第二章 能力2
グリッドマン大佐と話し合い、その日の仕事を終えて帰宅すると、普段嗅ぎ慣れていない匂いが漂っていた。
ヘレナが突然料理を始め出してから二週間近く経とうとしている。今日も学校から帰宅するなりルナから料理を教わっているのだろう。匂いから察するに、今日は新しい料理に挑戦しているらしい。
「あ、ハロルド! お帰り!」
食堂へ向かうと案の定ヘレナが厨房にいて、こちらに気が付くや否や振り返ってそう言った。
「ただいま。今日は何の料理に挑戦しているんだ?」
「芋の煮っころがし。アルダードの伝統的な食べ物なんだって」
「どうりで嗅ぎ慣れない匂いだったわけだ。まずは手ごろな料理から始めてるようだが、どうだ、上手くいってるか?」
ヘレナにそう尋ねると、後ろからルナがやってきて代わりに話す。
「初めてにしては筋がありますね。教え甲斐があります。今日の料理も火加減や具材の入れ方など工夫が必要なのですが、割とテキパキこなしています」
「そうか。なら早速夕食を食べても良いか? 実を言うと、仕事終わりでかなり腹ペコだ」
「今日のはね、結構自信作だよ。ルナからもお墨付きもらったんだから」
「お、それは楽しみだな」
料理を始めたての頃は残念な出来のものもあった。けれど、最近は確かに腕が上がっているように感じる。今日は自信作ということなので期待したい。
「それでは、準備しますので席についてお待ちください」
食事が机に並べられていく。ヘレナが作った料理は一品だけだ。流石に夕食を全て作れるほどの腕前にはなっていない。
早速ヘレナが作った料理に手を伸ばしてみた。
うん、芋にはしっかりと火が通っていて柔らかい。味も染みていて美味しい。自信作というだけのことはあるな。
「おぉ、美味いな。本当に一人で作ったのか?」
「そりゃアドバイスとかはしてもらったけど、ルナは手を出してないよ。正真正銘私の手作りなんだから」
「この調子なら、私がいないときの食事を任せられるかもしれませんね。男性に厨房を任せると大抵は碌なことになりませんから」
「本当? ルナにそう言ってもらえるのは嬉しいなぁ」
「お、俺だって飯くらいは作れるぞ」
「野戦向きの食事を料理というのは流石に無理があるかと。それとも、あなたも料理を教わりたいのですか? 私としては仕事が一つ減るので構いませんが」
仕事から帰ってきて料理は……流石に骨が折れる。俺が雇ったわけじゃないが、メイドとしての仕事は全うしてもらわないとな!
「よし、メイドとしての仕事に励んでくれ」
「あら、残念です。それはそうとして、実はあなたに話しておきたいことがあるのです」
「話しておきたいこと?」
「あなたの都合が合う時で良いのですが、私の実家に来て頂きたいのです」
ルナがそう言った途端、ヘレナが持っていたスプーンを落とした。ヘレナに視線を向けると顔が青ざめている。
「えっ……今、何て……」
「おいヘレナ、スプーン落としてるぞ。どうかしたのか?」
「あ、いや、その……」
口ごもってしまったヘレナはわなわなと震えながらスプーンを拾い上げていた。何があったのかはわからないが、ルナの言葉が気になる。
「それで、何が言いたい」
「昨晩プルートさんと話したのですが、ヘレナさんの能力に関して私たちが力になれるかもしれないと考えたのです」
「ヘレナの能力に関して力になれる?」
「ヘレナさんの能力研究施設はもうじき開設されます。そこで研究が行われるにあたって、あなた方の噓が露見してしまう危険性を未然に防ぎたいのです。私たちが持っている情報とプルートさんが持っている情報を照らし合わせ、余計な事故を防ぐべきと考えました」
「やけに気前が良いな」
「プルートさんから直々にそう頼み込まれました」
プルートも目ざといな。せめて俺に相談くらいしてほしかったが、この際は気にしないでおくか。ルナがこうして話してきたということは、俺がプルートにそう頼んだと考えているのだろうな。
「え、どういうこと? ルナの実家に行くってそういう意味なの?」
「多少言葉足らずでしたね。ヘレナさんにも実家に来てほしいと考えています」
「えっどういうこと? 私の為ってことなの?」
「そうです。プルートさんはヘレナさんの能力について非常に詳しいです。また、私の実家には公開されていませんがそういった資料があります。お二人の助けになることでしょう」
「あっ……。ご、ごめんね! ちょっと早とちりしちゃったよ~。な~んだ。そういうことなら全然大丈夫!」
そう言いながらも、ヘレナは安堵したかのようにため息を大きく吐きだしていた。
「そうか。それは助かる。俺もその件については何かしら手を打たないといけないと考えていたからな。今週末に連休がある。ヘレナもその時は休みだったはずだよな?」
「うん、学校はお休み」
「よし、なら今週末の連休に行くとしよう。ルナもそれで大丈夫か」
「えぇ、構いません」
「少し確認だが、実家ということはルナの両親がいるよな。俺たちのことをどう説明するつもりだ?」
「母はあなたのことをすでに知っています。父には……客人とでも伝えておきましょう。今週末に訪れることを伝えておけば、あとは勝手になんとかしてくれるはずです」
なんで父と母で対応が違うんだ? それに勝手になんとかしてくれるって随分とぶっきらぼうだな。一応信頼しても大丈夫ということか?
警戒するべき内容は相応にあるが、プルートの提案を簡単に蹴るような真似は流石にしないだろう。それに、母親がこの件を知っているということは関係者なのだろうな。
「分かった。今週末までに荷物をまとめておこう。流石に一日二日で何とかなるような感じじゃないしな」
「えぇ。それと、軍には内密でお願いします。あなたも余計な火種を持ち込みたくはないでしょう? 私としても情報の拡散だけは避けたいのです」
「分かった。まぁ、もとより軍に伝えるつもりなんか微塵もないが」
「念のためです」
ルナもルナで警戒をしているということか。俺たちを生かすという手法をとっている以上、ルナも相応の覚悟を持っているようだ。
「ルナの実家ってどこにあるの? 泊りがけってことは結構な距離があるってこと?」
「イドゥールという場所にあります。首都への道のりのちょうど中間あたりにあるので、距離自体はそれほどではないです。ですが、交通の便が少し悪いので時間が掛かるのですよ」
「へぇ~。イドゥールか。最近やった地理の授業で聞いたことあるよ。大きな湿地帯があって観光で賑わってるんだっけ?」
「えぇ。先祖代々その土地で生活してきました。思い入れのある場所です」
「ルナって言葉遣いとか礼儀とかすっごい丁寧だから、もしかしてどこぞのお嬢様とかだったりする?」
「さぁ、どうでしょうね。行ってからのお楽しみです」
ルナはヘレナの鋭い質問を冷静に受け流しながら食事を進めた。
ヘレナのそういうカンは冴えている。俺とプルートが必死に探し出した内容を見事に当て切っていた。ルナの素性についてまだ話していなかったが、早いうちに話しておくべきか?
芋の煮っころがしに再び手を付けながらそう考えていた。




