3.入学式
壇上に立つのはコーネリア=セントリオ校長。
赤茶色の短髪に、強い意志を示すかのようなキリっとした目。
鼻の辺りには、過去の戦いで負ったのだろう傷痕が刻まれている。
他には薄っすらと皺もあり、それなりの年齢であることは確かなようだ。
体格はがっしりしていて、演台が小さく見えてしまうくらい。
両手をその演台の端につき、彼はやや身を乗り出すようにして再び口を開いた。
『さて……本日めでたくここにやって来れたのは、厳しい選考を見事合格した才能、或いは努力ある者たちだ。そのことにまず称賛を送りたい』
コーネリア校長は笑顔でそう語る。
……ただ、オレとしてはそこまで選考が厳しかったという印象はない。
選考試験は今から大体二ヶ月ほど前に行われたのだが、一般的な筆記試験に加え怪しげな機械による何らかのデータ測定、それに五分ほどの面談といった内容だった。
そして手応えもよく分からないまま一ヶ月が過ぎたところで、オレの家に合格通知が届けられたのだ。
何というか、その時は自分が合格したという実感が沸かなかったくらいで。
それでも多分、かなりの人数が振るい落とされたことには違いない。噂によれば、アトモス学園の志願倍率は毎年十倍を超えるらしいし、あの三つの試験には相当厳しい基準があるのだろう……生徒側からは謎だが。
『皆にとっては言うまでもないことだろうが、ここアトモス学園はイマジネーターを養成する唯一の学び舎だ。その歴史は古く、今年でちょうど百年になる。つまりきみたちは、栄えある学園百期生ということになるわけだな』
今年が百年目というのは入学希望者へのパンフレットにも書かれてあったし、他にも様々な媒体で宣伝されていた。それがオレたちにとって直接的なメリットになることはあまりないだろうが、大きな節目の年に入学出来たことは素直に喜ばしい。
『きみたちはこれから五年間、この学園でイマジネーターとして成長し、活躍してもらうわけだが、イマジネーターの適性年齢は長くとも二十五歳まで……つまり学園生活だけで半分以上の年月を費やすことになる。学園という定義ではあるが、実質的にここでの活動がそのままイマジネーターとしての活動であるという意識を持ってほしい。きみたちの行動が、時に大きな影響を及ぼすことにもなるとな』
それは道理だ。実際、学園卒業と同時にイマジネーターを引退する人が大半だそうだし、そもそも戦いについていけず中退してしまう人の方が多いらしい。
魔物と戦うことは、常に命の危険が付きまとうということ。憧れの職業だとしても、中途半端な覚悟ではやっていけないのだ。
『アトモス学園での生活は、きみたちにとってこれまで生きてきた環境とは全く異なるものになるだろう。嬉しいこともあれば、苦しいこともある。時には全てを投げ出したいと思うことすらあるはずだ。俺だってそういうときはあった。……しかし、きみたちは選び抜かれた精鋭だ。そしてロウディシアの未来を導く希望だ。それを誇りに思い、強く育っていってほしい』
コーネリア校長の話を、退屈そうに聞いている者もいれば、真剣な表情で時折頷きながら聞き入っている者もいる。
隣のルカは、どちらかと言えば後者の方。口元をぎゅっと閉じ、何かを決意したような面持ちで校長を見つめていた。
『……とまあ、あんまりお堅いことを言い過ぎても面白くないだろうな。ちらほら眠そうな顔も見えることだし。……それじゃあ、せっかくだからこの場で一つ、イマジネーターらしいことを披露してみるとしようじゃないか』
そう言うと、コーネリア校長はゆっくりと演台の前に移動し、それから左腕につけられた腕輪のようなものに指で触れる。
どうやらそれは何らかの機能を有した小型デバイスらしく、その簡単な操作によってちょうど校長の胸元の辺りに、本とペンが出現したのだった。
――あれが、ブースター。
『知っての通り、この本とペンをセットでブースターと言う。使用者の心を反映し、戦うための武具とするイマジネーターの必需品だ。アトモス学園が創設されるより約十年前、魔術工房がこいつを発明した……』
魔術工房イマジナル……イマジネーターを語る上で、こちらも欠かせない存在だ。
コーネリア校長が語った通り、ブースターを始めとした各種アイテムを開発・製造しているのが魔術工房であり、その技術力無しにはイマジネーターが誕生しなかったと言っても過言ではないはず。
当然ながら現在もアトモス学園と連携し、イマジネーターを支援するアイテム作りを事業の中核としている。
『それまでは一般的な武器と魔法とで魔物に対処するしかなかった我々人類だが、イマジネーターの誕生によって文字通り戦いが変わった』
まぶたを閉じ、コーネリア校長は精神を集中させる。
そして、
『――武具の王』
能力の発動を宣言した次の瞬間、彼の持っていた本とペンはそれぞれ、重厚な盾と剣に姿を変えていく。
光を反射して銀色に煌めくそれは完全な鋼鉄であり、先ほどまでの状態とは最早別物だった。
その光景を目撃した入学生たちは、一様に息を呑む。
これがイマジネーターの力なのか、と。
「あれって……」
オレはと言えば、他の入学生同様驚いてはいたのだが、一つ気になることもあった。
過去にオレとルカを助けてくれた女性も、武器を具象化するような能力だった。案外イマジネーターの能力って、そんな風に扱いやすいものになるものなのだろうか。
剣とか槍とか、直接的な武器だったらさぞかしありがたい気はするけれど……。
『ふっ!』
コーネリア校長が剣を振るうと、その一閃に風が舞い起こる。ほとんど最後列のこの場所にも剣風が届くくらいだから、前の方にいる入学生はさぞかし強風にあてられたことだろう。ただの剣ではなく、やはり斬撃の威力が強化されてとてつもないことになっているようだ。
『もちろん、これで終わりじゃあない』
剣を空中に放り投げると、それは光を放ちながら形状を変え、忽ち鋭い槍となった。完璧なタイミングでその槍をキャッチすると、コーネリア校長は目にも止まらぬ刺突を繰り出す。
その後も彼は次々に武器を変化させ、その何れでも見事な演武を披露してみせた。己の能力を知り尽くし、使いこなせている……どれだけの鍛錬を積めばあの領域まで辿り着けるというのか。
美しいまでの演武にすっかり魅せられてしまったが――いや、よく考えてみれば真に驚くべきはそこではなかった。
『ふう……こんなところか。あまり派手じゃなかったかもしれないが、そこは許してくれ。これでも四十五歳になっちまったもんでね』
そうだ。ついさっきイマジネーターの適齢が二十五歳までと言っておきながら、本人はなんと四十五歳なのだと言う。
能力が衰える時期を二十も過ぎているのに、あそこまでの力を発揮出来るのはきっと、とんでもないことのはずだ。
流石は学園の校長としてあそこに立つだけのことはある、というわけか……。
『きみたちはこれから、こうした特別な力を一人一人開花させていくことになる。ま、難しいことはあまり考えず、絶対強くなって皆を守ってやる! って気持ちでいてくれればいいさ。イマジネーターにとって、それが一番大事なことだ』
強くなって、皆を守る。
ああ、それは確かにとてもシンプルで、とても大切なことに違いなく。
『改めてになるが、君たちの入学を心より祝わせてもらおう。さあ、共にロウディシアの平和を守っていこうじゃないか!』
そんな激励で以て、盛大な拍手の中、コーネリア校長による開式の言葉は締め括られるのであった。




