血涙の祈りと、数々の聖遺物
守護神を失った人間たちは、深い悲しみに暮れました。そして、同時に激しい恐怖が彼らを襲いました。
「邪神ヴィルは死んでいない。いつの日か、あの傷を癒して必ず戻ってくる。その時、神を持たない私たちは、どうやって戦えばいいのだ」
絶望に支配されかけた人間たちの前に、一人の老神官が立ち上がりました。神官は、アカとアオの遺骸の前に跪き、血の涙を流しながら、集まった人々にこう告げたのです。
「龍神様たちは、命をかけて私たちに『未来』を繋いでくださった。ならば今度は、私たちがその遺志を継がねばならない。龍神様の身体を、未来へ遺すのだ」
人間たちは決意しました。彼らは泣きながら、狂おしいほどの祈りを捧げながら、信仰する神であったアカとアオの身体を解体し始めました。
それは剥ぎ取りでも、裏切りでもありませんでした。いつか来る邪神との決戦に向けた、悲壮な血の契約だったのです。
人間の鍛冶師たちは一太刀入れるごとに涙を流し、その魂を削るようにして、龍の身体から数々の至高の装備品を創り上げていきました。
アカの最も鋭い牙と、アオの最も鋭い牙。この二つの牙からは、一対の美しい短剣が研ぎ出されました。それこそが、軽やかに振り回し、風を切って疾走する二本の短剣――「龍神の双剣」です。赤き火を纏う短剣と、青き水を纏う短剣。それらは離れることなく、かつて深く愛し合った二匹の絆そのものの輝きを放っていました。
さらに、アカの巨大な逆鱗からは全てを焼き尽くす「大魔剣」が打たれ、アオの背骨からは天を貫くほどに鋭い「聖槍」が削り出されました。他にも、あらゆる魔法を退ける盾や鎧など、二匹の身体はあますことなく、邪神に対抗するための数々の聖遺物へと姿を変えていったのです。
「いつか、誰かがこの装備を使い、ヴィルを討ち果たしてくれますように」
まだ見ぬ未来の英雄たちへ向け、人間たちの祈りと願いが、鍛造の槌の音とともに世界へ響き渡りました。
その様子を、まだ幼い金色の龍神ゴルドは、ただじっと見つめていました。親の肉体が数々の武器へと姿を変えていく光景、そして、人間たちの絶望に満ちた、けれど決して折れない強い祈り。ゴルドはそのすべてを、自らの金の瞳に焼き付けたのです。
やがて、完成した「龍神の双剣」をはじめとする数々の装備品は、いつ現れるとも知れない「その日」のために、世界の誰も知らない聖域へと深く秘匿されました。
そしてゴルドもまた、人間たちの祈りがいつか実を結ぶことを信じ、静かに歴史の表舞台から姿を消しました。
これは、数千年後に起きるであろう大決戦の、すべてのはじまりの物語。
いつか誰かが、赤と青の装備を身に纏い、金色の龍神と共に立ち上がるその日まで、人間たちの祈りは静かに語り継がれていくのです。




