私は今日も彼を試す
私の従者は美しい。銀色の髪、琥珀色の瞳。色白なのに、骨格はがっしりとして、男性なのだと意識させる。
彼、ライは私を見つめる。ひどく熱のこもったそれに、私は自然と身体が熱くなる。いつからだろうか。気づいたらそうだったとしか言いようがない。
私は婚約者である王子のことが好きだった。しかし、いつのまにか、夢に出てくる男性はライに変わって行った。その時に気づいたのだ。私は彼のことが好きであるのだと。
しかし、彼は何も言わない。言えない、が正しいのだろう。私は今日も彼を試す。
「ライ。今日もあの方は、あの生意気な男爵令嬢と一緒におりましたのよ?私というものがありながら、破廉恥ですわ」
「お嬢様、おかわいそうに。殿下の目は曇ってらっしゃる。それを晴らして差し上げないと」
嘆くふりをすると、彼の機嫌はあからさまに落ちる。貼り付けたような微笑みに瞳がギラギラと輝く。喰らいつかれそうなそれに、ゾクゾクする。
「私めをお使いください。あなたの手となり、足となり、お好きなように制裁いたします」
ああ、あなたは従者の鏡だわ。そんなもの捨ててしまえばいいのに、あなたは律儀に私に忠実であろうとする。
「ライ……。いいえそれは許しません」
そう__許さない。
「あなたは私のものです。その身体が、心が傷つけられることを私は許可いたしません」
私は何度も言い聞かせる。あなたが離れていかないように、私以外に目を向けないように。彼の瞳は雄弁だ。私への思慕と殺意が揺れているのがわかる。
学園での私は、孤独だった。学術、魔術、すべての成績上位に入らなければいけなかったし、取り巻きはそんな私の外側を慕っている。正直、ライが傍に控えていなかったら、逃げ出したくなったかもしれない。
だから、初めの頃、利用してやったのだ。私の手を汚さず、あのうっとうしい男爵令嬢に制裁をさせた。もちろん、直接的に言ったわけではない。そう、ただ私は嘆いて見せただけだ。もっとも、もう欠片もそんなことに興味はないが。制裁はエスカレートしているという。
私はそれすらもどうでもよかった。
実家の悪事が暴かれている。それを知ったのは、信頼する使用人がお嬢様だけですよ?旦那様には秘密です。と教えてくれたからだ。
そうして、運命の日はやってくる。
創立記念パーティーでの殿下による、婚約破棄、そして実家の悪事の糾弾。令嬢の身分を剥奪された私には、もう自力で生きていくすべは残されていなかった。だって身一つで何をしろというのだ。私は外の世界を知らなさすぎた。
「ごめんなさい。あなたたちを守ってあげられなくて」
ライにかけた言葉は嘘ではなかった。私は、本当にこんな私に尽くしてくれた彼ら使用人を大事にしていた。私にできるのは彼らが次の仕事につき、幸せになることを祈るだけだ。
「お嬢様、私などよりも、ご自分の心配をなさいませ。さぞ、悔しかったでしょう?悲しかったでしょう?いまこそ、私をお使いください。復讐でもなんでもいたしましょう」
「なんでも?なんでも聞いてくれるの?」
「もちろんです」
ライ。かわいそうなライ。あなたは優しすぎる。こんな結末になってまで、私に忠実であろうとするなんて。だから、私は彼を試すことにした。
「見捨てないで。傍にいて。ライに傍にいて欲しいの」
正直賭けだった。彼にとって旨味なんてまるでないお願いだ。しかし__私は賭けに勝った。
私を強く抱きしめる彼に陶然とする。私はこれが欲しかったのだ。
「全てはあなたの責任ですよ?」
「息苦しいほどに、傍にいて差し上げます。もう、逃がしません」
なんて甘美な言葉なのだろう。私は彼にすがりつく。どうせ、この身はライに見捨てられたら死のうと思っていた。彼が私をどんな風に扱ったってかまわなかった。だって、好きなのだ。なんなら、今死んでもかまわない。そう思えるくらいに幸せだった。
「一緒に行きましょう」
彼の甘やかな誘いに頷く。彼の手は、見慣れた空間転移の陣を描いている。これから、どんな場所に連れていかれるのかわからない。でも、いやだからこそ、私はもうひとつ貪欲になってみることにした。
彼は、きっとそこで私に今まで見せなかった本性をあらわすでしょう。だから、どうか、私に愛を囁いて。寂しい暇もないくらい、好きと言って。
あなたの瞳は雄弁なのよ?と言ってあげようかしら。私は彼の首に強く腕を巻きつけた。
私の全てをあなたにあげる。だからあなたを私に頂戴?
祈る私の前で、転移の陣が完成する。
「ライ。好きよ」
転移の瞬間、私はそう言った。
その言葉だけが空間に響き、置き去りにされる。
そうして、私たちの姿は消えた。
そこにはもう、誰もいない。