14 アモの仕事4
微ホラーエピソード終わりました
目の前がきらきらしていることに気づいてアモに視線を戻す。
アモは片手に小瓶を、片手に小さな筆を持っている。光を放っているのは筆先だ。小瓶の中身はおそらく峨山で集めていたイソとかいうものだろう。
墨のごとく真っ黒だったイソは、瓶から出すと集めた時に戻るかのように光り出す。
その光る筆先で、アモは煙出しに向けて字を書いた。いかにも文字っぽかったけれど、私には全く読めなかった。なにしろ空中だし書かれるそばから溶けるように消えていく。
きらきらが消えると、煙出しにいたモノの気配もすっかりと消えていた。
アモは呆然としている村人達に軽く頭を下げると、そのまま家を出た。私も慌てて後を追う。
家の前の広場には、不安げな面持ちの村人が何人も集まっていたけれど、誰も口をきかなかった。
子供の姿がないのは、家に留め置かれているからだろうか。
子供には見せたくない出来事なのだろうな、と思う。
村人が共有している罪悪感や恥の意識を感じて、なんだかげんなりした。
アモは村人達を無視して広場の祠に向かう。軽く頭を下げてお祈りする。お祓いの報告でもしているのだろうか。
そのアモの元に、さっきの家から出てきた村人が歩み寄り小さな包みを手渡した。
アモは黙ったままそれを受け取ると、私を見た。
「行きましょう、サヤさん」
真っ直ぐ村の外へ向かう。
あれでおしまいなんだろうか。アモは村人にもやることがあると言ってたけど、それについては一切指示出ししなかった。
そういうもんなのか。
アモの仕事については、むしろ謎が深まったような気がする。
「少し急ぎますー」
村を出るとアモはそう言って早足になった。
「どしたの? なにか都合悪いことでもあった?」
村人に追われるとか……
「そうじゃなくー、明日には雨が降ります」
は? それって確定情報なのか。
「雨になる前に次の街に着きたいです」
そりゃそうだろうけど、天気予報を予定のように言われるのにはどうにも違和感がある。
「雨が降るって、どうして分かるのかな」
「え……」
絶句されてしまった。なんでだ。
「えーと、明日の朝、太陽が昇るってこと分かりますよね」
「うん……そうだね」
「それと同じですー。同じ空のことですから」
気象と天体を同列に語られてしまった―――そうか。天動説で言うなら、同じであってもおかしくはないのかもしれない。
地上の水が水蒸気となって大気を廻り、冷やされて雲となり雨粒となって再び地上に降りそそぐ―――ここは、そんな理屈すら通用しない世界なのだ。
もしかしたら日の出や日の入りと同じように、いつどこで雨がどれだけ降るかも決まっていたりするのかもしれない。逆に日の出が決まってなかったりするのかも……考えてたら混乱してきた。
これはもう、聞いたことは素直にそのまま受け入れるのが良さそうだ。
少なくともアモにはわざと騙そうなどという意図は無いだろうから、小学生になって勉強していると思えばいいか。
あまりにも常識が違いすぎて、色々なところで躓く。
今までより早足で道を急ぎ、夕飯もそこそこに寝んで夜が明けるとすぐ出発した。
それでも昼過ぎに雨が降り始めた。
霧のような細かい雨だったけれど、小一時間も歩くとずぶ濡れになった。全く雨対策をしていないのだから当然だ。
それに雨足もだんだん強くなってきている。
さすがに寒い。気温自体も下がっていそうだ。
びしょびしょの髪から滴る水を払いながら歩き続けていると、雨の向こうになにか大きな物の影が現れた。
近づくとそれは大きな物体ではなく、城壁だった。
ヨーロッパの古い街にあるような、石を積んで造られた城壁。そして城門。
とは言っても城壁の高さは1.5メートルそこそこ、門は左右に柱を立てて造られた木造だが。
それにしてもこれは街だ。初めて見る街。
「街もあるんだ」
思わず本音が出た。この世界には、縄文時代よりちょっと進んだレベルの村しかないんじゃないかと思っていたから。
「ありますよー。ここはトムントの街。峨山の麓に一番近い街だからそんなに大きくはないですけど」
そうなのか。
残念ながら雨のせいで街の規模がどれくらいなのかはよく分からない。
城門の横には門番らしき人が立っていたけれど、鎧を着た兵士ではなく普通の村人Aみたいな格好だった。どうやら専業の兵士などはいないレベルの街であるらしい。
それでも門番は一応アモになにやら話しかけ、アモは札のような物を出して見せていた。門番は納得したらしく、私共々特に誰何されることも無く門をくぐった。
「宿を探す?」
「宿は決まってますー。ここにもアモの寄り合い所がありますから」
そう言ってアモは、門からほど近い一軒の家に向けて歩き出した。
今まで見たことのない二階屋だ。
ハーフティンバーに近いような、石積みと木組みの混在した建築だった。
一気に文明のある世界へ来たような気がした。
「こんにちはー」
相変わらずノックとかの挨拶は無しに扉を開けて、アモは二階屋の中へ入っていった。ノックという習慣は無いらしいと決定。
びしょ濡れのままで良いのか、と思ったけれど私も続く。
中は土間ではなく石の床で、窓があるのか仄明るかった。
「あら、久しぶりねー」
アモに声を掛けながら奥から出てきた人は、私を見て固まった。久しぶりに見たな、この反応。
二十代くらいに見える女性だが、この人もアモの同業者なのだろう。
「宿、お願いしますー」
相手の様子をガン無視して、アモは言った。マイペースにも程がある。
「あ……、ええと、峨山の仙女さま……でいらっしゃいますよね」
おそるおそる、という感じで問いかけられたので、
「はいはいはいっ、そうです。よろしくお願いしますねー」
と手を振ってなるべく明るく返したけど、ちょっとやりすぎたか。退かれてる気がする。
「わ、分かりました。今、お部屋ご用意します」
そそくさと奥へ引っ込んでしまった。
梯子に近い狭くて急な階段を上って、二階へ案内された。
三畳くらいの小さな部屋だが、なんとベッドがあった。小さな窓もあって明るい。
やっとRPGの舞台なファンタジー世界に近づいた気がする。今までの家はどちらかというと世界の秘境探検番組レベルだった。
手拭いサイズの布を一枚貸して貰ったけれど、顔を拭いたらびしょびしょになってしまった。布は貴重品だから、大判のタオルなんか無いのだろう。そもそもタオルはかなり特殊な織物だし。
それにしても服も髪もまだびしょ濡れなんだが。と思いつつアモを見ると、濡れた服を脱いでその辺で絞って拡げている。濡れたカバンも床に放置だ。木の床に水たまりできてるんですけど……漢らしすぎる。
元主婦としては抵抗感ありありだったけど、仕方なくアモと同じように服を絞り、手拭いで髪を拭いては絞った。
部屋の床は盛大に雨が吹き込んだみたいになってしまった。下に水漏れしてないといいけど。




