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序章2

 不思議と彼女の言っていることが嘘とは思えなかった。それ以上に、俺の本能と好奇心が彼女を殺すべきではないと警告していた。


「……殺しはしない。だが、まずは話を聞きたい」


「分かった……」


俺と彼女は近くにあった木の洞に身を寄せた。二月の気温は低い。それにいつトリトン軍がやってくるとも限らない。突っ立っているより何倍もマシだ。


「兵器とはどういうことだ」


 俺は単刀直入に聞く。


「兵器を壊す兵器。私の声が響く範囲にあるありとあらゆる武器は例外なく壊れるの。爆弾は不発になり、銃身は錆びつきひび割れ、刃物は粉々に砕け散る。この撤退戦を成功させるために投入された最後の切り札って言えば聞こえは良いけど、私自身は未完成品」


 投げやりな言い方だった。


 あまりにも現実離れした兵器だ。本当にそうならこんな状況にはなっていないはず。そう疑問に思いながらも俺は質問を投げかけた。


「何か信用に足る証拠はあるか?」


「そのうち分かるようになると思うけど、今すぐに知りたいのならあなたの持ってる武器でも確認すれば良いよ。間違いなく壊れてるから」


「武器と言っても近接用のナイフしか……」


 そう言いながら俺は腰に携帯しているナイフを引き抜く。そして、絶句した。


 引き抜いたナイフは柄しか残っていなかった。何が起きたのだと鞘の中身をひっくり返すと細かい金属片が砂のように零れ落ちてきた。


 その時、彼女が言っていた言葉を思い出した。声が響く範囲にあるありとあらゆる武器は例外なく壊れる。刃物は粉々に砕け散る。そして戦場に響いたあの甲高い悲鳴。


 全ての辻褄が噛み合っていた。戦場が静寂に包まれたのも、彼女が悲鳴を上げたから。トリトン軍はまだ制圧しきっていない。そして、彼女が途轍もない兵器であることが分かった。


 だが、それと同時に疑問もいくつか浮かぶ。


 撤退戦はどうなった? 何故味方の武器も壊れる? なぜ彼女は殺されようとしている?


 眉間に皺が寄りながらも切り出す。


「……あぁ、理解はできた。あんたの言う通りならトリトン軍は今、足踏みを強いられている状態ってことか?」


「銃声が聞こえないってことは多分そういうことだと思う」


「だが、軍はあんたを殺しにかかっている。あんたさっき鹵獲されるのを防ぐためって言ってたな。今の状況は回収する時間を確保できないくらい短い期間。そういうことなのか?」


「多分ね。私を回収したくても、時間と人手が足りないから諦めたんだと思う。少なくとも、私が死ねば利用されることはなくなるから」


「俺の武器が壊れているのは何故だ」


「私の悲鳴は無差別なの。敵味方関係ない。それに、私の近くで悲鳴を聞いた人間は意識が無くなるからこうして逃げられたってわけ」


 ここら一帯の武器を壊して侵攻を止めたって凄過ぎだろ……。軍が彼女を使った理由がよく分かる。


 もしや、これは不幸中の幸いではないか? 彼女を上手く使えば生き延びられるかもしれない。


 いや、ダメだ。どうあがいても助かる未来が見えない。


 戻ることはできないし、ここに留まればトリトン軍に俺は殺され、彼女はきっと鹵獲されるのだろう。


 吐きたくなるような現実が目の前にあった。どうせ死ぬのならば、二人で敵軍にでも突っ込んで華々しく散るかというヤケクソな考えが一瞬頭をよぎる。


 けれど、彼女の兵器としての力は何かに使えると本能が訴えかけていた。何でも良い。何か情報が欲しい。もう一度通信機を手に取って、何か新たな情報がない確認する。すると、俺が所属している部隊に向けて通信があった。


 しかしそれは命令ではなく、通信しているのに気が付かないまま誰かと話している様子だった。俺は耳をそばだてた。


『――しかし、本当に良かったのでしょうか。第一特工の全滅前提の足止め――外部の者に知られたら――』


『もともと戦闘――ない部隊だからな。肉壁として使えるなら――問題はない。撤退戦で成果を残せば勲章ものだとおだてれば簡単に動いてくれた。作戦が成功するはずないとも知らずに、全く馬鹿な奴らだ。――のお気に入りも始末できたと考えれば――よ』


『――はやけに執着していましたね。つまり、好都合ということですか』


『そうだ。――を良く思わない上層部の一部はこの件を喜ぶだろうさ。全くこんな状況でも権力争いとは――も腐ってるな。とばっちりを受けるこっちの身にもなってくれってもんだ』


『あとは例の件を片付ければ問題は――なりますね。今日も徹夜になり――』


 なん……だと……!?


 成功するはずがない作戦を展開していた……!? しかも、俺たち第一特工が気に食わないから死地に送った!?


 ふざけている……。上層部の下らない権力闘争に俺たちを巻き込むだけでは飽き足らず、もみ消そうとしている奴らもいるのか。


 俺たちの命を何だと思っているんだ……。俺は仲間の命尽き果てるその姿を、この目に焼き付けたんだぞ。クソったれがっ!


 そんな薄汚れた目的のために俺たちは動いたのではない! 最後の仲間が俺に生きろと言ったその言葉を違えるわけにはいかないのだ!


 俺は怒りの余り通信機を力の限り握り込んだ。金属製の通信機は歪んで音が出なくなり、握りしめた手のひらからは血が滴った。


「今の通信、酷い言い草だね。上がそんな考えなら私の処分も理解できるよ」


 彼女は俺を憐れむかのようにそうつぶやいた。


「……あんたのおかげで状況はよく分かった。だが、今の俺はあんたに何もしてやれそうにない」


「いいよ、私の帰る場所はもうないから。どうにかしてアルダードとかに逃げられれば良いんだけど流石に、ね。私の能力がいくら強くても永遠と声を出し続けられないし、私自身は非力。きっとこのまま敵軍に捕まってろくでもないことを……」


 彼女はそう言いながらうっすらと涙を浮かべていた。


 彼女の顔が涙で歪みかけた時、頭の中で強烈な何かが走った。そして、細くなりかけていた瞳がくわっと開く。


 その光景は先ほど見た走馬灯の続きだった。両親が亡くなり俺に残された唯一の身内である妹の最期の姿があった。


 妹は息を引き取る直前に、彼女と同じようにうっすらと涙を浮かべこう告げた。「私のような人間が二度と現れない世界であってほしい」と。


 悲しかった。


 悔しかった。


 大切なもの全て奪っていった戦争が憎たらしかった。


 大粒の涙を流しながらも歯を食いしばり、両手を力の限り握りしめた記憶が蘇る。


 そして、妹の最期の言葉を実践し、家族を死に至らしめた戦争を終わらせようとしたこと。そして、軍に居続けたことを猛烈に思い出した。


 俺は絶対に死ねない。俺がここで死ねば妹の最期の願いを叶えられない。


 理不尽で、不条理で、絶望しか詰まっていないこの世界で、唯一の道標が妹の遺言を叶えること。たったそれだけのために何もかもを耐え抜いてきたのだ。


 彼女に視線を向ける。


 俺の切り札は彼女しかいない。軍などもはや信用ならず嫌悪の対象でしかないが、彼女の力だけは本物だ。


 軍は俺たちの部隊を見捨てた。彼女も同様に見捨てられた。そんな中で俺たちは出会ったのだ。これは決して偶然の出会いなどではない。俺に生きろと何かが囁いているのだ。


 軍が捨てた彼女を、俺は何としてでも使いこなしてやる。仮に使い潰してぼろ雑巾のようになろうとも俺は一向に構わない。


 妹の遺言と仲間たちの遺志を継ぐためなら、どのような犠牲すらも厭わない。


 そう思えるほど俺の中で尋常ならざる生存欲求が沸き上がった。


 再び俺の眉間に皺が寄った。かつてないほどに頭が高速回転しているのがよく分かる。生き延びるために必要なことは何か。今まで得た情報を一気に整理してまとめる。


 時間にしてみればほんの数秒だったのだろう。これほど頭を使う経験は後にも先にもないと思えるほどの集中力だった。そして、彼女の頬に涙が垂れる頃に、俺は一つの方法にたどり着いた。


 しかし、一つだけピースが埋まらない。あと一つ確定的な情報が欲しい。


「一つ聞きたい。トリトン軍にあんたの能力を知っている奴はいるのか」


「いない。私の存在と能力は軍の中でも極秘だったから。仮に漏れているならこんな悠長なことやってないよ」


「つまり、あんたの能力をきちんと把握している奴はルダティアの軍部、それも一部を除いていないってことなんだな」


「そうだけど、それがどうしたの?」


 よし、これさえ分かればできればこの状況をなんとかできる。後は彼女を説得するだけだ。


 神妙な表情をしている感覚を覚えた。そして、彼女の顔をしっかりと見据え話し出した。


「聞いてほしい。今の状況を何とか出来る方法を思いついた」


 しかし、彼女の顔色は依然として変わらない。


「ありがとう、虚勢だとしても嬉しいよ」


 俺は顔を横に振った。


「違う。正真正銘、本当に思いついたんだ。俺たちが生き延びる道、それはトリトン軍に捕虜として捕らえられることだ」


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