16 世界地図が欲しい
それからアモは街を案内してくれた。
「街の中には角豚が放し飼いにされてますから、気をつけてくださいねー。結構気が荒いです」
怖っ
「なんで放し飼い?」
「ゴミとか食べさせるためですー」
それ、聞いたことある。中世ヨーロッパの街ではゴミや汚物を窓から投げ捨てていて、それを豚やヤギに食べさせていたとか……
ここも窓から汚物が降ってくるのか!?
低文明世界怖すぎる。
汚物が窓から降ってきそうな狭苦しい住宅街の見学は遠慮して、比較的広くて綺麗な道を通って街の中央へ向かった。
市場だと言われた場所には、ぽつぽつと露天が店を出し始めている。
見たことのない野菜や果物、古着や古靴、鞄なんかを地べたに並べた店だ。
屋根も無ければ台もない。思ってたファンタジー世界よりだいぶ未開な感じだ。
大きな壺を置いた店もある。酒とか麦とか油とかそういうものが入っているらしい。壺はどれも素焼きの土器だ。
食べ物を売っている店もある。
アモが言ってた串焼きはあれか。スパイシーな匂いがして美味しそうだ。匂いだけでもヨダレが出そう……
串焼きや、ナンみたいなものを売っている店を横目に見て通り過ぎる。
いつかあれをお腹いっぱい食べるんだ。
それが私の野望だ―――ぐっと片手を握って心に誓う。
この際衛生状態の事は考えない。焼いてあれば大丈夫。たぶん仙女ボディはお腹壊したりしないだろうし。
市場を通り抜けた先は、石畳の広場になっていた。
真ん中には今まで見た村のものよりだいぶ大きめな祠っぽい建物があった。
多角形で、辺の全部に入り口がある。
あの入り口から入ってお祈りでもするのかな。
装飾もほとんど無くて、宗教施設にしてはずいぶんと簡素だ。
「ここの神様は地味だねえ」
呟くと、
「カミサマ?」
思いがけない返事が返ってきた。単語に意味が無い。知らない外国語を聞き返した発音だ。つまり、神様という概念が無い?
これは怨霊の時と同じだ。
「え、神様分からない?」
まさかと思って聞き返した。
翻訳されているにしろ、ほんとに日本語を喋っているにしろ、怨霊はまだしも神様の無い(いない、ではない)世界なんて考えられない。
「分からないですねー。どんなものですか」
神様をどんなものかって言われても……説明に困る。
「うーん」
唸っていると、広場の一角で騒ぎが起こった。
何事か怒鳴っている大声と、悲鳴と、たくさんの物が落ちたような音。
音のした方を見ると、小型のリヤカーっぽいものがひっくり返って積み荷が散乱し、這いつくばっている人と怒鳴り散らしている数人の男達が見えた。
男達は所々が金属でできた簡素な鎧のようなものを着ている。兵士だろうか。それともヤクザか。
「離れましょう」
小さく言って、アモは私の手を引いた。
事情は全然分からないけれど、剣呑な雰囲気に一も二もなく早足でその場を後にした。
今までの村が長閑な田舎だったから気づかなかったけれど、この世界にも相応の対立や不条理があるようだ。
宿に戻って荷物を整え、そのまま街を出た。
街道を歩いていると、荷物を背負った人とすれ違う。おそらくさっきの市場へ何か売りに行くのだろう。
周囲には畑や牧草地が拡がって、家も点在している。カバ牛がのんびり草を食んでいた。
それもしばらくするとなくなった。
人気の無い草原をとぼとぼ歩く。
さっき見た光景が心に引っかかって意気が上がらなかった。
「広場で怒鳴ってたのは何者?」
もう周囲に聞きとがめる人間は居そうもないのを確かめて、アモに問いかける。なんとなく、誰かに聞かれない方が良さそうな話題じゃないかと思ったのだ。
「新王国の兵士ですねー、ここまで来てるとは思ってませんでした」
「新王国……」
「ここ数年で急激に勢力を伸ばしてきた国です。もとはこの街から東に20日ほど行ったところにあった小さな国だったですけど、王が替わってから周りの国を次々占領して、この辺りで一番旧くて大きい国だったツエフ王国まで征服しました。今はツエフの元王都を王都にして、新王国と名のってます」
アモにしては珍しく一気に説明してくれた。暢気な口調が消えている。
「戦争大好きでヤバい国って感じ?」
「そですねー。兵士も気が荒くて、租税の取り立ても厳しいみたいです。さっきのはたぶんショバ代で揉めたんでしょう」
ショバ代……ヤクザの方が近かった。
「今、新王国はずっと東にある皇国と戦争してるって話です」
皇国……聞いたことがある?
「そっか! あの美形が言ってた王子サマだ」
「おうじさま?」
「そう。皇国の王子サマを探してくれって頼まれたんだった」
「はあ、それが塔の盟約だったんですね」
「そういうことに……なるのかなあ。でも別にどうしてもやらなきゃならないっていう気はしないけど」
「それはたぶんサヤさんの気持ちとは関係ないですねー。盟約は必ず果たされることになりますから、考える必要はないです」
そんなものなのか。
私の義務というわけじゃないなら、気楽だ。そのうちどうにかなるんだろう。
というより、まずはあの美形剣士と再会しないとね。
―――そうだ。
美形剣士だよ!
あの人、めっちゃ強かった。それはもう、怪獣レベルに強かった。
あの人だったら、魔物だってさくさく倒せるんじゃないの。
そしたらその魔物から魔珠とかいうものを集めて、金欠なんて吹き飛ばせる! はず!
「わぉ」
思わずガッツポーズ。
待ってろ、私の串焼き!
一人で妄想爆走した私をアモは生暖かい目で見ていた。
それはさておき、もう少し情報収集したい。
「その新王国が戦争してるなら、この先も危ないんじゃない?」
「いえー。皇国はずうーっと東ですし、戦場も大峡谷の向こうらしいですから、まだまだ遠いですねー」
距離の単位って無いのか?
ずうーっととかまだまだとか、幼稚園児並みの表現だ。
さっぱり距離感が掴めない。
「歩くとどのくらい? その大峡谷まで」
「はあー。歩くですか。百日くらいですかねえ……」
三ヶ月―――想像がつかない。
一日30キロ歩くとして、3000キロ。
地球一周が40000キロ。
一周の13分の1……ますます分からなくなった。
かなりの距離なことは確かだ。
「皇国ってとこまでは?」
「そうですねーその5倍くらいですか」
ほぼ地球半周。
「そんな遠いとこと戦争してるの? 世界大戦!?」
こんな中世後期レベルの文明で世界大戦なんて冗談としか思えない。
アレキサンダー大王の遠征だって、チンギスハーンの侵略だってざっくり言えば局地戦だ。
本物の世界大戦は、20世紀に起きた第二次大戦だけだ。それは戦艦と航空機の戦争だった。
「戦争は、実際には見たことないのでー、わかりません」
そうだよね。
わざわざそんな危ない場所に行こうなんて普通思わない。




