292.立ちはだかる眷属
走り去っていくダインたちの背を見送りつつ、ユベールとシャーロットは戦闘態勢に入る。
後ろに付いたアルゴニオらイース・ミュールの者たちも同様に戦いの構えをとった。
「ボルノアで戦った眷属より、一回り以上大きいですわね」
「フ……そのくらいの方が、相手にとって不足無しというやつさ」
「私は楽な方がいいのですけれど?」
相容れない考え方の二人。我は強い彼らだが、信頼関係はあるし、互いにそれくらい違っていた方が面白いか、とすら思っている。
なので価値観のズレを理解しつつ、適度に互いが譲歩することで上手くバランスをとっているのがユベールとシャーロットなのだった。
「ま、やることは変わりませんけど」
「そう……僕のこの矢で穿つのみ」
「私の魔法で消し去るのみ、ですわ」
「ハハ、頼もしい奴らだぜ」
お気楽とも思えるやりとりを見ながら、アルゴニオは笑う。
……彼にしてみれば、終末ノ獣の眷属は逃げ出したくなるほどのバケモノだった。
いくら彼やセイルが強いといっても、それはイース・ミュール人としての基準。
星を滅ぼすような存在の眷属など、敵うわけもないと本能が理解している。
それでも、目の前の二人がいれば大丈夫だという、安心感が湧いてくるのだ。
「ええ、全くですね」
そしてそれは、セイルも同じ気持ちのようだった。
「正直アタイらは大した戦力にはならないけどさ。何をやれば助けになる?」
「そうですわね……やっぱり、注意を引いてもらうべきかしら」
「ああ……君たちは機動力がある。意識を分散させられればそれだけで助かるよ……」
「なるほど、そういうことなら任せな!」
言うや否や、アルゴニオは右手側へ走り出す。
獣と一定の距離をとるようにしながら、周囲を駆け回る作戦だ。
デイビスも同様に、反対向きに回り始めた。
「出遅れましたか……私は臨機応変にいきましょう」
残ったセイルは真正面から突っ込んでいく。
隙があればもちろん切り込むだろうが、メインは回避だ。敵の一挙手一投足に気を付けながら、何が来てもすぐ躱せるようにと心積もりをしている。
「身を賭して前線へ出てくれる貴方たちへ、この音色を贈ろう……」
ユベールはハープを弾き、清らかな音色を奏でる。
すると、アルゴニオたち三人の身体に暖かな力が宿り、通常よりも身軽に動けるようになった。
「おう、コイツは凄えな……!」
「ヘッ、面白い力だねえ!」
身体能力の向上を感じ、調子付いたのか、デイビスはいきなり眷属に弾丸を撃ち込んだ。
しかし、無論その弾は眷属の皮膚に食い込むことはなく、安っぽい音を立てて弾かれてしまう。
「チェッ、駄目か」
「銃まで強くなるワケでもねえだろ」
あくまで今強化されているのは当人の身体能力だ。
ユベールのイマジネートは魔法と違い、音色の変化によって人だけでなく物に影響を与えることも可能だが、劇的な変化とはいかない。
なので逃げに専念するため、今回は主にスピードを強化の対象としていた。
『***……』
銃弾を当てられた眷属は、デイビスの方をギロリと睨む。
傷が無いとは言え、明確な攻撃だ。敵意が向くのも当然である。
「オイオイ、こっちも忘れて貰っちゃ困るぜ……っと!」
敵が反対を向いたところに、今度はアルゴニオが攻めかかった。
自慢の曲刀による斬撃……しかしこれも、眷属の硬い皮膚を裂くには至らない。
「うお……!」
と、眷属はデイビスの方を向いたまま、斬撃を受けた左脚でアルゴニオに蹴りを入れようとした。馬蹴りのような恰好だ。
間一髪でアルゴニオはそれを躱したが、ただの一蹴りで命を奪われそうなほどの威力を感じ、冷や汗をかく。
「無茶はしなくて良いのですわよ!」
「どんだけ通用するか試したかったんだけどな、てんで駄目らしい!」
海族らしい、好奇心ゆえの無茶である。
「引き付けるだけで十分ですわ――トパーズ・ライトニング!」
言いながら、シャーロットさんは能力を発動させる。
忽ち眷属の頭上に落ちる雷光――強力な雷が敵の身体を痺れさせる。
「スフォルツァンド――」
ユベールが弓を弾き、全力で以て矢を放つ。
魔力の込められた矢は煌めきながら超高速度で眷属を撃ち抜く――。
『****!!』
躱し切れなかった眷属は、左の肩口に小さな風穴を穿たれた。
そこから青黒い血が噴き出し、大地を黒々と染める。
「……その血、触れてはいけませんわ」
「おっと……?」
シャーロットの警告に、付近にいたアルゴニオが慌てて飛び退く。
「ボルノアで戦った時にも推測はしていましたけれど……やはり血も毒ですのね」
「ふむ、僕にもそう感じられるね……」
二人だけで合点がいったようにやり取りをするのに、
「ちょっと、アタイらに分かるように言っておくれよ」
デイビスが多少苛立ちながら催促する。
「この世界の海水が、終末ノ獣が放つ毒によって汚染されていることは話しましたわね? この眷属も毒を有していますけれど、どうやらその毒は吐いて撒き散らす以外に、血液そのものにも含まれているようですの」
「血液にマナの流れを感じるのさ……海水ではもちろん感じ取れないが、これは言わば原液だからね」
「なるほど、そういうことかい」
触れるだけでも体内のマナが活発化し、弱い人間だとすぐ危険な状態になる……デイビスもそれは理解したようだ。
「吐しゃ物と血液には気を付けることね」
「はいよ!」
アルゴニオとエイビスは、シャーロットの言葉を了解し、再びデコイとして動き回り始める。
「しかし、タフだな……」
「あまりダメージになっていなさそう、ですわね」
シャーロットの雷魔法はほぼ動きを止めただけで、ユベールの矢も貫通はしたが、眷属の身体の大きさからすれば深い傷ではない。
長期戦も有り得るか、と二人は覚悟する。
「……はあッ!」
そこで、眷属に攻撃を仕掛けたのはセイルだった。
普段の彼からすれば、かなり前のめりな攻め方だ。
案の定、敵の前脚の一振りで彼は吹き飛ばされてしまう、が。
「早く、駆けつけなくてはいけませんからね……!」
衣服に付いた土を払いながら、セイルはすぐに立ち上がる。
「時間をかけるわけには、いかないでしょう……!」
「……ふう。それはその通り、ですけれど」
一人で果敢に挑むのは無謀とあまり変わらないだろう、とシャーロットは苦笑する。
けれど、それくらいの意気込みでいる方がきっといいのだ、とも思いつつ。
「フ……まあ、ここが最後の舞台だ。この上セーブしながら戦うのにも、あまり意味はないだろう……」
「きっと、終末ノ獣はあの子たちが倒すことになるのでしょうし」
ならば、と二人のイマジネーターは考え直す。
「とにかく全力で。そうでなければ、皆に失礼なようだしね」
「そういたしましょう。無難に勝つより、圧巻の勝利を収めなくてはいけませんわね」
眷属を見つめ、彼らはニヤリと笑う。
速攻で勝利をもぎ取る――そしてすぐ、仲間たちのところへ合流させてもらうぞ、と。




