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蒼天のヘクス・イェーガー  作者: 銀色オウムガイ
第三章 卒業編
66/315

いろいろあって忘れていたもの

 医務室のベッドに、なかば強引に寝かされたアルは、医師の診断を受けていた。というか、エルアの診断である。

 学生ばかりのこの艦には医者としての技能を持つ人間など居ない、と思われていたのだがエルアがその知識を持っていた。

 なんでも、強獣と戦い負傷する仲間に応急処置をするために学び出した結果、免許まで取得してしまった、らしい。

 作業するのがエルアであると言うこともあり、ほぼ無言で黙々と作業を進めるため非常にスピーディに思えるが、流石に無言すぎるのはどうなのだろうか。

「……骨は折れてない。内蔵も無事。軽い打ち身くらい」

 が、エルアとて常に無言と言うわけではない。周囲にアルを心配して集まってきた人間を安心させるために彼女としてはやや大きめの声でそう告げた。

「よかった」

「大げさですよ、トリアさん。それにエルア姉さんも」

 本当はムビリもここに来たいはずだが、彼女はまだ第二種戦闘配置中と言う事もあり顔を出すことができない。

 この場に駆け付けた人間というのも、本当に手の空いている人間だけだ。尤も、トリアに関しては自分の持ち場を放棄してここにきているのだが。

 しかし戦闘が終わってしまえば、ヘクスイェーガーに乗る人間などやることがないのも事実。

 トリアがここにいても誰もそれを咎めない。

「……問題は心理的なほう。これはわからない」

 魔女との戦闘で死にかけた。それも四肢を砕かれ、半身を焼かれるという壮絶な物。心的外傷があったとしても不思議ではない。

 ただ心的外傷というのは、眼に見て解るものではない以上、実際にその時にならなければ判明しない。

「そんな大げさですって」

「……だと、いいけど」

「何はともあれ、無事でよかった。それじゃあ、私は……」

 何かを言おうとした時、医務室の前の廊下を何かが通り過ぎた。

 そして派手な衝突音。

「……」

「……何事」

 しばらくして、ふらつきながらアディンとヴィールが医務室に入ってきた。

 特にアディンは顔が若干腫れて赤くなっている。

「えっと、何したの?」

「無駄に広いから≪エアロスラスター≫の相乗りで加速しながら医務室に向かったまでは良かったんだが」

「ブレーキのタイミングを間違って壁に激突しました。アディンが」

 なるほど。それで派手な音がしたのか、と納得する。

 と、エルアがアディンの顔を掴んでまじまじと見つめはじめる。

「えっと、何か?」

「……鼻は折れてない。大丈夫」

「あ、どうも」

 どうやらそれの確認だったようだ。

「それはそうと、イスナイン嬢……」

「?」

「はい」

 二人が同時に反応する。

 そりゃそうだ。二人ともイスナイン家のご令嬢である。

「ややこしいな。うん。どう呼ぶか」

「エリマ先輩達みたく名前で呼べばいいだろ」

「いや、うん。エリマ先輩達は姓で呼んだら怒るんだよ。怒られなくても明らかに不機嫌になる。イスナイン嬢の場合はなんていうか今更直すのも照れ臭くて……」

「トリアさんは名前なのに?」

「それはトリア嬢から直々に言われたからで……」

「諦めろ。相棒」

「ぐぬぬ。まあ、この艦だけでも三人いるから仕方ないか。それじゃあ……えっと、アル嬢。身体のほうは大丈夫か」

「はい。元気ですよ。正直、寝てなくてもいいくらいなんですけど」

 そういってベッドから降りようとすると、すごい勢いでエルアが動き、アルの身体を押さえつけてベッドに寝かせてしまう。

 一瞬の出来事で、何が起こったのかという事を理解するのが一瞬遅れる。

「まあ、こういう風にエルア姉さんが安静にしろと……」

「……」

 表情が一切変わらないが、妹を心配しているのであろうと言う事はわかる。少し過保護なような気もするが、それが無口な彼女なりの愛情表現なのだろう。

「エルア嬢、流石にちょっとやり過ぎでは?」

「そんな事はない。私の診断では問題ないとはしているけれど、その診断が万が一間違っていて健康に害を及ぼす疾患が起きる可能性も否定できない。勿論自分の診断には絶対の自信を持っているけれど、誤診ではないという可能性はゼロではない。完璧など人間には不可能なのだし。経過観察は絶対に必要。少なくとも明日までは安静にして。あとになって表に出てくる症状とかもあるんだから」

「お、おぅ……」

「姉さんが凄く喋ってる……」

 普段無口な人間がこれでもかとまくし立てるように喋ったものだから、医務室の中がざわざわと騒がしくなる。

 それではっとしたのか、エルアは照れ隠しで手を叩きながら威圧し、ギャラリーを部屋から追いだすとそのままドアを閉めた。

 残されたのはアディン達第十二班の面々のみ。

 彼等が残ったのは、単にエルアの威圧に怯まなかったから、というのもあるが単純に仲間を心配しているというのもある。

「ま、まあ。エルアさんの言う事も一理はあると思うよ。それにいろいろやってるんだから休みだと思えば」

「そうですけど、スクロールの研究が……」

「止めとけ。今それやるとお前の姉さん二人が暴れかねない」

 無口で大人しいと思われたエルアですら、妹の事になると饒舌になり過保護な面を見せる。

 これが明るくて活発なムビリの場合、どういう行動を起こすか。それを想像するのは恐ろしい。

「……ムビリ嬢に暴れられたらこの艦沈むぞ」

 ヴィールの言った言葉に妙な信憑性があり、最悪の結果を想像した四人の血の気が引いた。

「よし、この話はやめよう!」

「そうですね。やめましょう」

『あー。艦長のガドルだ。これより本艦は高速飛行を行う。各員、初動の振動に注意せよ』

 その直後、艦全体が揺れる。

 速度を上げて、目的地まで一気に進もうとしているのだろう。

「あとは何事もなければパステークまで一直線、か」

「あっ。でも私達は一度戻らないと」

「え、何で?」

「だって、卒業式が……」

 トリアの言葉に他の三人が凍る。完全に忘れていたようだ。

 そして、恐らくこの艦に乗る同級生達も同様だろう。

「き、緊急通たああああああああつ!! 三年生各員、中央格納庫に集合ォォォォォ!!」

 ヴィールがモフモフに向かって叫んだ。




 ブリッジでは各機の破損状況と鹵獲機についての報告をしに、エリマが顔を見せていた。

「報告書はまあ、あとで。何せ急ぎの報告なもんで」

「急ぎだと?」

 ガドルは良くない想像をする。急ぎと言われると悪い方に考える。それは決して悪い事ではない。

 何事も危機感をもって事にあたれば、何の準備も心構えもない状態よりかは落ち着いた対応ができるというものだ。

「まずは各機の破損状況から。無人操作テスト用のヘスティオンは一機撃墜。もう一機は外装に損傷はなく、整備程度で再出撃が可能かと。問題なのはアルトエミスの二号機。決して修理が不可能という訳ではないのですが、相応の時間が必要かと。まあ、あのバカは魔改造できると喜んでましたが」

「……操作性を損なわない程度なら構わない。続けてくれ」

「三号機――ヘカティアのスカートアーマーは持ちだされた三つのうち二つを損失。これの再生産については不可能ではないそうですが、ちょっと別の問題が」

「別の問題? ああ、動かないと言う奴か」

「いえ。損失分を再生産するとこのくらいに……」

 エリマがメモ帳に再生産にかかる金額を書いてガドルに見せる。と、ガドルは思わず目を見開く。

「な、え、ちょ……冗談、だよな」

 自分の生涯年収の何倍もの金額が書かれていれば、そりゃあそうなる。

「いえ。マジです。残念ながら。まあ今保管している資材で再生産出来ない事もないんですが、それやるとほかの機体の修理とかを出来なくなります。まあ、スカートアーマーの件がなくても資材類はパステークで補給しないと足りませんね」

「そっちのリストアップは」

「あのバカがやってます」

「わかった。リストが出来次第報告してくれ。補給についてはなんとかする。それだけの金額の資材だ。早めに発注しておかなくては届かんだろう。で、急ぎの件はこれで終わりか?」

「いえ。最後に鹵獲機の件でいくつか」

「早いな。もう調べたのか」

 鹵獲機がバトルコスモスに積み込まれてからまだそれほど時間は経っていない。

 仕事の速さにガドルは感心した。

「まだ完全ではありませんが担当者から気になる報告が二つあったので。一つは、ほぼ完全な状態で回収された機体の操縦席の中が熔けていた、という報告です」

「熔けていた? いや、まて。操縦席の内側が、か?」

「金属が溶けるほどの高温が発生した、とし考えられないそうです。よってこちらの機体からは機体データなどを取り出すことは諦めました」

 操縦席の内側が熔ける。そんな中に人間がいたら、当然だがその人間は死んでいる。

 だが、ガドルはある事を思い出す。

 それはウィスタリア王国内に潜んでいた工作員らしき人間を尋問していた際、自然発火したという話だ。

 安易すぎる直結である。だが、どうにも繋がりがあるように思えて仕方がなかった。

「ただもう一機のほうは操縦席が無事でしたので、データの解析ができています。が、そこに気になる事が書かれていまして」

「それが、本題か」

「ええ。どうやらあの機体、アドルミデラ製らしいんです」

「……何だと? その島、今は確か」

 大陸とは言わないまでも、大きな島であった。が、その島は地図上に存在しない。

 ある日突如として消えたのだ。当時、島の採掘をしていた多くの作業員と共に。

「機体の駆動様式やマナ供給パイプの配管が、酷似している、と。これに関してはあの馬鹿も同意。極めて信憑性が高いかと」

「……解った。確かにこれは急を要する。陛下に報告しておく」

 面倒な事になった、とガドルは頭を抱える。

 これは流石に一人では抱えきれる問題ではないし、抱えていい問題でもない。

 下手を打てばこの艦だけでなく、ウィスタリア王国ひいては周辺諸国にまで影響を及ぼす事である。

 慎重に対応せねばならない。

「さて、どうしたのか」

 と、その時だった。

『き、緊急通たああああああああつ!!』

「な、なんだ!?」

『三年生各員、中央格納庫に集合ォォォォォ!!』

 ブリッジをうろついていたモフモフから聞こえるヴィールの絶叫。

 訳が判らない、と目を丸くしていると、他のブリッジ要員はなぜか妙に納得していた。

「なんだ。どうした」

「いや。呼ばれたの三年生だけでしょ。だとしたら、あのイベントが残ってるじゃないですか」

「そーそ。卒業式っていう大事なイベントがニャー」

「ああ。なるほど」

 そりゃあ慌てるだろう。

 バトルコスモスという新造艦のクルーになれる、と浮かれていて完全に忘れていたが、卒業を控えた学生もこの艦に乗っていた。

 しかもほとんどの鍛冶科、機械工学科、魔法科の生徒が乗り込んでいる。このまま彼等が学園へ戻らなければとてつもなくさびしい卒業式になる。

「連絡用の高速艇があったはずだ。それを使えば十分に間に合うだろう。本国への報告も兼ねて君も同行してくれるかエリマ・ヴェイフ」

「了解。丁度、強化外骨格の件もありますし」

「うん? いいのかニャ? 流石に三年生全員抜けたるし、シュデムくんの負担が凄い事になるんじゃないかニャ?」

「時間はある。くれぐれもオーバーワークで倒れないようにとだけ伝えてくれ」

「あー、でもあのバカ監視役(エリマ)いないと多分やらかしますよ」

 容易に想像できた。

 しかも不眠不休で作業できる劇薬(栄養ドリンク)もある。実際にそれをやらかして出来上がった機体がある以上、監視役がいようといまいと関係のないように思えるが、それでもいないよりはマシだろう。

「……確かエルア・イスナインは医師の資格を持っていたな」

「まあ、あの人魔法関連以外は万能だからニャー」

「シュデム・セイツェマンの監視を依頼してもいいか」

「伝えておくニャー」




 中央格納庫に集められたクエルチア騎士学園中等部の三年生一同。

 何の事か、と各自困惑した様子であった。

「えー、皆の衆。我々はとんでもない事を忘れていた。まあ、本当に我々だけかもしれないが」

「なんだよーこっちとら仕事のこってんだぞ」

「夕飯の準備もしなきゃ」

「じゃあはっきりと言う。卒業式が近い」

 各々の仕事がある以上、無駄な時間はかけられないな、とヴィールもさっそく本題を単刀直入に告げた。

 そしてしばらくの静寂。

「「「ああああああああああああああああ!!」」」

 ほぼ全員が絶叫した。どうやら卒業式の事が頭から抜けていたのはヴィール達だけではないようだ。

「ど、どうする!? 卒業式出ないとか流石にやばくないか!?」

「お母さん見に来るって言ってたし、どうしよう!」

『あー、中央格納庫に集まってる卒業生ども。高速艇の申請出せば許可出すと艦長が言ってたぞ』

 と、エリマの声が格納庫に響き渡る。

 その瞬間、今度は歓喜の声が響く。

『ただし、出発するのは本国に提出する資料が出来てからだ。と言うわけでそれまではサボるなよ変態野郎』

「ぐっ……釘を刺されたであるか。まあ、後輩の卒業式を潰すわけにもいくまい。今回ばかりはしっかりとやってやるである」

 そういいつつシュデムはシルキーを改造する手を止めようとしなかった。

 本当にこれで大丈夫なのだろうか、と誰もが心配になったが、翌日には提出資料は完成していた。

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