13 兄からの手紙
西の街道へ向かう途中、二番目の村で、昨夜出した早馬の返事が追いついた。エルフォードからの使いだ。
馬を泡立たせ、私たちを見つけるなり道端で止まる。
「お嬢様!」
「兄さんは?」
「旦那様はお屋敷に。ヘンリー様もご無事です。メアリーさんが入りました。乳母も手配中です」
まず、それを聞けて息が入る。
「兄さんは食べた?」
「スープを少し。それから、旦那様からこちらを」
封筒を受け取る。兄の字だ。いつもより少し乱れている。
――アマンダ。
――命令通り、スープは飲んだ。
――ヘンリーは眠っている。
――メアリーが来てくれた。
――シャーリーンの部屋は封じた。
――グレイヴスが持ち出し品の確認を始めている。
――お前も無茶をしすぎるな。
――ジェイ殿に礼を。
――ヘンリーのがらがらを取り戻してくれて、ありがとう。
最後の一文で、目が止まる。
――ありがとう。
兄はそう書く。怒るより先に、礼を言う。
だから私は怒りに行くのだ。
「旦那様から、ジェイ様へも」
使いがもう一通差し出す。ジェイは受け取り、その場で読む。短い手紙らしい。
「何と?」
「ウィリアム様から、ヘンリー様のことを第一に考えると言伝をいただきました。それと、私への礼です」
「兄さんらしいわね」
「はい」
彼は丁寧に手紙を畳む。
「とても、ウィリアム様らしい」
その言い方が、妙に穏やかだった。私は思わず彼を見る。
「兄さんを、頼りないと思わないの?」
「思いません」
返事が早い。
「初めて会った時、優しすぎる方だとは思いました。ですが、領地の帳簿を見た時に考えを改めました」
「帳簿?」
「以前、父に同行してエルフォードへ伺った時です。ウィリアム様は、畑ごとの収穫と、家ごとの困りごとをかなり細かく把握しておられました」
「兄さんは、そういう人よ」
「はい。ああいう方が、領地を荒らさずに守ります」
その言葉は、すっと入ってきた。
頼りない。退屈。静かすぎる。そう書いたシャーリーンとは違う。
この人は、兄の穏やかさを弱さとして見ていない。
「……ありがとう」
「事実です」
「それでも、ありがとう」
ジェイは少しだけ目を伏せた。
「受け取ります」
そこへ、もう一騎が追いついてくる。フェンウィック家の使いだ。
「ジェイ様!」
「父からか」
「はい」
彼は手紙を受け取り、封を切る。読むにつれて、目つきが変わる。
「何かあったの?」
「父が動きました」
「どう?」
「クリスの名で金品を受け取らせるなと、主な宿と駅馬車へ早馬を出したそうです。兄の部屋は封鎖。手形も止めました」
「早い」
「父は、家名を勝手に使われるのを嫌います」
「それから?」
ジェイ様は少し間を置く。
「兄がこのまま戻らない場合、長男としての権利を停止する。私を暫定の代理とする、と」
「……あなたは」
「はい」
「大丈夫?」
聞いてから、少し踏み込みすぎたと思う。けれど彼は怒らない。
「大丈夫ではありません」
初めて、そう言った。
「ですが、動けます」
私はうなずく。
「なら行きましょう」
「はい」
呼び方はまだ変わらない。でも、何か少しだけ変わった気がする。
◇
西の街道に出ると、道は広くなった。馬車も人も増える。追うには不利だ。
だが、フェンウィック家から先触れが出たなら、相手も簡単には家名を使えない。
街道沿いの駅馬車場に着いたのは、昼前だった。そこで、ようやくクリスの痕跡が出た。
「茶色の髪の若い旦那様?」
駅馬車場の係が、嫌そうに鼻を鳴らす。
「来ましたよ。朝早く。やたら偉そうでね。フェンウィック伯爵家の長男だと言って、馬を替えろと」
「替えたの?」
ジェイ様の声が低くなる。
「最初は替えようとしました。けど、少し後に伯爵家から早馬が来ましてね。確認なしに便宜を図るなと。そうしたら、その旦那様、怒る怒る」
係の男は肩をすくめる。
「で、どうしたの」
「結局、金時計を置いていきました」
「金時計」
ジェイの眉が動く。
「兄のものです」
「回収しましょう」
係が慌てて奥から時計を持ってくる。見事な金時計だった。裏にフェンウィック家の紋が入っている。
ジェイが受け取り、蓋を開け、中を確認する。
「父から贈られたものです」
「それを馬代にしたの?」
「はい」
声は静かだ。だが、指が時計をしっかり握っている。
「馬は?」
「替えました。ただし、伯爵家の信用ではなく、その時計の預かりということで」
「行き先は」
「西です。ですが」
「ですが?」
「あの旦那様、一人でしたよ」
また別。私は息を吐く。
「シャーリーン様は?」
「少し後に、女の人が来ました。灰色の外套で、髪を隠して。そっちは南行きの馬車に乗りました」
「分けたままなのね」
「いえ」
係は首を振る。
「たぶん、次の宿場で合流です。あそこは西と南の道がまた交わりますから」
ジェイは地図を開く。
「ハドリー宿ですね」
「そこに?」
「はい」
係がうなづく。
「ただ、フェンウィック家からの知らせが回っているなら、あちらでも足止めされるかもしれません」
初めて、こちらが先に打った手が効いた。胸の奥で、何かが少しだけ上がる。
「行きましょう、ジェイ様」
「はい、アマンダ嬢」
馬へ戻る。
そこで、ジェイ様が金時計を懐にしまいながら、低く言った。
「兄は、馬鹿です」
「ええ」
「ですが、完全な愚か者ではない」
「分かっているわ。変なところには頭が回るものね」
「はい」
「だから、こちらも変なところまで先に塞ぐ」
ジェイ様がこちらを見る。
「その通りです」
「次の宿場では、まず帳場ではなく厩ね」
「なぜ」
「逃げる人は部屋より足を先に見るでしょう」
彼は一瞬黙る。それから、少しだけ口元を動かした。
「頼もしいですね」
「兄さんが育てたから」
「はい」
今度は、ごく自然に返された。




