30 海の旅から
暴力的な表現があります
苦手な方はご注意願います
「何日くらい……かかるのかな」
居るだけで吐きそうな船底の船室を出て、甲板で手すりにもたれかかりながら水平線を眺める。
外ならなんとか話もできる。
とはいえ集中力も気力も大幅低下中で実のある話などできはしないのだけれど。
「そうですねー、二十日くらいですかー。天気にもよりますけど」
「ええ……そんなに」
無理。絶対無理。
「ああ、ずっと海の上ってわけじゃないですよー。五日に一度くらいは港に寄ります」
つらい……。
こんな劣悪な環境で二十日って、異世界の交通事情酷すぎ。
粗食のことを心配していたのが笑えるくらいの状況だ。口にものを入れるのすら苦労する。
大航海時代の船旅では乗り組んだ人の大半は死んだというのもうなずける。
ビタミン不足の壊血病があったとしても、これで長期の航海だったら食べ物も水も腐り、さまざまな病気が蔓延しても当然だ。
今回は沿岸沿いの航路ということで、食べ物と水の心配はないのが救いだ。
とはいえ、船底の倉庫はネズミや害虫の巣窟で、そんな場所に保管された物を口に入れるのはおおいに抵抗があった。
病気にはならないと思っていても、もともと世界一清潔にうるさい現代日本人なのだ。
それでも船代は払ってしまった上に手持ちの金はもうあまりない。
イワタケみたいな幸運に恵まれることはそうそうないだろう。
お金は貴重なのだ。
二度とこの世界で船旅はしないと心に誓いながら水平線を眺めてやり過ごす。
夜には満天の星が美しかった。
さて、そんな苦痛と退屈に満ち満ちた船旅はようやく半ばを迎えた。
まだ半分かとげんなりする。
していたのだけれど―――
退屈とはほど遠い展開に巻き込まれております。
これはもう事件。
何事かというと、海賊の襲撃だ。
二隻の船影が近づいてきたなと思ったら、素速く船腹に横付けされてわらわらといかにもな荒くれ者達が乗り込んできた。
荒くれと言ってもただ手に鉈だか剣だか分からないような武器を持つ汚い格好をした男達というだけで、いわゆる海賊っぽさはない。
体格もさほど良くない者が多くて強そうでもなかったけれど、武器を持った相手に逆らうのは愚策だ。
こちらの船の船員は抵抗するでもなくさっさと姿を隠していて、大げさに武器を振り回す海賊に追いかけ回された客たちで船上は阿鼻叫喚だ。
賊の目当ては荷物ではなく人であるらしく、身なり良さげな客からどんどん拉致されて二隻の船に移送された。
抵抗しなければ命は取らないようだったが、自分の荷を奪われまいと逆らった商人風の男が斬り殺されて甲板を血で染めた。
女子供は泣き叫びながら引きずられていく。
私とアモはあまり金目の物は持ってなさそうな人たちと二隻目の船に乗せられた。
当然反抗はしなかったので乱暴に扱われることもなかった。
おそろしく手際が良い。
良すぎる。
二隻はやって来た時と同じように、すみやかに船から遠ざかった。
全て計画されていたがごとくだ。
おそらく、そうなのだろう。
あの船と船員に被害は無く、乗客と客の持つ金目の荷だけを総ざらえして離れるまでに一時間とかかっていない。
船会社だか船長船員だか分からないが、その辺と結託した犯罪だ。だから船体には攻撃していない。奪取するでもなく無傷で解放している。目的は人とその荷だけなのだ。
そして積み荷と違って人はいちいち運ぶ必要が無い。
脅すだけで言うことを聞くから、少人数の海賊で効率よく回収できるというわけだ。
戦闘できそうな客が乗っていないこともチェック済みだったのだろう。
海賊船は夕刻どこかの島へ辿り着いた。
船から降ろされ、浜辺に立てられた大きな掘っ立て小屋のようなところに押し込まれる。
小屋の中は真っ暗で、海賊達は拉致してきた者を虐待することも無い代わり面倒をみる気も無いのだろうと思われた。
手持ちの食料も水もわずかな金銭も、バッグごと全て取り上げられていた。
私とアモは小屋の隅で脚を抱えて踞る。
思わず溜息がこぼれた。
今現在も真っ暗闇だが、お先も真っ暗だ。
「ねえ、これってやっぱり奴隷狩り、だよね」
声を潜めてアモに話しかける。
「そうでしょうねー」
いつものんびりしたアモの声もさすがに暗い。
「お金持ってそうな人たちは別の船で連れてったもんね」
「たぶんそっちの人たちは身代金を要求するです」
「だよね……」
暗くて周りの人々は見えないが、我々同様貧乏人であろうことは確かだ。
みな、息を潜めて身を縮めている。
「こっちはソッコー人身売買か……」
謎のオカルト職業人アモとか、ささやかラッキーアイテムの仙女とか、特別扱いしてくれないかなと思わないでもないけれど、おそらく無理だ。
見るからに知性も教養もゼロって感じの海賊達には、そんな区別は荷が重い。
思い返してみれば、最初に出会った美形剣士もマントの二人組も後から来た大男も、コイツらに比べたらだいぶインテリっぽかった。
やってたことは怪獣大決戦だったけど。
あの時点からは距離的にも時間的にもずいぶん遠くへ来たなあと思う。
日数を数えていたわけではないけれど、体感的には二ヶ月近く経っている気がする。
この世界にヶ月の単位があるのかどうかは知らない。
そういえば月を見たことがなかったな、なんて思考が空転する。
さすがにこの場でそんなことをアモに訊くのも躊躇われたので、今度訊いてみようと思った―――
―――自分が暢気すぎたと痛感する。
暢気じゃなかったらどうにかなったのかというとどうにもならないのだけれど、それにしてもこの事態を予想していなかったのは馬鹿だ。
今現在、私とアモは別々の船に乗せられそうになっている。
ここに至って自分がどれほど彼女に依存していたかようやく思い至る。アモと離ればなれになって、この先どう暮らしていけば良いか見当も付かない。
奴隷として売られていけば、どう暮らすかなどという心配はむしろ甘っちょろいものなのかもしれないが―――
それでも、一人になるのは嫌だった。
私は思わずアモの乗る船の方へ駆け出そうとして、見張りの男に殴り飛ばされた。
「サヤさん!」
アモの声が遠くに聞こえる。
痛い。
普通に痛い。
「何してやがる」
石だらけの浜に倒れ伏して動けない私を、男は蹴り上げた。
「おとなしく言うこと聞いてりゃ痛い目にあわずにすむのによう! バカな女だぜ」
蹴り続けられて、逃げることも避けることもできない。
見せしめのためなんだろう。
男の仲間たちはげらげら笑いながらそれを見ている。
髪を掴まれて引き上げられた。
「よく見りゃそこそこ別嬪じゃねえか。ちょっと味見してみるか?」
無精髭だらけの汚い顔が寄せられる。
「止めとけ、止めとけ。品物に手ぇ付けっと後が怖いぜ」
「いいじゃねぇかよう、ちょっとくらい。どうせどっかの娼館に売り飛ばすんだしよう」
「だからだろうが、おい」
仲間の制止も聞かず、私の髪を掴んだ男はそのまま引きずるようにして木陰へ向かう。




