11.月の影で泣く君へ 4.28.2025
いつも通り開け放しにした窓から、いつも通り体を滑らすようにしてチサクが入ってくる。
もしチサクが他の人の目にも見えていたら、きっと警察にでも通報されているだろうな、と現実逃避をしてみる。
「ね、そんなに寂しい?」
よほど俺はぼんやりしていたらしい。
いつのまにかチサクは俺の目の前、それこそ互いの瞳の中に自分が見えるほどの距離にいた。
「……何が。」
俺は何も分かっていないフリをしてみたけど、震えて硬い声色しか出てこず、チサクは哀しそうに眉を下げる。
チサクはまるで、他人事であるかのようにごめんねと呟いた。
「……何が?」
俺から出るのはやっぱり震えた硬い声だけだ。
チサクはそんな俺に何か思うことがあったのか、返答がない。
俺はこの沈黙をどうにかしたくて、口を開こうとする。
俺と最期まで一緒にいてくれてありがとう。
貴重な時間を割いてくれてありがとう。
満足な時間を渡せただろうか。
好きだよ。
きっとすぐに会いにいけるはずだから、待っていてほしい。
言いたいことは沢山あるはずなのに、何から話せばいいから分からなくなってしまう。
俺は口を開いては閉じてを繰り返す他ない。
もう時間はないのに。
しばらく痛いほどの沈黙が続く。
2人揃って外を眺めていると、チサクが不意にこちらを見た。
「ね、来月の新月の日さ、私の部屋、きてよ。」
「…………部屋で、遊ぶの、か?」
俺は遊びの誘いであってほしいと、ありえないことを口に出す。
俺の一言一言はもはや願望の塊になっていく。
「……んーん。私は、どう、だろうね。」
チサクはまた外を眺め始めた。
チサクの顔を見るだけで涙が出そうになる。
それでも俺はもしかしたら最後かもしれないと、チサクの横顔を見つめた。
どのくらい時間が経っただろうか。
チサクの頬に一筋の涙が流れ始めた。
静かな涙だ。
それでも止め処なく溢れていく。
あっという間に涙はこぼれ落ちて、チサクの白魚のような手を濡らした。
チサクは瞬きもせず、どこか1点を見つめ続ける。
俺の体は自然に動いていて、チサクを抱きしめた。
チサクの腕は緩慢に動いて俺の腕に添えられる。
それでもチサクは空虚な瞳のまま涙を流し続ける。
いつの間にか俺も泣いていた。
どうしたらいいんだろう。
どうしたら、チサクの瞳に写る最後の俺は、かっこよく笑顔を浮かべるだろう。
どうしたら、俺の瞳に映る最期のチサクは、花の綻ぶような笑顔になるだろう。
どうしたら、どうしたらいいんだろう。
「はー!泣いてスッキリした!」
しばらくすると、目元はまだまだ赤くなった目のまま、チサクは無茶苦茶な笑顔を浮かべて、俺の腕の中から出ていく。
俺は、まだ、スッキリしてないんだけどな。
「ねね、これって話題になってたやつだよね?!」
チサクは無理して作ったような明るい声と笑顔で、俺の机に置き放しにしていた本を手に取る。
「……うん。この前、そのミステリーがすごい!で受賞してて、面白そうだなって。いいよ、再来月くらいまで貸してあげる。」
チサクは瞳を大きく見開いて、哀しそうに目を伏せる。
なんでそんな顔するの。
「んーん。次に会ったときに借して?」
「わかった。いつでも貸すよ。取りに来て。勝手に持って行ってもいいし。」
「おおー!面白い!」
「そんなさっと読んだだけでわかる物なの?」
俺、途中まで読んだけど、難しくて2周目しようと思ってるのに。
「全然わかんない。言ってみただけー。」
そののんびりした声にどちらからともなく笑いが漏れる。
この笑顔がきっと、俺の瞳に映る最期の君になる。
分かっていても、また来るみたいだ。
来月も再来月もずっと新月の日が、来るみたいだ。




