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蒼天のヘクス・イェーガー  作者: 銀色オウムガイ
第三章 卒業編
62/315

迫るもの

 一瞬の出来事。ただの体当たりならば混乱することもなかっただろう。

 だが、ヘスティオンの上半身と下半身が見事に分割される光景などそうそう見れるものではない。

 エイの形をした機体は特異な形状の四肢を伸ばすと、足を失い落下しはじめた機体に背中からしがみついて撤退し始めた。

『怖ッ!? 超怖ぇのである!!』

 撃墜されたシュデムの叫びがうるさい。

「なんなんだ、あれ……!?」

「わかんねえよ!」

 一切設計思想が理解できない機体による友軍機の撃墜はアディンとヴィールに少なくない動揺を与えた。

 だが戸惑っている暇もなく、アディンは自分めがけて猛攻を仕掛けてくるエース機への対処で手一杯である。

 ヴィールがアディンの援護に入ろうとしても、突撃槍を構えて突撃してくる敵機に阻まれる。

 特に動きのいい機体が二機ほどいる。

 どうやらその二機はトリアの狙撃による援護を回避し、シールドで防ぎながら攻撃パターンを見切り出したらしく、ついには姿が見えないトリアに対してフェイントまで入れ始め、弾幕をものともせず猛攻を仕掛けてくる。

 それに続くように残りの機体も突撃槍を構え、エリマの操るヘスティオンへと殺到する。

『くそっ、流石にこいつらを振りきれない!』

『凡人眼鏡、そのまま撤退するのである。その機体まで破壊されてはデータの回収ができないのである!』

『んなこと言ってる場合かよ!』

『アル・イスナインに策がある。そのまま退いて大丈夫である!』

『……わかった。すまん、二人とも』

 そうは言うが、エリマのヘスティオンが退くとそれを追って四機ほどが離れる。相手の頭数が減ればそれだけアディン達の負担が減る。

 ヘスティオンを追った敵機は、動きのぎこちなさを見て弱った獲物だと判断したのだろうか。

 迂闊だと言わざるを得ない。

『チッ、あの馬鹿どもが。深追いするなと教えたはずだがッ!』

「こいつ……!」

 膂力では相手の機体に勝るアストライアが本気で剣を振り下ろせば、たとえ鍔迫り合いになったとしても押し負けることはない。

 だが、振り下ろせないように組みつかれ、右腕を抑えつけられた状態ではどうする事もできない。

 しかもその状態でシールドによる殴打を受ける。頑丈な装甲であろうと、何度も同じ場所を殴られてはダメージが蓄積し、痛みとなってアディンに伝わる。

『この距離ではプレスガンは使えまい?』

「プレスガンを知っている? この武器は国外には……まさか!」

『喋りすぎたか。だがその口塞げば問題はない!』

 シールドの突きの勢いがひときわ強くなる。

 流石に何度も殴られていれるのは気分が良くない。

 脚を後に振って勢いを付け、膝を敵機の下腹部めがけて放つ。

『がっ……』

 実際に自分が殴られた訳ではない。だが、それ相当の痛みは操縦する人間にも伝わる。

 下腹部は内蔵の多い場所であり、そこに衝撃を受ければ怯みもする。

 距離を取り、即座にプレスライフルを構える。

 だが、それが放たれるよりも前に、エース機が投げたキャストブレードが銃口に突き刺さる。

「ちっ」

 これでは使い様がない。

 一度プレスライフルから手を離し、相手の投げたキャストブレードの柄を掴んで敵機めがけて振り抜く。

 その勢いでプレスライフルは前へと飛び出し、敵機へと飛来する。

 敵機がプレスライフルを右腕で払いのける。その瞬間にプレスライフルが爆発を起こす。

 右腕を焼かれる感覚に怯んだのか、敵エースは即座に後退し、爆心地から退避する。

 だが炎は拡大を続ける。当然だ。

 たった一度しか発砲しておらず、マガジンいっぱいにスクロール弾の入ったプレスライフルの爆発。

 マガジンに残されたスクロール弾の一斉起動。その爆発の規模は、それを狙ったアディンすらわからない。

 爆発は広がり続け、離れているはずのアディンすら熱を感じるほどの熱を放ちながらゆっくりと消失していった。

「無茶しやがって……!」

 ヴィールの悪態が聞こえてくるが、流石に離脱はしている。

「ヴィール、合わせろ!」

「あ? お、おう!」

 アルトエミスと同仕様になった事で使用できるようになった高速モードに切り替え、ヴィール機のほうへと向かう。

 ヴィールを追いかけていた敵機の背後に回り込み、それを蹴って落とす。

 そこでヴィールが反転。落下する機体めがけてプレスマシンガンを放ち、全身の装甲を貫き、操縦席すらも破壊したのだろう。

 全身から力が抜け、だらんとして空に漂っている。

 攻撃を遮ろうと僚機のフォローに入ったもう一機の敵機に、アストライアは両手に握ったキャストブレードでその四肢を切断する。

「うん……?」

 そこで奇妙な光景が目に入る。

 四肢を切断された機体が落下しはじめたのだ。頭部を破壊し、全機能を停止させた訳でもないのに。

 それを回収せんと、遠方からエイ型の機体が飛来する。

「させるかよ!」

 切断し落下していく敵機の右腕から突撃槍を回収。それを迫るエイ型の機体へと投げつける。

 投げつけられた突撃槍はそのままエイ型の機体を貫き、機能を停止させた。

「操縦席をやったのか……?」

 確認している暇はない。

 落下していく敵機の首根っこを掴み、回収する。

 鹵獲、というやつだ。

「生きてるなら、捕虜になってもらう」

 だが。捕まえた機体の操縦者はアディンの想定していない行動を取る。

 突如操縦席のハッチを開き、アストライアを睨みつけると、狂ったような笑みを浮かべ、機体から跳び降りたのだ。

「なっ!?」

 想定外の行動にアディンは言葉を失う。

 ヴィールは回収しようと向かうが、雲が視界を覆い邪魔をする。

 エーテルセンサーの感度を最大にしてみるが、先ほどのスクロール弾の大規模爆発によってエーテルが乱れて使いものにならない。これでは空で人間を見つけることなど不可能だ。

『アストライアァアアアアア!!』

「まだ来るのか……!?」

 右腕が原型が判らないほど融解した状態で、左手にもつシールド以外武器になりそうなものがない状態でも、相手のエース機は向かってくる。

 だが片手に敵機を掴んだままのアストライアでは動きに制限がかかり、その突撃すらも脅威である。

「アディン!」

「いや、いい!」

 即座に防御モードに切り替え、強力な防御術式を展開する。

 敵機の左腕が放たれるも、防御術式に阻まれアストライアに届くことはない。

『何っ……!?』

「諦めろ! ここで退くなら攻撃しない!」

『だがな、貴様は狩らねばならん!』

 一度退き、加速を付けて再度アストライアに向かおうとする。だが、加速する寸前にエイ型の機体がしがみつき、そのまま連れ去られてしまった。

 あまりにもあっけなく、そして予想もしない幕引きに釈然としないものを感じながらも、ヴィールが撃墜した機体も回収し、バトルコスモスの援護に向かおうとしたその時。

「なっ……!?」

 上空から一筋の閃光が落ちた。

 幸い、バトルコスモスからはズレた位置を貫いたが、何かを貫いたのか爆発が起きる。

「ヴィール、急ぐぞ!」

「ああ!」



 ギルは茫然としてその光景を見ていた。

 右腕を焼かれ、ヴァンクールは既に戦闘不能。それは解っている。

 あの状態で損傷をほぼ受けていない敵機に向かっていったところで返り討ちにされていただろう。

 故に、部下が自身を無理やり撤退させた事については何も言わない。むしろ頭に血が上って周囲が見えなくなっていた事を恥じる。

 だが、そんな反省もしている場合ではない。

「あの閃光、敵の攻撃ではないのか?」

「あんな武器は見た事がありません! それに魔法でもない。あれは一体……」

「……魔女か。ならこの場にいるのは危険だ。撤退するぞ」

「隊長、深追いした奴等は……」

「諦めろ。だが、連れて来たアターカが全滅とはな。これは失態だな」

 戦場から離れていくギルは遠ざかる戦艦を一瞥しながら、苦々しく呟いた。



 エリマの操るヘスティオンが敵機をひきつれてバトルコスモスめがけて後退してくる。

 本来ならば艦に敵を近づけるなど愚行にもほどがあるが、この時に限っては異なる。

 遠隔操作機のデータ回収が必要、という理由だけではない。もう一つ、重大な問題が発生していたからだ。

「弾の補充、まだ?」

『無茶言わないでくれ! マガジンだけでどれだけの重さがあると思ってんだ! 弾はまだ軽いが、手作業で詰めるんだぞ。そう簡単に終わるかよ!』

「むぅ」

 トリアの使っているプレスナイパーライフルの弾が切れたのだ。

 マガジンこそ共通規格であるが、後部デッキに保管されているマガジンをすべて使いきってしまい、空になったマガジンを強化外骨格を纏った整備班が回収。そこに手作業で弾を詰め込んでいる。

 当然かなりの数があるし、何よりバトルコスモスが無駄に広い為メインの保管庫から弾をここまで運ぶだけでも相当な時間がかかってしまっている。

 こうなってはトリアのヘスティオンは長くて重たい棒を持っただけの状態になる。

 援護できない以上、あの戦闘の状態ならばヴィールの負担が非常に大きく、あのまま戦い続けていれば状況はより悪化していただろう。

 だからこそエリマのヘスティオンに敵機を誘って貰った。

「各対空砲座。準備はいいですか」

『準備万端。いつでもいけるぜ』

 艦の後部に配置されている対空砲が一斉に近づいてくるヘスティオンのほうを向いている。

『ちょ、お前等ふざけんなよ!? なんであたしを狙ってるんだ!』

『いや、いい目印だし』

『目印にすんな!!』

 実機に乗っていないとはいえ、そりゃあ味方に銃口を向けられればいい気はしない。

『アル、なんとかしてくれるんだろうな!?』

「ええ、勿論。各砲座、迎撃準備。ヘスティオンが私より後ろにきたら一斉発射」

『アルはどうするんだ?』

「私に構わず撃ってください。全部避けますから」

 そう宣言した直後、ヘスティオンがアルのアストライアの横を通り過ぎる。

「撃って!」

 アルが叫ぶ。直後、バトルコスモスの対空砲から無数の弾丸が放たれた。

 迫る敵機はそれに気付かないままにシールドに無数の弾丸を受ける。

 気付かない。否、気付ける訳がなかった。

 火薬を使った砲とは異なり、プレスガンの技術を応用したバトルコスモスの対空砲はマズルラッシュが発生しない。また空気圧で発射する為、発砲音もない。

 光も音も発さない以上、その射線を予測する事は困難を極める。

 対空砲の弾幕に突っ込む形になった四機の機体はシールドを前に出しつつ、後へ下がる。

「あの機体……」

「トリアさん?」

「いや、何でもない。今は戦闘に集中して」

 トリアは後退する為に減速した際の敵機の動きに違和感を覚えたが、それを今追求すべきではない。

「そうですね。では……」

 味方の弾幕の間をかいくぐり、一番近くの敵に肉薄。キャストブレードを平らに構えてすれ違いざまに首を落とす。

 続いて大回りしつつ一番遠かった敵機へと向かうが、それを割り込んできた機体に邪魔される。

 通り過ぎた敵機は旋回し、突撃槍を構えて真っ直ぐ向かってくる。

 プレスライフルで迎撃することも考えた。だがそれでは間に合わない。

 敵の速度がアルが考えていたよりも速い。

(シールドでそらす? 駄目。勢いを殺しきれない)

 突撃槍と本体の重量が合わさった一撃。それを片腕のシールドで受け流すのは不可能だ。

 ではそれ以外の手段はどうだ。

 アルトエミスの機能を最大限に使うのなら、選択肢は二つほどある。

 高速モードと防御モードだ。

 だがどちらにも問題があり、それを使用するのは躊躇われた。

 高速モードは機動力は爆発的に上昇する一方、その速度のあまり操縦困難になる可能性がある。

 一方で防御モードは絶大な防御力を誇るが、完全に足が止まる。

 己の身のみを考えるのならば、防御モードで受け止めるだけでいい。だが、ここで足を止めて抜かれてしまうと、アルの背後にいるのは、戦力としては心もとないエリマの操作するヘスティオンと、弾切れを起こしてキャストブレード以外の装備を持たないトリアのヘスティオン。

 対空砲の照準は牽制にこそ使えるが、所詮は今まで学生だった人間が操作するものだ。当てにならない。

「ならっ!」

 高速モードに切り替え、後へ下がろうとする。

「っ!?」

 少し動いただけのつもりだった。だが、あっという間に景色が後ずさる。

 あまりの速度と全身を抑えつけてくる圧に、一瞬意識を持っていかれそうになるのを堪え、急停止する。

「なっ、何これ……」

 高速モードを使ったのは初めてだった。アディンからどういうものかも聞いていた。

 だが実際に使ってみて、その異常な性能に驚くばかりである。

 しかもこれでもリミッターが付けられ、アディンが使っていた一号機よりは性能が抑えられているというのだ。

 そんな機体を乗り回したアディンの技量の異様さもそうだが、単独で魔女とやり合える性能というものを実感する。

 思考を切り替える。

 今は性能に驚愕している場合ではない。

 真後ろに逃げた為、距離が開いただけで状況は変わっていない。

 ――やれるか?

 自分にそう訊ねてみるが、応えてくれるはずもない。

 やれるかどうか、ではない。やるのだ。そう割り切り、アルは機体を動かした。

「うっ、くぅぅ……!」

 自身の身体を押しつぶそうとする凄まじい力。機体が加速すればするほど、自分の体重の何倍もの力が全身を押しつけてくる。

 操縦席の保護術式も改良されているはずだが、アルは声を出せない。

 声を出す余裕がないほど苦しいというものあるが、それ以上に操作に集中している為喋っている余裕もない。

(少しでもミスるとバランスが大きく崩れる。こんなことをアディンさんは……)

 ぐっとキャストブレードを握る手に力が入る。

 突撃してくる敵機に向かって突っ込む。

 リーチはあちらが上。そのまま行けば間違いなくアルのアルトエミスは槍に貫かれる。

 だが、槍の切っ先が機体に触れる寸前に、アルトエミスは直角に曲がった(・・・・・・・)

 そしてすれ違いざまにキャストブレードが操縦席を外し、下半身を切断する。

 下半身を失った機体はそのまま落下しはじめ、友軍機によって回収。そのまま撤退を始める。

 先に頭を破壊した機体も同様で、いつのまにかアディン達を抜けてきていたエイ型の機体に回収されて撤退を始めている。

「ふぅぅぅ」

 とりあえずは撤退しはじめたらしく、これで一息つける、と溜まりに溜まった息をゆっくりと吐き出す。

『二号機。味方の攻撃には当たってないよな?』

「大丈夫です。とりあえず先に着艦しま……」

『警告! 魔女接近!! どんどん近づいてきてます!』

「どこから!?」

 アルトエミスの全身に増設されたセンサー類の機能を解放し、情報収集に努める。

 だが、アルが情報を確認するよりも前に、一筋の閃光が上空から落ちて来た。

 一瞬の閃光。その閃光はアル達ではなく、撤退をしていた敵機を撃ち貫き、機体を爆散させた。

「トリアさん!」

「無理。≪ホークアイ≫でも見えない」

「≪スコープレンズ≫は!?」

「それでも遠すぎる。でも、揺らぎは見える。あんな距離から撃ってくるなんて……!」

 続いてもう一度爆発が起きた。

 今度は閃光ではない。何かが、いる。

 それはすぐさまアルの眼前に現れ、凶暴な笑みを浮かべる。

「速ッ……!?」

 赤い魔女の左手がアルトエミスへと伸びる。

 ――必殺の一撃を放つために。

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