"過去"の扱い方
シュデムの報告を受けたガドル、およびその場に居合わせたクルー達は言葉を詰まらせ、ブリッジには妙な沈黙が流れていた。
惑星エアリアにおける先史時代が、まさか別の惑星からの移住者によるものであったという事実。
そしてその移住者たちが自分たちが遺跡と呼ぶ存在を作った存在であり、神話上に登場する魔神すら彼等の創造物であったと言う事。
どこの誰がその記録を残したのかは判らない。尤も、先史時代の話であり、それを今更調べようにも、調べる手段などないが。
かつ時折現れるシオ・シラギクという個人名。
伝説に登場する魔神の一体――今回の調査結果によってそれすら機動兵器であったと判明したが、その内の一体であるシオウルの開発責任者として名前が挙げられ、かつエアリウムやマナ、エーテルなどの発見とその運用方法の確立をした女性。
もっと言えば、最後ほうに出て来たイェーガーという名詞から察するにそこから発展したものが現在のヘクスイェーガーに繋がったのだろう言う事が解る。
つまりは、シオ・シラギクという女性がいなければヘクスイェーガーは生まれず、人類は魔女の脅威におびえ続けなければならなかったと言う事になる。
「……ブリッジクルーに通達。少し早いが休憩して来い」
長い沈黙の後、最初に口を開いたのはガドルであった。
「ですが魔女の監視はどうするんですか」
目と鼻の先と言える距離に魔女が潜伏している。
しかもそれは極めて危険性の高いアゲートという魔女である可能性が高いとあれば、監視の目を緩めるわけにはいかない。
それはわかる。
「平静さを失った状態では見落としかねん。落ち着くまで休むんだ」
「……わかりました」
「あと、この事は今は黙っていてくれ。後で皆にも知らせるが、混乱を大きくしたくない」
「そう、ですね。僕も正直受け止め兼ねてますし」
「では、しばらくの間お任せします。艦長」
ブリッジクルー達がブリッジから出て行くのを見送り、ガドルはエーテルセンサーのモニターの前に座りモフモフを手に取る。
「アル・イスナイン、エリマ・ヴェイフ、アルツ・エナム、ムビリ・イスナイン。三時間後に艦長室に来てくれ。急ぐことではない。キリがついたらでいい。待っているぞ」
とりあえずこの艦において大きな役割を果たしているチームの中心人物と、操舵手を呼び出す。
彼等の意見を聞きたい。
ある部分では自分以上に肝の据わっている四人だ。
自分だけで抱え込むよりはずっといいだろうし、彼らならば打ち明けたとして混乱は少ないだろう。
三時間。
ブリッジの交代要員が来るまでの時間だ。
それまではセンサーを見つめる。
未だセンサーに反応はない。
それがむしろ、不気味に感じられた。
◆
三時間。長いようで短い時間が過ぎ、艦長室へとガドルが招集をかけた四人が集まっていた。
とはいえ肝心のガドルがまだ部屋におらず、四人は扉の前で待ちぼうけを食らっている訳だが。
「この四人、ってのも珍しい組み合わせだな」
「そうですか? しょっちゅう集まってるような」
「いや。あたしとアルが一緒に居るってのは結構珍しいぞ」
「というかおねーさんは殆どみんなと一緒に居た事ないんだけどニャ」
いざ有事となればアルは騎士として出撃。エリマはヘクスイェーガー用の武器の調整および補給などの指揮。アルツとムビリはブリッジに、とそれぞれの仕事が大きく異なる。
通常時でさえ、アルは魔法研究施設に入り浸り、エリマは常に新装備の開発。アルツは艦のエーテルコンバーターの調整。ムビリは……実のところ彼女のブリッジ以外での行動は誰も知らない。
「そういえばムビリ姉さんは普段どこで何を……」
「ふふふ。知らないほうがいい事もあるのニャー」
――本当に、何をやっているんだろう。
怪しい笑みを浮かべる姉を前に、疑問に思ったアルであったが、深く追求しない方がいいのだろうと判断してそれ以上考える事を止めた。
それよりも今は、なぜこの四人が呼び出されたか、である。
勿論ガドルはこの艦が一つの組織だとした場合において、今ここに集まった四人が幹部という立ち位置にいるからであるが、そんな事など毛ほども考えていない四人は疑問符を浮かべるばかりである。
なぜ呼び出されたかという議論をあーだのこーだの言い合っていると、ガドルがやって来た。
「すまんな。呼び出しておいて遅れてしまった」
「いえ。それで、艦長。オレ達を呼び出した理由の説明はちゃんとしてくれるんでしょうね?」
「勿論だ。意味もなく艦長室になど呼びつけたりしない」
そう言うとガドルは四人を部屋に招き入れる。
四人が部屋に入り、扉が完全に閉まった事を確認すると、ガドルは部屋の中央に置かれたテーブルにびっしりと文字の書かれた紙を置いた。
「……これは?」
「今回お前達を呼び出した理由が描いてある。悪いがそれしか今はないんでな。回し読みしてくれ」
言われるがままに、四人は紙に書いてある文字を読み出す。
わずか数行。たったそれだけであるが、四人を沈黙させるには十分だった。
アルは口元を押さえて言葉を失い、エリマとアルツは淡々と読み進めるもその表情は硬い。
「これ、は……?」
「先ほどシュデム・セイツェマンから連絡があった。内容は遺跡に残された記録の報告。その記録というのがそれだ」
「なんというか、これは……」
三者三様の反応。だがそのどれもが動揺を隠せていない。
それはそうだろう。
自分たちが知っているエアリアの人間なら誰もが知る伝説上の存在である魔神と同じ名前の機体が存在し、端的ではあるが伝説で語られている出来ごとまでもがそこには書かれている。
伝説の出来ごとが実際に起きていた。それだけでも一般的な感性からすれば驚愕である。
だが、彼等の頭にあるのはそんなことではない。
この出来ごとが過去実際に起きていて、そのまま伝説と合致するのならば、ここに書かれているスタインという存在はつまり――魔女である。
その魔女が、人間が改造されたなれの果てであるという記述。
その衝撃たるや、想像を絶する。
しかしムビリは何の感情も見せていない。少なくとも表情からは動揺のようなものは見せていない。
あるいは……彼女は知っていたのかもしれない。
古今東西の書物を集めたイスナイン邸地下の書物庫を管理してた彼女ならば。
何故そう思えるのか、というと彼女が管理していた書物の内容だ。
シュデムがバッテリー開発の参考にしたのも、レールガンや荷電粒子砲の事を知ったのも彼女が寄こした本があったからこそ。
そのような本を寄こすということは、彼女はその本の内容を把握していたという事になる。
明らかにロストテクノロジーでありオーバーテクノロジーを書いた本。現行技術では再現不可能かつ有史以後の技術と一切交わらない独自の技術理論の載った本の存在。
つまるところそれは有史以前に記された書物、あるいはその写本である。
それが存在すると言う事は、それ以外の記録も存在している可能性があると言う事。それにもムビリが目を通していたという可能性は十分にある。
とはいえ、だ。それを追求するのは今ではない。というより今後もする必要性はないだろう。
「オレ達の祖先がこの星の人間じゃない可能性。ヘクスイェーガーの原型が他の星からの移住者が造ったらしいという事。何度か出てくるシオ・シラギクの名前。伝説上の魔神と同じ名前をした兵器。現代で言うところの魔女だと推測できるスタインという存在。どれをとってもそのインパクトは絶大、か」
「こんな情報、公にできないぞ」
「ま、そうだろうニャー。特に魔女についての情報は漏らしたらやべーことになるニャ」
その他の情報も、それを知った人々が混乱するのは必至。
ましてや今まで正体不明の敵だとされてきた魔女が、もとは人間であったなどと聞かされればパニックになりかねない。
「この情報、どこまで伝わってるんですか」
「この報告を受けた時ブリッジに居た人間。それとお前達までだ」
アルの質問に、ガドルは淡々と答えた。
「あー。そういえばこの時間はブリッジにいるはずの子が自室に向かってくのを見たニャ。顔色が悪かったから体調不良か何かかと思ってけど、そういう事なら納得ニャ」
「そりゃそうだろ。俺たちまだ十数年しか生きてないんだぞ。こんな強烈なな事、オレだって受け止めきれないし、混乱してる」
「あたしも眩暈がしてきたな。で、こんなものをあたし等に見せてどうするつもりなんだ、艦長」
「……ムビリ・イスナイン以外の三名は、部下を持つ立場だ。この情報を開示するタイミングおよび人選はお前達に任せたい」
「うーわ。丸投げニャ?」
「そうだな。そう思われても仕方ない。いや、その通りか。だが下手にこの事を知らせると混乱が起きる可能性がある以上、各々の事をよく知る各自の判断に任せるのが妥当だと思ったのだ」
そう言われると確かにそうかもしれない、と三人は感じていた。
彼等とガドルの付き合いはクエルチア騎士学園からになるが、その時からガドルがいまこの艦にいるクルー全員に目を配っていたか、というとそれはあり得ない。
今この艦にいる人間のことなら、アル達元学生組のほうがよっぽど詳しい。
もし各々のメンタルの事を考慮せず情報開示してパニックを起こせばどうなるか。
今はまだ陸地にいるからいいが、これが空の上で起きれば完全な密室状態でそんな事になれば、ただでさえ人手が足りていないこの艦はあっという間に機能しなくなる。
最悪の事態となれば、たった一人のパニックから集団ヒステリーに発展する可能性すらある。
その危険性を考えるのならば、ガドルよりもクルーに詳しい彼等に判断をまかせたほうがまだマシというものだ。
「と、なるとどこまで開示するかだな」
「アルんところは大丈夫だろ。ある意味当事者な訳だし」
「そう、ですね。私以外は遺跡に行ってますし、ある程度は推測してるんじゃないかと」
アディン、トリア、ヴィールの三人は最初の遺跡調査の際にそれに同行。アストライアに似た機体――いや、あれこそがアストライアのベース機なのだろうが、それを目撃している。
故に例えこの情報を知ったとしても、比較的受け入れやすいだろう。
ではそれ以外の人間は、というと……。
「ウチは今は駄目だ。今は開発の遅れを取り戻そうとしてる状態だ。動揺させて事故を起こしたら敵わない。それに、魔女が近くにいるかもしれないんだろう。そんな状況で艦の動きを鈍らせる訳にはいかないだろうし」
「それならウチも、だな。最終調整はブリッジでオレが担当しているが、機関部のメンテナンスは魔法科出身者の仕事だ。重要な部分の作業を担当する以上は下手な動きはできない」
それがエリマとアルツの判断である。
勿論この情報はいずれ開示するべきものである。だが今すぐに、というわけにはいかないと言うだけの話だ。
「ムビリ・イスナイン。お前はこの情報の扱いについてどう思う」
「んー? まあ黙っておくべきだと思うニャ。今は艦長も混乱してるだろうし、落ち着いて公開できる情報ごとに閲覧制限をかけて共有アーカイブで開示って形でもいいと思うニャ」
「なるほど。まあ、そうなると……」
クルーごとの閲覧制限というものが付いて回る。
それは現状のように誰もが平等な扱いである状態ではなく、明確に上下の存在する組織となるという事に他ならない。
別に悪い事ではない。むしろ一応はこの艦も国に属する独立部隊という扱いになる為、上下関係は存在するのが当然である。
だが、この艦はそういった感覚が薄いのか、かなり柔軟に動けている。それがこの艦の強みでもある。
その強みを潰してでも、上下関係や優劣をつける必要があるのか。
そうガドルは考えはじめていた。
「まあそもそも、技術系はエリマちゃんとシュデムくん。魔法系はアルツくんの指示に従うように動いてるから、君たちが選べば誰も文句言わないと思うニャ」
「む。それもそうか」
だがムビリの言葉でその必要はないのではないか、と思い直す。
この艦のクルーの大半は鍛冶科、機械工学科、魔法科の学生である。もちろんそれ以外の学科出身者も少数ではあるものの乗艦しているが、この場にいるエリマとアルツが一声かけるだけでどうにかなる。
この場にいないシュデムも事の重大さを理解している為、妙な行動を起こす事はないだろうし、今ここで行われている話し合いの内容を知ればそれに賛同するだろう。
「問題はこの場にいる人間以外の学科出身者か」
「その点はおねーさんに任せてもらえるとうれしいニャ」
「姉さんが?」
「……ちょっと待つニャ妹よ。その疑念に満ちた視線は流石に傷つくニャ」
「その歳でその語尾の人はちょっと……」
「年齢の話はしてないニャ! おほん。とりあえずおねーさん、暇なときはそういう人達とおしゃべりしたりしてるから、仲はいい方ニャ。だからそういう人たちへの通達タイミングは任せてほしいのニャ」
「よし。頼む。とりあえず、要件はそれだけだ。ついでだ。そちらからの報告があるなら聞こう」
「報告、か。ああ。アルブスだが試作機は完成間近。ただそれを運用する為に専用の四肢を用意しなくちゃ、なんだがその試作型の図面をアディンが作成中。一応既に提出されたプランの中から作成可能なものを選んで作って行っているが、まあまだ完成まではまだまだと言った感じですかね」
「オレからは何も。ただ、魔導砲をヘクスイェーガーの携行武器にできないかという意見が出ました。まあ、一考の価値はあるかと」
「おねーさんからはないニャ」
「私もありません」
新装備の開発はとりあえず順調、と捉えていいだろう。
ただそれを運用する為には専用の四肢が必要となるのは想定していなかったが、既にそれも作成段階に入っているとなれば実用段階のものが出来上がるのはそう遠くないだろう。
「ふむ。わかった。また不足した物品が出てくればまた申請しておく。魔導砲の携行装備化に関しては慎重にな。少なくとも艦内で組み立ておよび起動実験を行うのは禁ずる」
「助かります。では」
四人が次々と退室する。
その背を見送ったガドルは、大きく息を吐きながら椅子に全体重を預ける。
少しだけではあるが自分が抱えていたものを吐き出せた事で、気分が楽になったからだろう。
「全く。俺も酷い大人だな」
自分よりも年下の相手に何を背負わせたのか。何を任せたのか。
それを理解している以上、気分は楽になるが別の意味で気分が重たくなる。
これではいけない。
両手で顔を叩いて自分に喝を入れる。
「よし。切り替えるか」
艦長室で出来る仕事を済ませ、すぐにブリッジへ戻る準備をする。
ハードワークな気もするが、ブリッジで椅子に座っているだけの自分に比べれば、他のクルー達の負担は計り知れない。
だからせめて、自分がやるべき事には全力で向き合おう。そう決意を改めるのであった。




