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第1話 アーメン、次

どこかから壮大なパイプオルガンの音色が聞こえてくる。


「そなたに神の祝福を。アーメン」


 数分後。


「そなたに神の祝福を。アーメン」


 ……3時間後。


「死んでしまうとは不甲斐ない。神の祝福を。アーメン」


 ……8時間後。


「はい、アーメン。次ー。」


 私、アルヴィン・クロス、35歳は、もはや自分の声が自分のものだと認識できなくなっていた。


 条件反射のように口から飛び出る祈りを捧げる毎日。


 祭壇に横たわるのは、本日18体目の『勇者と呼ばれる不甲斐ない肉塊』だ。


 私が神父を務めるこの最果ての教会は、王都から遠く離れた、魔王に挑む勇者たちが最後に立ち寄る教会だ。


 何が最果てだ。

 せめてちゃんと名前くらいつけてくれ。


 日々、魔王に挑む勇者たちの治療や蘇生をする。


 もちろん、それ以外にも村人の葬儀や婚礼、洗礼、懺悔だってある。


 それなのに勇者たちは際限なくやってくる。


 毎日、夕方には視界の端が極度の疲労で白く霞んでいた。


 さらには3日に1度、神父のいなくなった近隣の村や町の教会にも行かなければならない。


 今、この教会を含めた一帯を担当している神父は私一人。


 完全なワンオペである。


 王都の教会本部には何度も増員申請を出している。


 だが、いまだに新しい神父は一人も送られてこない。


 この手で誰かを救えることに、震えるような喜びを感じていた日々は遠い記憶だ。


 長い歳月は、少年の純真な魂を、薄汚れた雑巾のように絞り尽くした。


 何より勇者と名乗る者が多すぎる。


 そして揃いも揃って、よく死ぬ。


 彼らは遥か遠くの世界から神が遣わした『転移者』らしい。


 神の加護を受けた勇者たちは、死んでも肉体さえ残っていれば蘇生できる。


 他の村人たちは生き返らないのに。


 そのせいなのか、勇者たちは死ぬことへの抵抗まで薄くなっている気がする。


「アルヴィン神父、お願いします!」


 お手伝いのミアが声をかけた。


「はいはい」


 18人目の勇者の額へ手を当てる。


「そなたに神の祝福を。アーメン」


 淡い光が勇者の身体を包んだ。


「――っは!?」


 勇者が勢いよく起き上がる。


「あれ!? 俺、死んだ!?」


「死にましたよ」


「マジか。またかよ」


 またかよ、じゃない。


 あなた今日3回目ですよ。


「次からはもっと気をつけてくださいね」


「あざっす、神父さん。……それにしても治療費高くないっすか?」


「命よりはだいぶ安いと思いますが……。それに私が決めている料金ではないので、苦情は本部の方にお願いします」


「役所の人間みたいなこと言うっす。まぁ今回はお金預けてたから安く済んでるっすけど。頭いいっしょ?」


 勇者は笑いながら教会を後にした。


「…………」


 私は椅子へ腰を下ろした。


 18体。


 今日届いた死体を、ようやくすべて生き返らせた。


「明日は隣の村の日ですね。移動の前に少しだけ……」


 机へ突っ伏す。


「5分だけ寝よう……」


 カーン。


 カーン。


 カーン。


「…………」


 聞かなかったことにした。


 カーン。


 カーン。


 カーン。


「ま、魔物の群れだー!」


 外から見張りの絶叫が聞こえてきた。


 私はゆっくり顔を上げる。


「……神よ」


 あなたは私のことが嫌いなのでしょうか。


 ◇


「一番前に勇者らしき影があるぞ!」


 街の鐘楼から見張りが叫んでいる。


「早く門を閉めろ!」


「おーい! 待て待て待て! 助けてくれー!」


 遠くから男の叫び声が聞こえてきた。


 勇者を先頭に、4人ほどの一団が手足をばたつかせながら全力疾走している。


 その後ろ。


「……ずいぶん連れてきましたね」


 ゴブリン。


 オーク。


 狼型の魔物。


 数十体はいるだろうか。


「勇者なら街を守って戦ってくれー!」


 門兵が叫ぶ。


「せめて1体でも多く片付けてから死んでくれー!」


「無茶言うな! 数見ろよ! レベルが足りねぇよ!」


「死んでも蘇れるだろー!」


「痛いのは嫌なんだよ!」


 私はこめかみを押さえた。


 ふと横を見る。


 つい先ほど蘇生させた勇者たちも、騒ぎを聞きつけて様子を見にきたようだ。


 目が合う。


「…………」


「…………」


 次の瞬間。


 勇者たちは一斉に踵を返した。


「どこへ行くんです?」


「ちょっと急用を思い出しました!」


「私もです!」


「奇遇だな! 俺もだ!」


 魔物とは反対側の門へ向かって、あっという間に消えていく。


「……元気になったようで何よりです」


 蘇生した甲斐があった。


 本当に。


 このまま魔物が街へ雪崩れ込めば、死傷者が出る。


 死傷者が出れば。


 当然。


 私の仕事が増える。


「……仕方ありませんね」


 ◇


「アルヴィン神父!」


 門のそばに着くと、門兵が泣きそうな顔で駆け寄ってきた。


「あの勇者たちを何とかしてください!」


「どうしたんです?」


「門を開けろと騒いでいるんです! 開けないなら魔法で門ごと吹き飛ばすと!」


「…………」


 私は閉ざされた門を見る。


「開けてください」


「ですが、魔物が!」


「勇者たちが入ったら、すぐ閉めればいいでしょう」


「すぐと言っても人力なので、そんなすぐには……。その間はどうするんです?」


「私が外に出ます」


「神父様が!?」


「魔物を街に入れれば、仕事が増えますから」


「は、はい」


「それだけは避けたい」


 私が。


「開門してください」


 重い門がゆっくりと開いていく。


「開いたぞ!」


 勇者たちが歓声を上げた。


 わずかな隙間へ、我先にと身体をねじ込んでくる。


「おっせえよ! 死ぬところだっただろ!」


 先頭の勇者が息を切らしながら門兵に食ってかかった。


「どうして、あれだけの魔物に追われているんです?」


「ああ、あれ?」


 勇者は私を見る。


「効率よくレベル上げしようと思ってさ」


「はい」


「魔物の巣窟っぽいところを見つけたから、入口にでかい魔法撃ち込んだんだよ」


「はい」


「そしたら、なんかいっぱい出てきた」


「なるほど」


「いやー、あんなにいるとは思わなくてさ」


 勇者は悪びれもせず笑った。


「でもここまで来れば神父いるし、何とかなるだろ?」


「…………」


 世界を救う勇者とは、本当にこれで合っているのだろうか。


「じゃ、回復頼むわ。ちょっと休んだら俺たちも」


「結構です」


「え?」


 私は勇者の横を通り過ぎ、門の外へ出た。


 私が外へ出ると共に、門が閉じ始める。


「お、おい神父! 何してんだよ!」


「決まっているでしょう」


 迫ってくる魔物を見る。


「これ以上、仕事を増やさないためです」


 先頭のオークが斧を振り上げた。


 大振り。


 右足に重心。


 振り下ろした直後、左脇が空く。


 ――『週刊・冒険入門』第13号。


 オークと出会ったら、まずここを狙おう。


 私は片足を引いて斧を避けた。


「ふっ!」


 空いた脇腹へ拳を叩き込む。


 鈍い音。


「ゴッ!?」


 オークの巨体が横へ吹き飛び、後ろにいたゴブリンを巻き込んだ。


「…………は?」


 背後から勇者の声が聞こえた。


 次。


 ゴブリンが3体。


 距離を取る。


 魔力を杖へ。


「火の玉」


 拳ほどの火の玉が飛ぶ。


 1体目の顔面に命中。


 すぐに2発目。


「火の玉」


 2体目。


「火の玉」


 3体目。


 初級攻撃魔法。


 私は攻撃魔法は初級しか知らない。


「おいおいおい……」


 先ほどの勇者が門の上から身を乗り出して見ていた。


 狼型の魔物が横から飛びかかってくる。


 低い姿勢。


 一直線。


 ――『週刊・冒険入門』第31号。


 牙狼種は飛びかかる直前、必ず後ろ足を沈ませる。


「分かりやすいですね」


 身体を沈める。


 頭上を狼が通過する。


 腹へ掌底。


「ガッ!?」


 そのまま地面へ叩き落とした。


 立ち上がる前に首筋へ手刀で一撃。


 動かないことを確認した。


「次」


 魔物たちが押し寄せる。


 拳。


 蹴り。


「火の玉」


「風の刃」


 私は1体ずつ淡々と処理していった。


 大したことはしていない。


 避けて、弱点を狙う。


 それだけだ。


 だが。


「ちょ、ちょっと待て!」


 後ろから勇者の声がする。


「あんた神父だよな!?」


「そうですよ」


 オークの棍棒を受け流し、顎へ拳を突き上げる。


「じゃあなんで殴ってんだよ!」


「魔力も無限ではないですから」


「そういう問題じゃねえよ!」


 さらに1体。


 さらに2体。


 やがて。


 魔物たちの勢いが止まった。


 最前列にいたゴブリンが、私を見る。


「…………」


 私も見る。


「…………」


 ゴブリンが一歩下がった。


 もう一歩。


 そして。


「ギャッ!」


 背を向けて逃げ出した。


 それを合図に、残っていた魔物たちが一斉に逃げていく。


 私は追わなかった。


 街から離れてくれるなら、それでいい。


「……終わりましたね」


 袖についた土埃を払う。


「思ったより早く終わりましたね。門を開けてください」


 返事がない。


「門兵さん?」


「は、はい!」


 門が開き始める。


 私は街へ戻った。


 勇者たちが妙なものを見る目で私を見ている。


「なんです?」


「いや……」


 先ほどの勇者が私の身体を上から下まで見る。


「なんでそんなに強いんだよ」


「神のご加護です」


「マジで?」


「……と言いたいところですが」


 私は少し考えた。


「私、『週刊・冒険入門』を創刊号から集めておりまして」


「…………は?」


「毎週付いてくる冊子をすべて綴じると、『冒険の書』が完成するんですよ」


「それで?」


「剣術、格闘術、初級魔法、魔物の生態。毎号、実践形式で解説されているので、15年ほど欠かさず試していました」


「15年!?」


「はい」


「そんな雑誌、15年も続いてんのかよ!」


「人気なんでしょうね」


「いや、そこじゃなくて……」


 勇者が頭を抱える。


「それだけで?」


「あとは毎日何十回と蘇生、回復、解呪してますしね」


「…………」


 なぜか勇者が目を逸らした。


「それより」


 私は勇者を見る。


「今後、魔物の巣へ無闇に魔法を撃ち込むのはやめてください」


「いや、でも経験値効率が」


「やめてください」


「……はい」


 素直でよろしい。


 私は教会へ戻ろうと歩き出した。


 まだ隣村への出発前に少しは休めそうだ。


 せめて5分。


 できれば10分。


 贅沢は言わない。


 椅子に座って目を閉じるだけでいい。


「アルヴィン神父ー!」


「…………」


 お手伝いのミアの声がした。


 私は立ち止まった。


 振り返らなくても分かる。


 ミアが、こちらへ全力で走ってくる。


「どうしました?」


「隣の村から早めにあっちの教会に来てくれないかとのことです」


「早め?なぜでしょう?」


「なんでも大量の負傷者と勇者の死体で教会にはいりきらなくなってるみたいです」


「……」


 神よ……。


 あなたはやはり私が嫌いなのですか。


 どうやら今日も。


 5分の休憩すら、許されないらしい。

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