309.前触れ
イース・ミュールにて式典が行われた日の夜。
コーネリアとジャンヌの元に、一人の男が帰還を果たした。
校長室の扉を開き、静かに入って来たその人物は。
以前まで抱いていた迷いを吹っ切った、真っ直ぐな眼差しを二人に向けた。
「……夜分遅くに申し訳ありません。メルシオネ=ゴードン、ただいま戻りました」
「おう、待ってたぜ。……とは言え、思ってたよりも早い帰りだったけどな」
コーネリアの言葉に、そうだねとジャンヌは頷く。
「良い目になって帰ってきた。……色々と得たものは多いようだね?」
「はい。お時間をいただけたおかげで」
自分自身を見つめ直し、鍛え直すための暇。
彼はその苦しみを越え、確かな意思と力とを手にしたのに違いなかった。
「ま、座りな。……ちょうどいいタイミングだった」
コーネリアはメルシオネに着席を促し、彼も了承して手近な椅子に座る。
「イレギュラー対策チームが二つ目の巡礼を終えたのはもう聞いてるか?」
「彼らから直接聞いてはいませんが、ここへ来るまでに耳にはしました。生徒たちの間でも、話題になり始めていますから」
「ハハ、確かに」
新入生チームが活躍し、新たに発見されたワールドスクリプトの危機を救った、という話は早々に広まっていた。
初めにエイヴスを救ってから、ロウディシア・タイムズの取材を受けて対策チームの注目度は学内でも急上昇している。それに、今回は二年生二人が最後まで同行した。彼らが――特にユベール=ホープが話好きなこともあり、イース・ミュールでの功績は多くの生徒たちの知る所となったのだった。
「とりあえず、ここまでは順調に巡礼を乗り越えられてきてる。ダインやイオナだけじゃねえ、チームの全員が十分な戦力を持ってるし、一丸となって戦ってくれたからだ」
「ああ。彼らは本当に良くやってくれているよ。本来であればもっと多くの支援が必要かもしれないと考えていたんだが、それを当てにせず見事に終末を退けてくれている」
それは、二人の掛け値なしの評価であった。
この計画を綱渡りだと表現する彼女らにとって、二つの異世界を大きな問題無く救えたのは、それだけで大変な成果だった。
無論、救えねば困るのには違いないが。
「……けれど、ここからが本当の戦いというやつだ。程なくして、この学園で一波乱起きるだろう」
「一波乱……ですか」
「避けようがない――というより避けるべきではない。預言の内容に沿えば、悔い改め、手を取り合わねばならないのだからね」
メルシオネには、預言の意味する具体的なところまでは分からない。
ただ、以前ジャンヌたちが明かしてくれた『ダインスレイヴ計画』については了解しており、その達成に必要なことなのだろうとは理解していた。
「そして訪れる、次なる試練――第三の巡礼で。彼らはこれまでどこか他人事のようにしか考えられなかった『世界の危機』を、辛いやり口で認識させられることだろう」
「一連の問題が、単にワールドスクリプトと称した個別世界だけの危機じゃないことを、ようやくアイツらは知ることになるはずだ」
世界の限界説については、コーネリアが一度話したことがある。
しかし、ダインたちにとって目に見える危機は出向く異世界の出来事だけだ。
ダインはまだ、心のどこかでロウディシアは大丈夫だと思い込んでいるだろう。
けれど、それが幻想でしかないことを――ロウディシアとて例外ではないことを、知る機会が訪れる……。
「信じていたものが覆され、一度は挫けてしまいそうになるかもしれない。けれど……それに屈することなく、チームの誰一人として欠けることなく、次なる試練を最良の結末で終えられることを、私は祈っているよ」
「欠けることなく……」
メルシオネもまた意識する。
自分たちは世界の命運を懸けた戦いの第一線にいて、自分や仲間の命がいつ失われてもおかしくないのだと。
昨年起きたフォルカチームの悲劇は、まだ記憶に新しい。如何に目覚ましい活躍をしていても、戦いとは決して常に勝てるものではないのだ。
「この計画において最も重要なのは、当然ながら彼だ。けれどね、私はあのチームだからこそ、全ての試練を越えられると信じている。あの子たち一人一人が物語の主役であり、世界を救う英雄に違いないんだ」
そんな切なる願いから、ジャンヌは彼らをイレギュラー対策チームとして集めた。
複雑な心が絡み合い、化学反応のような効果を起こして。どこまでも前へ進み続け、乗り越えていく原動力となる。
心を具象化して戦うイマジネーターとして相応しい、強き心で結ばれたチームを。
「……私も引き続き、微力ながら彼らを支えさせていただきます」
「ああ……頼むぜ。俺たちが――この世界に息衝く人々が、いつか新たな夜明けを拝むためにもよ」
夜明けという言葉の下、彼らは団結していく。
そして世界は、人々への試練とばかりに混迷を極めていくのである――。
*
「…………はい。特に問題はありません」
時計の針が頂点を過ぎた深夜。
ダインたちが語らっていた屋上に、一人の人物がいた。
その人物は、アトモス学園から支給されたものではない装置を使い、どこかへ連絡をとっている。
「……分かりました。全て、手筈通りに」
通信が切れたことを確認し、その人物は溜め息を一つ吐き。
独りで見る月に、言い表せぬ寂寥を感じながら――寮へと戻っていくのだった。




