32 仕切り直して
「つ、疲れたー」
パタリと宿のベッドに倒れ伏しながら私は盛大に溜息をついた。
本当はベッドにダイブしたかったのだけれど、ベッドはふかふかでもなく清潔なリネンでもなさそうだったので静かに倒れ込むに止めた。
それでもここはこの港町でそこそこ高級な方の宿である。
あれからいろいろありました。
まず海賊のアジトに乗り込んで隠れていた生き残りを締め上げ、船を出す算段をした。
粋がって抵抗した海賊が一人ファルタに首を飛ばされると、残りは震え上がって武器を放り出し土下座した。
改めてファルタ凄い。剣を抜くところも全く見えなかったよ。
一緒に捕らわれていた船客と、それ以前から海賊に使われていた人々を助け出して二隻の海賊船に乗せた。
もちろんアジトを家捜しして盗られた荷物を取り戻し、ついでに溜め込まれていた金品を適当に貰っておく。どうせ持ち主に返ることはない。
衣服も大量にあったので、良さげなものを見繕って着替えた。この世界では布地や服は値が張るものだから、攫ってきた人々から取り上げたのだろう。
ゴキブリ男の血で汚れたのを海水で流しただけの服はさすがに着ていたくなかったので、ありがたかった。びしょ濡れだったし。
そこら中に転がる海賊の死体も全てほったらかしてさっさと逃げ出した。
ファルタの姿が目に入るとびくびくしている海賊の生き残りはもう反抗する気も無いようで、おとなしく船を出して陸地を目指した。
あそこはどうやら陸からそう遠くない小島だったらしく、半日ほどで港町に辿り着いた。
コノンノよりはだいぶ小ぶりだがそれなりに賑わっている。
海賊の始末とか島に残してきた略奪品とか、海賊に手を貸していただろう船会社とか、その辺のめんどくさそうな説明は処理能力のありそうな船客に押しつけた。
私たちのことは秘匿して、腕の立つ冒険者がいたことにしておいて貰う。
冒険者はトップレベルになると国家間の戦争さえ左右する力があるそうだから、それ程荒唐無稽な話でもない。
―――と、フル活躍の仙女さまですよ。
人外の剣士を顎で使い、のんびりしたアモを走らせて船客をまとめ上げ、海賊船を強奪。
海賊を脅して港まで送り届けさせるという八面六臂の大奮闘だ。
なんで私が先頭に立つことになったのか言うと、他に仕切る人間がいなかったからだ。
ファルタを動かせるのが私だけだったからとも言う。
ファルタは頼めば案外気楽になんでもやってくれた。
クールでタフでシニカルなキャラかと思ったけれど、単に素っ気ないだけのようだ。
とまれ、海賊騒ぎは一件落着。
身体は海水で洗ったきりでべたべただったし、昨日の朝から何も食べていないし、ファルタには色々聞きたいこともあったけれどもう限界。
緊張の糸が切れた私はベッドに伏したまま睡魔に攫われた。
翌日。
宿にシャワーはもちろん風呂も無かったので、盥に湯を貰って身体と髪を洗った。
シャワーって水道が無ければほぼあり得ないものなんだよね。
水を溜めれば使える風呂の方が原始的だ。
とはいえ身体ごと入れるような風呂桶はかなりの贅沢品だろう。だから盥がこの世界のスタンダードだ。
温かい湯なだけゼイタクで、井戸端か川で水浴びが普通だという。
思い返したら峨山からこっち一度も風呂も水浴びもしていなかった。
元の自分ならとても耐えられないけれど、仙女さまボディはあまり汚れないからなんとかなっていた。
海賊のアジトから頂戴してきた予備の服に着替えて食堂で朝食を摂る。
ようやく人らしい生活が戻って来た。
港町だからまた魚介が食べられるかとわくわくしたけれど、朝食には出て来ないらしい。
パンとジュースとハーブティー。卵も無い。簡素過ぎないか。コンチネンタルブレックファーストってこんなもんだけどね。
それにしてもパンはもそもそしてるし、ジュースは味気ない。そしてコーヒーが無い。
アジの開きとお味噌汁とご飯に漬け物―――和定食が恋しすぎる!―――と、ちまちまパンをかじっている私の目の前で、ファルタは豪快にジュースをあおり、パンを口に押し込んでいく。
それ、もう五個目だよね。
美形には似合わなすぎる食べっぷりに、遠い目になってしまう私だ。
期待外れの朝食でとりあえず腹を満たして部屋に戻る。
人目のある食堂では話ができない。
「まず言っておくけど」
なるべく毅然として見えるように真っ直ぐファルタに向かって言う。
「私は予言とか占いをするわけじゃないから、今すぐ王子の居所を教えろと言われても答えられません」
ファルタは黙って聞いている。
「協力するつもりではあるけれど、ちゃんと見つけられるのか、いつ見つけられるのかという質問にも答えられません。仙女の力はそういうものではないのです」
自分でもよくわからんけど。ここは偉そうに言いきっておくのが得策だろう。
「うむ」
ファルタは素直に頷いた。
思ってたよりずいぶんと物わかりが良い。
「峨山の仙女さまの力は摂理の力ですー。盟約は必ず果たされるから、待っていればいいですよー」
相変わらずのんびりした声でアモが援護してくれた。
「なるほど」
めっちゃ納得してるし。ちょろすぎないか、この人。
「では、盟約が果たされるまで同行願おう」
それはむしろこちらがお願いしたいことですね!
この人が一緒なら魔物も狩り放題、お金稼ぎ放題、ラク旅確定だよ!
「わかりました」
踊り出したい気持ちを抑えて、私は重々しく頷いた。
さて、次はこっちの質問タイムだ。
「ファルタはどうやってあの島へ来たんですか」
峨山山頂で別れてから二ヶ月程は経っている。
あのタイミングで海賊の島に現れたのは、物語的には盛り上がるだろうけれど現実的に考えるといささかできすぎという気がする。
「峨山でセイカたちの妨害を受けてだな、半日ほど戦っているうちにかなり離れた場所まで行ってしまった」
えええ―――
あの怪獣大決戦を半日も続けてたの?
何処まで行ったか知らないけど環境破壊もハンパなかったのでは……
「あのセイカという人は知り合い?」
「あれは同族だ」
「対立している?」
「そういうわけではない」
「なぜ戦っていたの?」
「向こうが仕掛けてきたからだ」
「その理由は?」
「知らんな」
雑だ―――雑すぎる。
これ以上訊いてもまともな答えは返ってきそうにない。
「ええと、それでその後どうなった?」
「サヤの足取りを見失ったからな。捜していた」
「峨山で?」
「そうだな。水で何もかも流されたから、追うことができなかった。しらみつぶしに探してなんとか麓近くで痕跡を見つけ出して辿ったが、捨てられた迷宮でまた途切れた」
痕跡を辿るって、警察犬かな。
そしてやっぱりあのダンジョンは、出口と入り口がランダムだったらしい。




