290.古代都市ヴェルガノン
古代船が海を走行するスピードは、アルゴニオさんの海族船よりも幾分早かった。
なので、目的地である古代都市には予想より少しだけ早く到着出来るとのことだった。
予定時刻は日付が変わった午前零時半ごろ。
千年王国や終末ノ獣とは、深夜の決戦になるわけだ。
……まさかこんなハードスケジュールになってしまうとは。
「この時間に、皆さんは少しでも休んでおいた方がいいと思います!」
パレスちゃんがいなくなってしまったことは、リースさんたち三人組も大きなショックを受けていたが、彼女らはそんな中でもこちらの身を案じてくれる。
着きそうになったら起こしますからと言ってくれたので、オレたちは決戦に備えて仮眠をとるなど、各々体を休めることにした。
この世界を護るために。
最後の戦いへ向けて、万全の状態にしておかなくては。
「お前の言ってた通り、あれこれ大変なことが起きちまったな……身構えてたはずなのに、結局流されるだけだった」
エスカーが通りすがったところで、オレはそんな弱音を吐露してしまう。
彼から忠告を受けていたから猶更だ。
「ま、身構えててもどうしようもないときはあるでしょ。イマジネーターだとはいっても、俺たちはまだまだ子どもなんだし」
「力不足ってのは重々承知してるけど、なあ」
「力があったって、何でも出来ることにはならないんじゃない? 要は適材適所というか、それぞれに役どころがあるもんだよ」
軽い調子でエスカーは言う。その口調は、あえてオレに深刻さを与えないようにという配慮にも感じられた。
「ラーク少将の裏切りは止められなかったし、天使の彼女も最初から消えるつもりで航海に繰り出していた。どちらかと言えば、これで幾つかの役割が果たされて、ちゃんと俺たちの番がやってきたってとこだろう。それまでを、ご破算にしてしまわなかったんだからオッケーさ」
「……ここまではサポート、今ようやくバトンが回って来た。そういうことかねえ」
「落ちることなく、ここまでね。だから、最終ランナーの俺たちが後は頑張らないといけないワケだ。大変、大変」
「ハハ……そだな。口が上手くて助かる」
「誉め言葉として受け取っとくよ」
皮肉のつもりではないのだが、まあそう受け取られかねなかったか。
「役割を果たす……それがホント、大変なんだけどねえ」
そんなことを呟きながら、エスカーはさっさと行ってしまった。
「……自分も随分苦労してきました、みたいな台詞だったな」
アイツの言葉がどこまで本気なのかは分からないが。
とにかく、気が楽になったことだけはありがたかった。
「リースさんのお言葉に甘えて、今から休ませてもらうとするか……」
時刻は午後十時。
二時間程度の休息だけれど、休まないよりは断然いい。
こういう僅かな時間でも、キッチリ体力を回復させられるのが戦う人間にとって大事なことだ。
オレは与えられた自室に戻り、決戦のときまで英気を養うのだった。
*
そして日付が変わった午前零時過ぎ。
伝声管を通して、デイビスさんが到着を報せてくれる。
『総員に報告、前方にでっかい大陸が見えたよ! 間違いなく、アレが古代都市さあ!』
その声で目覚め、オレはすぐに甲板へと向かう。
他のメンバーも、それまで仮眠をとっていたかは分からないけれど、同じタイミングで部屋から出てきていた。
「……本当だ。あれが……」
甲板から前方を見やると、暗い夜闇の中でもそのシルエットが窺える。
無数の建物が朽ち、倒れ、歪な形を成している影……あれがかつて滅びを迎えてしまった、古代都市。
「海が赤いね……」
夜なのでハッキリとは見て取れないが、イオナの言う通り海面は赤らんでいる感じがする。
終末ノ獣が発する毒の浸食は、じわりじわりと広がっているということか。
「……いよいよ全てに決着が付くのですね」
セイルさんの表情は硬い。残された者としての責務、それをひしひしと感じているのだろう。
でも、彼は決して一人ではない。
オレたちは孤独に戦っているわけではない。
「やってやりましょう。この瞬間まで、繋いでくれた人がいるんですから」
「はい。必ずやり遂げてみせましょう」
オレの言葉に、セイルさんは僅かに表情を和らげ、頷いてくれた。
「……ちなみに」
滅びた都市というのに哀愁を感じていたのか、それまでうっとりと前方を見ていたユベールさんがふいに呟く。
「あの古代都市……もしくは大陸の名は分かっているのかな……?」
……そう言えば、古代都市とか沈んだ大陸とか説明をされてきたが、正式な名称は一度として聞いていない。
誰も知らないものかと思っていたけれど、現代にも名は残っているんだろうか。
「生憎と、海族の間じゃ古代都市としか伝わってねえなあ」
アルゴニオさんは腕組みをしながら言う。
「アンタらの方じゃどうなんだ?」
「ええ、私も色々な文献に目を通してきてはいますが、ハッキリこれだと言えるようなものはありませんでした。ただ……」
セイルさんはそこで少し言葉を切ってから、
「一度だけ、パレス様がこう呼んでいたのを聞いたことがあります。……ヴェルガノン、と」
古代都市、ヴェルガノン。
それがオレたちの降り立つ、決戦の地の名称……。
「うん、良い響きだ……。かつての姿を是非とも見たかったところだね……」
「栄華を極めたそうだもの、さぞ美しい都市だったことでしょう。でも、私は今の都市……ゼフ・ミュールの方がきっと美しいと思いますわよ」
「ふふ……ありがとうございます、シャーロットさん」
感じたことを言ったまでですわ、とシャーロットさんは返す。
まあ、オレも同意見だ。
外観だけのことではなく、今の方が良い在り方をしているのだろうと思う。
『そんじゃ、船を着けるよ! 揺れに気を付けな』
デイビスさんからの注意があってすぐ、船がガタンと揺れる。
接岸完了だ。オレたちは甲板から出て、ぞろぞろとハッチの方へ向かう。
そしてハッチを開き、ヴェルガノンの陸地へと足を付けた。
「さあ……千年王国と終末ノ獣。ここでどっちも倒して、イース・ミュールに平和を取り戻すぜ」
「全部終わらせて、ゼフ・ミュールに凱旋しないとね!」
オレの言葉に、イオナが合いの手を入れてくれる。
他の皆も、力強く頷いてくれた。
「行きましょうか……世界を護るため」
「そんで落とし前をつけてやるためにもよ!」
アルゴニオさんの台詞はやや乱暴だが、間違いじゃない。
そうとも、ここまで引っ掻き回された落とし前を付ける意味でも、勝って終わりとしてやらなければ。
オレたちは歩き出す。かつて滅び、沈んだ都市跡を。
ここで待つ敵たちに、引導を渡しに行くために。




