彼の知らない戦闘技術
素早い身のこなしで迫る脅威に、カイトは瞬時に自らの状態を戦闘態勢へと移行する。
周囲の状況を、感受した視覚・音響・震動の条件から総合的に把握した彼は、即座に迎撃における優先順位を確定した。
まず、背後に置いていたメリッサの安全を確認しつつ、彼は正面より突進してくる一体へと相対する。
自分の喉元を目掛けて伸ばされた、爪の長く尖った両手を掻い潜るように躱し、カイトは握り固めた左拳を相手の顔へと入れ違い様に叩き込んだ。
向こうの正体は変わらず不明のままだったが、こちらを確実に仕留めに掛かってきている以上、彼も容赦をするつもりはなかった。
高く歪んだ鷲鼻へと命中したカイトの左拳には、まるで水袋に詰められた針金の束を叩いているような、異様で不気味な感触が走る。
疑似感覚として再現され脳へと伝わるその情報に、彼はそれまで感じたことのない、得体の知れない恐怖と嫌悪を呼び起こされる。だが、瞬時に動揺を抑制したカイトは、殴り抜いた腕の勢いを殺さずに半身を捻り、左前方より接近していた敵へと鋭い回し蹴りを見舞った。
最も近接していた二体を相次いで弾き飛ばし、カイトは僅かに跳び上がった状態から、姿勢を制御しつつ地面へ降り立つ。その際、思わずよろめいて左手を突いた彼は、右手を失っていることで全体の重量均衡が若干崩れているのに気付いた。
カイトが着地に手間取る隙に、次は右手から二体、左手からは別の一体が接近する。
三時と九時の方向から挟撃を掛ける彼らに対し、カイトは地面へと置いた左手でそのまま体を支え、まずは右手の一体の腹部へと右足を叩き込む。続けて、相手を蹴り飛ばした脚部を横に回しながら曲げると、その隣にいたもう一匹の首を右膝の下へと挟み込んだ。
急所を抑えられた相手が、白く濁った眼を見開いて動きを止めた瞬間。
左足を素早く屈伸させて宙へと跳び上がった彼は、もがき苦しむ使い魔を側転によって上へと振り回し、逆方向より近付いて来ていた三体目へと投擲した。
互いに激しく衝突したその二体は、おぞましい叫び声を上げながら、もつれ合うようにして遠くの方へと転がっていく。直後、重心位置の調節によって、今度は華麗な着地を決めていたカイトの耳に、甲高いメリッサの悲鳴が突き刺さった。
「こんのっ、止めて、離してっ! そんな汚い手で、私にベタベタ触らないで!」
背後を顧みた彼の目には、獲物の腕へと爪を立てて抑えに掛かる使い魔と、それを必死になって振り払おうとしているメリッサの姿が映った。
文字通り魔手の餌食となろうとしている彼女に、カイトは屈んだ状態から素早く旋回をし、斜め前方へと鋭く跳躍する。勢い良く跳び上がった彼は、同時に右膝を大きく蹴り出し、メリッサを取り押さえようとしていた相手の側頭部を強打した。
横合いからの強烈な不意打ちに、その使い魔は堪らず掴んでいた腕を離して吹き飛ばされる。
もんどりを打って地面へと倒れ込む敵に、宙へと浮いていたカイトは飛び降り様、仰向けになっていた相手の下腹部へと自らの靴底を叩き込んだ。
彼の全体重を掛けた追い打ちに、飛び出さんばかりに眼を剥いた相手は、全開とした口腔より汚い絶叫と唾液をまき散らす。直後、全ての筋肉を収縮させていたその肉体は、瞬時に黒く細かい塵となって四散した。
最後には気体と化して消え失せる使い魔に、カイトは慄然として息を呑む。
一方、理解を越えた現象を前にして固まる彼の周りでは、瞬く間に数体の仲間が倒された使い魔達もまた、互いを牽制し合うように困惑の視線を絡ませていた。
彼らが本能的に攻撃を躊躇する程、予想外の動きと抵抗を見せるカイトに、外野から見物をしていたギスティアは、小さく驚嘆の声を上げた。
「なかなかやるじゃないか。片方の腕が無いところからして、やり手な一匹狼の傭兵か、もしくは負傷を理由に除隊させられた、どこかの国の兵士なのか?」
「……ご想像に、お任せする。何にしても、こいつらの力量は見切った。これ以上そちらが続けるつもりなら、すぐにお前自身が危険な目に遭わなくてはならなくなるぞ」
カイトは努めて冷静を保ちながら、遠目に立つ彼へと硬質な声音で見栄を切る。
僅かに虚勢の混ぜられたその宣告に、業とらしく感心の笑みを形作っていたギスティアは、そこへと苛立ちにも似た不愉快な色を滲ませた。
「ほう、誇り高き片腕の騎士サマは、俺さえも足蹴にして潰してみせると? それはまた、いろんな意味で怖ろしいお言葉ですなあ。だったら、俺も面倒な火傷の元になるかもしれない火の粉は、早い内にさっさと振り払っておくことにしよう」
そう思わせ振りな科白を口にした彼は、脇に垂らしていた長い両手を、おもむろに胸の前へと掲げる。
僅かに間隔を開け、広げた掌を向き合わせるその謎の構えに、即座にカイトは体勢を立て直し、迎撃の構えを取る。
相手の出方を油断なく窺っていた彼は、突如としてギスティアの周囲の空気が、合せられた掌を中心にして奇妙に揺らぎ出したのを目に留めた。
同時に、彼の足元の草は同心円状に外側へと倒れ、どこからか工業用圧縮機のような息の長い荒い風音も聞こえ始める。
それらの不可解な現象に面食らうカイトに対し、ギスティアの一連の行動を前にしたメリッサは、愕然として全身を竦み上がらせていた。
「じょ、冗談でしょ、あれまで使うっての!? あんた、いくら何でもやり過ぎでしょ!?」
信じられないといった口調でそう叫んだ彼女は、カイトが問いを投げるよりも早く、慌てて地面へと体を伏せる。ふと辺りに目をやったカイトは、自分達の周りにいた使い魔達もまた、何かに巻き込まれるのを避けるかのように包囲の輪を広げているのを視認した。
敵味方を問わず恐れさせるような何かが、今まさに起ころうとしている。
温度や湿度などの数値ではない、周囲に漂う雰囲気の変化から、カイトは危機的状況が到来しつつあることを直感的に悟る。しかし、彼が次の行動を見定める暇もなく、ギスティアの動きは著しい変化を見せた。
彼は両手をそれぞれ逆の方向へと回し、胸の前へと巨大な丸の形を描く。そして、不可視の円の中央へと凝縮した透明な淀みを、カイトへと向けて右腕で強く押し出した。
瞬間、ギスティアのまとっていた空気の皮膜が、波打つように拡散して消失する。
直後、相手の動向を注視していたカイトの体を、突然、正面から強烈なエネルギーの塊が包み込んだ。




