合流阻止作戦2
高速で接近してくる相手に自ら近付けばどうなるか。言うまでもないだろう。
より早く接触する。それだけの話だ。
バトルコスモスから飛び出したアストライアとアルトエミスは、魔女を迎え撃つ為に空を駆けた。
一分一秒でも早く目標を発見し、討伐――あるいは撃退しなければならない。
彼等の背中には未だ戦闘態勢が整っていないであろうバトルコスモスと、避難など全く出来ていないパステークがある。故に、確実に倒すつもりで彼等は機体を操っている。
しかし、それの姿を最初に認知したトリア・サラーサは短い悲鳴をあげて絶句した。
続いてアル・イスナイン、ヴィール・アルバアがそれを目視し、言葉を失う。
「……なあ、ヴィール。お前が見たのはこの魔女で間違いないんだよな」
「あ、ああ……けど、これは……」
アディン達は、パステークに接近する魔女――バンデットアゲート に対応するために出撃。それと接触した。
だが、目の前にいるのは、既に本来の姿からは逸脱した、魔女としても異質な姿に変質していた。
『――――――!!』
バンデットアゲートが叫ぶ。
重なった二つの叫びが、空気を震わせ、身体が融解し芯から砕ける痛みを、崩れる度に再生し延々と続く苦痛を訴える。
繰り返される崩壊と再生。幾度となく繰り返されたそれはヴィールが見た時のものとは全く別の姿に変貌していた。
二つの人型が混ざりあって、互いに離れようともがいている。一方で胸と背中から生えた一対の腕が身体を締め付け決して離れまいとしている。
苦しんでいる。苦しみのあまり目の前にいるアディン達に気付いていないようだ。
「この魔女、エーテルの流れが滅茶苦茶で……いつ自壊してもおかしくない」
目に見えて異常な姿をした魔女に、アストライアはプレスライフルを向ける。
「アディンさん……」
「奴は手負いの獣だ。あんな姿になってまで行動を始めたって事はそれなりの理由があるはずだ」
「じゃあ、あれか。遺跡の方から港に向かってる奴と合流する事があれの目的ってことか?」
「合流したら何が……いえ。考えるのは後ですね。トリアさん、魔導砲で牽制後、攻撃可能限界距離から私達の援護を。私達は魔導砲発射後に接近してバンデットアゲートを攻撃します」
異議はない。
装備の都合上、ヘカティアは接近戦はもちろん中距離での戦闘にも向いていない。
一方でアディンとヴィールの機体は近距離から中距離での戦闘にも対応している上、彼等もその距離での戦闘を得意としている。
アルは、というと通常仕様にされた機体である以上は以前のような索敵による支援は不可能である為、アタッカーとなる二人の援護に向かう。
「で、その後は?」
ヴィールがそう訪ねると、アルは半笑いで答える。
「高度な柔軟性を維持しつつ各自臨機応変に対応。ただし報連相は密に」
それを聞いて、ヴィールが大笑いする。
「行き当たりばったりを、それっぽく言っているだけじゃねえか」
「要は……」
「いつも通り、って事か」
ヘカティアが携行用の魔導砲を構え、三機より前に出る。
直後、魔導砲の砲身が開き、発射形態に変形した。
「可変機能はいらないんじゃないかな……」
「それはロマンさ、トリア嬢」
「わからないわ」
「私もです」
「あの人たち、そのうちヘクスイェーガーも変形させたりしてな。なあ、アディン」
「……成る程。可変機か」
「いや、冗談だぞ。マジにするなよ」
アストライアが腕を組んで顎のあたりに指を当てる、所謂考え込むようなポーズを見せる。
操縦する人間の思考がダイレクトに反映されるのがヘクスイェーガーの特徴であると言うことは、アディンはわりと本気で変形するヘクスイェーガーについて考え出したようだ。
「……撃つよ」
「おっと。やってくれ」
とはいえ、今は作戦中だ。思考を切り替えて武器を構え直す。
それに合わせ、ヘカティアが構えた魔導砲が閃光を放った。
エリマの言った通り収束があまく、無数の光の筋が空へ拡がっていく。確かにエリマの求めたものに比べれば威力なんて殆どないに等しいのだろう。
この魔導砲が試作品と言われているのは収束させた上で直進させる事が出来なかったからであり、エリマは殆ど威力がないと言っていたが実際には威力は申し分なく周囲に何もなければ驚異的な制圧能力を持った武器である。
具体的にはヘクスイェーガーの装甲や使い魔程度ならば消し飛ばせるほどだ。それを威力がないなどと言ったエリマの感覚は大分常識からずれ始めていると言うしかないだろう。
だが。一本一本がヘクスイェーガーにとっては必殺の一撃になりうる無数の閃光であったとしても魔女に対しても同じような効果を発揮するか、というとそんな事はない。
『――――――!!』
その閃光の雨を全身に受けてバンデットアゲートがたじろぐ。
だがそれだけ。体表に数多のへこみを作りながらも、驚異的な再生能力で傷を修復し、ダメージは無かったことにされた。
いや。そもそも想定された威力に対してダメージが小さすぎる。
そんじょそこらの魔女ならばへこみではなく穴くらいは作れるほどの火力だ。同じ場所にあたり続けれは貫通すらあり得ただろう。
だが、実際にはほとんど傷らしい傷にもなっていなかった。
「トリアさん!」
「今ので大分マナを使った! しばらくマナに余裕がない。確かにもう一回くらいは使えるだろうけど、下手をすると墜落する」
「了解。プレスナイパーライフルでの援護をお願いします。アディンさん、ヴィールさん」
「ああ、解ってる」
「突撃ィ!」
ヴィールが真っ先に飛び出し、それにアディンとアルが続く。
まずは牽制に、とプレスマシンガンでヴィール機が攻撃を仕掛ける。
これが通常弾であったのならば全く効果がなかったであろうが、使用しているのは当然のようにスクロール弾だ。一発一発が広範囲を巻き込む大爆発を起こす魔法が込められた弾丸だ。
それが間髪入れずにほぼ同じポイント目掛けて殺到する。
最初の数発ほどは被弾など気にした素振りは見せなかったが、あまりにも連続して起きる爆発を不快に感じたのか、両腕を振り回して弾を防ごうとする。
だが、今度は背中のほうから衝撃を受けて、魔女が姿勢を崩す。
『――――――!?』
引き続き正面からの攻撃は止まない。
だが背面からも同じ攻撃を受けている。
バンデットアゲートは混乱したように叫び、爆発する弾丸の雨を浴び続ける。
「どれだけ強くても、どれだけ人間に似てても、所詮人間ほど考えない化け物だな」
種明かしをすれば、最初の攻撃で起きた爆発で相手の視覚を奪い、その間に攻撃役を――今回の場合はヴィールからアルに交代し攻撃を続行。ヴィール機はその間に敵の背後に回り込んで再度攻撃を開始する。
この攻撃の優れた点は、魔法によって爆発を起こしているため、爆発で視界を奪い、エーテルの流れを乱すことでエーテルセンサーやエーテルの流れを読み取る能力などを妨害できる事だ。
魔女がなんの対応もできず挟み撃ちにされていることから、魔女にとってもエーテルの流れを乱すというのは有効のようだ。
でなければほぼ真横を通りすぎようとしたヴィール機に気付かない筈がなく、ここにいるべき機体が居ないことにも気付けた筈なのだ。
「トリア、撃て!」
「……!」
アディンの指示と共にヘカティアが引き金を引いた。
放たれた弾丸は中距離や近距離で使用する通常のプレスガンやプレスライフルでは比較にならない速度で飛来する。
それが最高速に達した直後バンデットアゲートの顔面を穿ち、炸裂した。
物理的なダメージでも十分な威力があると言うのに、更に魔法による超至近距離での爆発。さすがの魔女も堪えたのか、ぐらりと姿勢を崩して高度が下がり始める。
「二人とも、突っ込むぞ!」
前後からスクロール弾による攻撃を続けていた二機が攻撃をやめバンデットアゲートから距離をとる。
そこへ後方のヘカティアが通常弾による援護射撃を行う。
弾丸は魔女の身体を穿ち、スクロール弾によるダメージの回復を阻害。さらに被弾の衝撃で行動を制限する。
「ぶった斬れろぉぉぉぉ!」
姿を消していた機体が、突然真横から現れた。
魔女はアストライアが手にしたキャストブレードの直撃を脇腹に受けるまで、その存在を察知することができていなかった。
アストライアの出せる最高速度で突っ込んで勢い任せに魔女の身体へめり込んだキャストブレードを、今度は機体の膂力で強引に振り抜こうとする。
アディンはキャストブレードを握る機体の手からフィードバックされる強い抵抗感と無理な力のかかり方をしている機体が悲鳴をあげる感覚に、一旦押し込むのはやめ剣を引く。
だが直後。再び剣を叩き込んだ。
寸分の違いもなく同じ場所に。
『――――!』
遂に、魔女が抵抗しはじめた。
大きく腕を振り上げ、自身を両断せんとするアストライアめがけて振り下ろしたのだ。
スクロール弾による援護はアストライアが至近距離にいる為不可能。通常弾ではそれを止めることは出来ない。
「《フォトンスピアー》!」
ヴィール機の放った閃光が魔女にめり込んだキャストブレードに反射し、アストライアに魔女が触れるよりも早くその腕を撃ち貫いた。
「チッ!」
流石にこれ以上は無理だと判断したアディンは剣を引いて後退する。
倒すまでには至らなかったが、それでも回復には相当な時間がかかるくらいにはダメージを与えられたはずだ。そう誰もが確信していた。
だが、その確信は呆気なく覆された。
今にも腐り落ちそうな姿の魔女は既に身体の崩壊に再生が追い付いていないらしく、身体の至る箇所がボロボロのままだ。
一方で重要な部位である頭部と傷の深い脇腹周辺は高速再生を始めていた。そうでない箇所も同様に再生を始めており、あれだけの集中砲火を受けた痕跡こそあれ、既にダメージと呼べるほどのものではなくなっていた。
あり得ない事がありえる。魔女には人間の常識が通じない。
解っていたはず、解っているつもりでいたが、こうも圧倒的なものを見せられては狼狽くらいはする。
今までの遭遇した魔女とは比べ物にならない。元となった二体の魔女よりも遥かに厄介な相手だと、嫌でも理解させられる。
『Aaaaaaa――――!』
突然の咆哮。あるいは絶叫。
折り重なる二つの声が空に響き、空間を軋ませ、罅を入れる。
「何が……?」
呆けるのは一瞬であった。
アディンは直感的に、ヴィールはあり得ない異音に気付き、アルはそんな二人の様子から察し、それぞれが魔女から距離をとる。
一人離れた場所にいるトリアも異常なエーテルの流れを読み取り、その原因である魔女目掛けて弾丸を放った。
「?!」
だが、その時に見えてしまった。
異形の頭を持つ魔女の口が、嘲笑うかのように吊り上げるのを。
トリアの放った弾丸が頭部を直撃。瞬間スクロール弾が起動し爆発を起こし、魔女を大きく仰け反らせた。
その直後。空に出来た罅が広がり、空が割れた。
まるでガラスでも割るかのように、空の破片が散らばる。
「この反応は……まさか魔女!?」
割れた空の向こう。吸い込まれたら二度と出てこられないと思えるほど深く、血をぶちまけたかのように赤黒い空間から二つの人型のものが現れた。
それには見覚えがあった。忘れられるはずがなかった。
一つはアディンにとっては生まれて初めて遭遇した魔女であり、騎士を目指そうと思うようになった切っ掛けとなった魔女であるマルジャーン。
もう一つはこの場にいる四人が初めて戦った蒼炎の魔女シアニート。
割れた空が巻き戻るかのようにもとの姿を取り戻していくのを背に、新たに出現した魔女たちが吼えた。
マルジャーンは両手を広げて背中から黒い塊を無数に射出し、それに続くようにシアニートも腹を割いて黒い塊を吐き出した。
使い魔である。しかもその数が尋常ではない。
原因は使い魔の大量召喚とその使役が可能なマルジャーンだ。
マルジャーンは魔女としての戦闘力は低い。シアニートのように超高熱の炎を操る事もなく、アマティスタのように常識はずれな速度がある訳でも、カルブンクスルのように魔法を無効化できないし、サピュルスの荷電粒子砲のような武器もない。
だがそれでもこの魔女は、足りない戦闘力を原始的かつ効果的な、数の暴力という方法で賄っている。
故に。マルジャーンは時にこう呼ばれるのだ。
――群の魔女、と。
「各機迎撃!」
アルが叫ぶのが早いか、各自が動き出すのが早いか。
展開し始めた使い魔の突撃を回避し、それらの迎撃にそれぞれが持つプレスガンを乱射した。
だが、それでも二体の魔女から産み出された使い魔の増殖は止まらず、やがては四期を追い詰め取り囲んでしまった。
『――――』
シアニートが蒼い炎を纏った手をアディン達に向ける。
嗤う。嗤いながら必殺の炎を放ち、焼き払う。
あらゆるものを焼き尽くす炎。普通のヘクスイェーガーならば、これで全て決していたはずだ。
だがそこにいる四機は普通のヘクスイェーガーではない。
眩い四つの閃光がシアニートの放った炎をを切り裂き、包囲網を作り上げていた使い魔達を消滅させていく。
「簡単にはくたばってたまるかよ」
切り裂いた使い魔の間から、こちらに背を向けてパステークへと向かうバンデットアゲートの姿が見えた。
「逃がさない」
トリアがすかさずプレスナイパーライフルを構えてバンデットアゲート目掛けて発砲した。
が、それは隙間を埋めた使い魔によって防がれる。
「ちっ。間に合わなかった」
「参ったな。どうするよこの状況」
「どうするもこうするもないでしょう。生き残るんですよ」
魔女が三体に周囲を取り囲む無数の使い魔。
諦めたくなるような状況の中、アディン達の戦いが始まった。




