質量の魔力が、この規格の機体へと収まるとは!」
魔動鋼骸兵の起動に先立って、D・ウォルトは本体へと可能な限りの魔力を貯蔵させていた。
だが、現在の機体内部に感知されるその総量は、彼が想定していた臨界点を、遥かに凌駕する数値を示していた。
相手への怒りから我を忘れ、自身の潜在能力を無意識のまま、一時的に開放させた少女。
そんな彼女から放出された高濃度の魔力は、同種の波動をもつそれと結合し、高純度かつ高次元のものへと昇華を果たしていたようだった。
自身に発生した事態を冷静に分析したD・ウォルトは、更なる力を与えてくれた相手へと視線を戻す。
光を失い昏倒した彼女は、死んだように身じろぎもしない。
しかし、極端に低下はしているものの、体温や呼吸などの生体反応は未だに健在であり、その命がまだ尽きてはいないことを示していた。
「いやはや、嬉しい驚きだ……この娘、よもやこれ程までの名器であったとは―! 先程の現象は、単に感情の高揚を起因とするものなのか……? だとすれば、脳手術などの外科的な方法に拠らずとも、薬剤投与や仮想現実(VR)でも任意の再現は可能に…………」
興奮から独り言を漏らしつつ、D・ウォルトは貴重な資源の回収へと向かう。
果てしない期待と希望に胸を膨らませ、小躍りするような足取りで歩んでいた彼は、ふと背後に動体を感知する。
振り返ったそこには、傷だらけの上体を危なっかしく揺らし、よろめくようにして立ち上がるカイトの姿があった。
虫の息ながらも復活を遂げた相手に、その存在を失念していたD・ウォルトは驚きの溜息を漏らす。
「ああ、そうだったそうだった! 貴様を解体し損なっておったのを、すっかり忘れておったわ! いやはや、待たせて済まないなぁ、カイト! では、いよいよ答え合わせといこうか!」
照れ臭そうに大笑いしたD・ウォルトは、元来た道を急ぎ足で引き返す。
喫緊の問題へと既に心を移していた彼は、面倒な些事を手早く終わらせるべく、俯き加減に立つ相手へと左腕を振るう。
以前よりも力を増した彼の剛腕は、鋭く空を切って標的へと繰り出される。
確実な殺意をもって肉薄する鉄の拳に、カイトは緩慢に持ち上げた右腕を突き出す。
迎え撃つ形で掲げられた彼の鉄拳は、唸りを上げて迫る数倍も巨大な鋼鉄の塊へと、真正面から衝突する。直後、激突した相手から加えられた凄まじい衝撃によって、D・ウォルトの拳は破片を撒き散らして破裂した。
左手を完全に粉砕した激震は、手首や肘の関節部を伝い、二の腕までに深い亀裂を刻む。
突如として破壊される左腕部に、D・ウォルトは呆気に取られたまま、固まった薄笑いを正面へと向ける。
対面から降ろされる凍りついた視線の先では、以前のようにしっかりと定まったカイトの瞳が、前よりも強く冴えた眼光に輝いていた。




