第17話:帰り道で
---
帰りのバスは、行きよりずっと静かだった。
疲れてうとうとしている子、隣の子と小声で話している子。
三日間分の疲れが、バス全体にぼんやりと漂っている。
私の隣には行きと同じく豊ちゃんが座っていた。
行きは二人でずっと喋っていたのに、帰りはずっと黙ったまま窓の外を向いている。
(昨夜から、ずっとこんな調子ね)
窓の外、田んぼと山の景色が流れていく。
それを眺めながら、昨夜のことを整理しようとしていた——でも、頭が混乱してうまくいかない。
昨日シンくんの手を握ったのは、仕返しのつもりだった。
一日中ドキドキさせられた分の、ちょっとした意趣返し。
でも今も彼の手のひらの温もりが残ってる。
(身体の年齢に頭が引っ張られてるのかしら?)
前の座席のシンくんの後頭部が見えた。
ぼんやりと眺めていたら、ふとした際にシンくんが振り返り、私と目が合った。
「愛鈴ちゃん、もうすぐ着くみたいだよ」
「そっ、そうね、ありがとう...」
シンくんはにこっと笑ってまた前を向いた。
シンくんはいつも通りだ。まるで昨夜のことなんてなかったみたいに。
(……はぁ、私だけドキドキしててバカみたい)
私は自分でもコントロールできない感情に困り果てていた。
---
学校に到着し、解散になると、みんながそれぞれの帰路へと散っていった。
私は豊ちゃんと特に示し合わせたわけでもなく、一緒に帰り道を歩いている。
でも、いつもならぴったり隣にくっついてくる豊ちゃんが、
今日は少しだけ距離があるように感じた。
(何か様子がおかしいわね?)
「豊ちゃん」
「え? な、なに!」
振り返った豊ちゃんの笑顔が、少しだけ固かった。
「……ううん、なんでもないわ」
普通を装おうとしているのは、わかる。
でも、彼女が何を考えているのかはわからない。
しばらく黙って歩いていると、豊ちゃんが立ち止まり口を開いた。
「ねえ、愛鈴ちゃん。私たちももうすぐ6年生だよね...。中学、どこにするか決めた?」
(中学、か)
正直、あまり考えていなかった。
「うーん、まだちゃんとは決めてないけど……ひとまず公立かな。シンくんたちと同じ学区だから、藤森中になるかしら」
「そうなんだ。私も藤森中の学区だから、一緒だね。私立なら受験があるから、そろそろから塾に通わないといけないかもって思ってたの」
豊ちゃんが、少しだけ表情を緩めた。
(確かに私立でも今なら受験なんて余裕だけど、家から遠いしそういうのは高校からでいいのよね)
「うーん、確かに私立の方が制服は可愛いけど、家から遠いし中学は公立でいいかなって」
「そうだよね。お金もかかるし私も公立にしようかな...」
「まだ一年あるし、もうしばらくはご両親と相談して決めてもいいんじゃないかしら?」
「そうだね。一回話してみる!」
私たちは今後の話をしながら二人で並び、また歩き始めた。
---
それからしばらく、なんということもない日々が続いた。
野外学習の余韻はいつの間にか薄れて、授業と休み時間が繰り返される普通の毎日に戻っていく。
豊ちゃんもいつもの距離に戻ってきた。
あの帰り道のことは、あれ以来触れなかった。
そうして2月が近づいてきたある日。
「ねえねえ、今年バレンタインどうする?」
休み時間、隣の席の子が友達に話しかけているのが聞こえた。
「渡したい子いるんだよね〜。でも手作りって重すぎるかな?」
「お店のチョコでも、気持ちが大事じゃない?」
「うーん……愛鈴ちゃんはどうするの?」
振られて、愛鈴は少し考えた。
「そうね……今年は手作りしてみようかしら?」
にこっと微笑むと、「絶対モテるんだろうな〜」と笑い声が上がった。
(バレンタイン、か)
愛鈴は窓の外に目を向けた。
(せっかくだから、少し面白いことをしてみましょうか)
小悪魔が、静かに目を細めた。




