女暗殺者の蹴りは男を抉る
俺の背後にいきなり現れた殺し屋・姫倪は、薄闇の中でも鈍く光る鋭い刃でピタピタと俺の首筋を叩いた。
「せっかく最高に上等な墓穴掘って埋めてやったのに。掘り出したバカぁ、アンタね」
あ、はい。すみません。
思わず謝りそうになったら、ウェンが会話に割り込んだ。
「埋めっぱなしで放置したアンタが悪いんだろうが。自分の横着を棚に上げるなよ」
「アタシは売れっ子なの。お前と違ってね。お前の処刑なんて端な任務、当然他の任務とカケ持ちよ」
「何が売れっ子だよ。ただヒトより影薄くて、背後とるのが上手いってだけだろ?」
「まさかそれ、正面からやりあったらアタシに勝てるって言いたいの?前 戦りあって死にかけたの、もしかして忘れちゃった?」
「よく覚えてるよ。けど、俺はあの頃のままじゃない。今 戦ったら勝負はわからないぞ」
「・・・へぇ、言ったわね。その挑戦受けてやってもいいわよ」
なんというか立石に水、まさに売り言葉に買い言葉。
ウェンの挑発に易々と乗ったジェンニの無言の指示に従って、俺たちは階段を昇った。
ただの直観なんだが。
もしかして、この2人って付き合ってたとか?
憎まれ口に、なんか親密さを感じるような・・・?
同じ一族って、まぁ全員親戚みたいなもんだだろうし。
幼馴染とかか?
俺は勝手にアレコレ想像を膨らませた。
先頭に立ったウェンが、屋上の重い鉄扉を押し開けた。
屋上は、四方を低いブロックで囲われただけの何もない場所だった。
日が沈んだばかりの空はまだ薄っすら明るく、照明がなくてもはっきり辺りを見わたせた。
ジェンニはあっさりと俺の背後から離れて、ウェンと堂々と対峙した。
背後に感じた凄味で、ジェンニは筋骨隆々の大女だと俺は想像していた。
だが実際目にした彼女は、スマートな東洋女性だった。
身長も俺より低くて小柄。
黒い野戦服を身に纏い、艶めくストレートの黒髪は短く切り揃えられている。
黒い瞳の目じりに施した隈取りだけが真紅で、とても鮮やかだ。
「見てたわよ。あの程度のアンドロイド倒すのにどんだけ時間かけてんのよ。お前もリウ一族の端くれなら最初の一撃で倒しなさいよ」
「一体いつから見てたんだよ。あいかわらずの覗き趣味だな。このヘンタイ女」
「気づかないお前が間抜けなのよ。このデキ損ない。お前みたいな役立たず、ここでアタシが引導渡してあげるわ」
「やってみろよ。簡単に殺れると思うなよ?それと、戦る前に一つ確認しときたいことがある」
「?」
「アンタのカケ持ち任務って、もしかして・・・」
ジェンニはちょっと意外そうに眼を見張ってからニヤリと笑った。
「あら、気がついた?そうよ、あの月の老紳士がアタシの依頼人。御老が記者と無事取引できれば、アタシの出番はなかったんだけどね」
え?ってことは?
「ついでいうと、お前のMデイビス暗殺任務のお目付け役もアタシ。まったく『子供が殺せない』なんて、ほんと甘ちゃんなんだから」
ジェンニの右手のコンバットナイフは、彼女の美しい指先でしばらく回転された後、野戦服のベルトについている皮のホルダーに鮮やかに吸い込まれた。
ジェンニは大振りのナイフをこともなげに操りながら、ウェンを埋めた理由を種明かしした。
「デイビスのスキャンダルは、万一暗殺が失敗した場合にと用意されてた次善の策なのよ。アタシは、お前の処刑と月の老紳士の取引の見届け役を兼任してるの。ホントはデイビス暗殺失敗の後すぐ、宇宙のステルスポッドの中でさくっとお前を殺ってもよかったんだけど、あっさり殺すのも芸がないでしょ?とりあえずお前を地面に埋めといて、こっちの任務を優先してたら、なんだか妙な成り行きになっちゃって」
なら、彼女のきまぐれで、俺は今生かされているんだな・・・。
もし、ウェンが暗殺失敗後すぐ殺されて、セントラルパークで出会うことがなかったら。
俺はさっきのビスクドールにとっくに殺されていただろう・・・。
「とにかく、お前を始末したらその子 殺って、ようやくこの泥臭い場所とおサラバよ。さぁ、退屈なおしゃべりはこのぐらいにして。戦闘を始めましょ★」
ボゴォ!
不意打ちのストレートパンチでウェンが吹き飛んだ。
老朽化して表面がザラついたコンクリートの上を、ウェンはゴロゴロ転がった。
ウェンは受け身をとってすぐに態勢を整えたが、唇は派手に切れてあっという間に鮮血があふれ、コンクリートに紅いシミを作った。
ガッ!ドガァ!
続けて、ジェンニは地面に伏したウェンの頭に容赦なく踵落としを仕掛ける。
ウェンはクロスした両腕で、かろうじてこの攻撃を防いだ。
しかし、ジェンニはウェンの両腕に右足を預けたまま、残った左足でウェンの右側頭部を蹴り飛ばした。
またしてもウェンは吹っ飛ばされ、ジェンニはフワリと地に降り立った。
――――――速い!
最初の右ストレートを放った瞬間、間合いを詰めるジェンニの姿を、俺は視覚でとらえることすらできなかった。
パワーではビスクドールには及ばないかもしれないが、速さでは間違いなく勝っている。
ウェンの身体能力も超人的だと思ったけど、ジェンニのそれはウェン以上だ。
「ほら、どうしたの?勝負はわからないんじゃなかった?」
「きったねぇ。ジェン、アンタ前より速くなってんじゃんか」
「より速く、より強く、より美しく。いい女は貪欲なのよ」
「これ以上強くなってどうすんのよ。アンタみたいな女、オスのゴリラだって引くってぇ!?」
ドゴォ!
ジェンニの回し蹴りがウェンの左顔面に炸裂して、またもやウェンは派手に転がされた。
なんかもう、一方的な展開だ。
ウェンは口内に溜まった血を地面に吐き出した。
左顔面への二度の攻撃で、ウェンの頬は紅く腫れ上がっている。
ボグッ!
顔面の血を拭う暇さえなく鳩尾を蹴り上げられ、とうとうウェンは地面に沈んだ。
「なんか言った?聞こえなかったんだけど、もう一回言ってくれる?」
その辺のグラビアアイドル顔負けの、完璧な微笑が怖い・・・。
足元に転がるウェンを見下ろしながら、ジェンニは腰の皮ホルダーからコンバットナイフを抜いた。
天頂にはいつの間にか新月がうっすらと浮き上がっていた。
ジェンニが振りかぶったコンバットナイフは、星明りを受けて不気味な輝きを放った。
カチッ。
安全装置を外す小さな音がやけに大きく響いた。
俺みたいな素人が割り込んでどうなるものでもないとわかってるんだが。
俺はポケットに忍ばせていた短銃を構え、最強の女暗殺者に銃口を向けた。
ジェンニの冴えた黒い視線に射られると、俺の心臓は痛いほど冷えた。
「なんのつもり?まさかそんなオモチャでアタシをどうにかできると思ってる?」
・・・無理なのは承知の上。
でも。
「ナイフを捨ててください。姫倪さん」
俺はへこたれそうな自分を叱咤して、劉姫倪に相対した。




